51

ルフェルニアの講義は昼休憩の終わった後から始まる。

先ほど2回目の講義を終えたところだが、ルフェルニアはすっかり自信を無くしていた。


(この特別講義は”選択”だと聞いていたから、興味のある子が集まっていると思ったけれど、全然そんなことないのね...。)


中には熱心に聞いてくれる子もいるが、昼休憩後の授業のためか、居眠りしている生徒が多いのだ。

注意する勇気もなく、授業を続けてしまったが、「そんなにつまらないのか」とどんどん勢いも萎んでしまう。


(テーセウス王国は自給率が少し低いけれど、工業で得た豊かな資金でいくらでも外国から良い農作物も薬草も手に入るから、それほど植物学にかかわりたいと思う人が多くないのかも…。)


とはいえ、このまま終わるのは悔しい、とルフェルニアは頭を悩ませる。


(残りは3回。折角だから少しでも植物学に興味を持ってもらいたいわ。ただ単に植物学の必要性を説くのではなく、テーセウス王国の土地や気候、そして経済に関連させたら興味を持ってもらえるかしら…?)


幸い明日、明後日は週末なので、講義内容をリカバリーすることはできるだろう。

ルフェルニアはそう考えると、さっそく室内の本棚に手をかけようとした。


(そういえば、この2日間、講義以外でほとんど人と話してない…。)


ヘレンは朝礼で少し顔を合わせる程度で、生徒とも授業後に少し言葉を交わす程度だ。

ルフェルニアは授業がうまくいかないことも相まって、すっかり元気がなくなってしまいそうだ。少しホームシック気味なのかもしれない。


(こんなときのために、パティスリー・アンジェロの焼き菓子!

調べ物の前にお茶を入れてリフレッシュしましょう。)


ルフェルニアが室内に置いてあったケトルでお湯を沸かしていると、ちっとも来客の気配を感じさせなかったドアから数回ノックが聞こえた。


「急に申し訳ありません。こちらにガイア王国のシラー子爵令嬢がいると聞いて来たのですが。」


話し相手に飢えていたルフェルニアは、急いで扉の前に移動すると、満面の笑みで来客を迎え入れる。


「はい、私がルフェルニア・シラーです。

ちょうどよかった、お話し相手が欲しかったの。どうぞ入ってください!」


扉を開けると、目の前に、詰襟の黒い服を着た、とても背の高くがっしりとした男性が立っていた。

詰襟の服は、袖口や襟元に繊細な刺繍が施されおり、上等なものであることがひと目でわかる代物で、男性の精悍な雰囲気をさらに洗練されたものにしていた。


10人いたら10人が口を揃えて「美丈夫だ」という男性を前にして、ルフェルニアは別のことを考えていた。


(サラサラの黒い髪、ちょっと悪い目つき、弟のアルを大きくしたみたいだわ!)


この男性の瞳はアルウィンとは異なり、瑞々しい果実を思わせる鮮やかな赤い色をしているが、とてもよくアルウィンに似ていた。


ルフェルニアは男性にしっかりと目を合わせた後、再度中に入るよう促した。

男性がなんだか嫌そうな、不可解そうな顔をしていたが、話し相手を求めているルフェルニアはお構いなしにぐいぐい話しかける。


「あと少しでお湯が沸くので、ぜひお茶も飲んでいってくださいな。」


そういいながら茶葉を用意していると、ソファに座った男性が固い声で静止をかけた。


「いや、お茶はいりません。聞きたいことをきいたらすぐに帰ります。」


なんとも不愛想な来客だが、ルフェルニアは丁度良いタイミングで得た話し相手を逃したくはない。


「そんなことを言わずに!今からガイア王国で買ってきたお菓子も食べるつもりだったのです。王都で私が一番好きなパティスリーで、とっても美味しいんですよ?」


そう言ってルフェルニアは男性の座るソファの前のテーブルに茶器と焼き菓子を並べる。


「いいや、お気持ちだけいただいておきます。」


男性が再び断ったので、ルフェルニアはひとまず男性の向かいのソファに腰を下ろし、ティーポットにお湯を注ぎながら、取り敢えず話しを聞いてみることにした。


「改めまして、私はルフェルニア・シラーと申します。どうぞルフェとお呼びください。

どのような御用でしょうか?」


「私はギルバート。ガイア王国の植物局の局員が講義に来ていると耳にして来ました。植物の生育について、教えてほしいことがあります。」


男性はギルバートと名乗ると、こちらを警戒している様子で話しを続けた。


「降雨もある土地で、植物の育たない土地があるのですが、理由は何が考えられるでしょうか?」

「それでは漠然としすぎています。植物の生育には様々な環境要因がかかわっていますし、植物の種類によって生育する環境は様々です。」

「その土地の気温は、」

「ちょっと待ってください。」

「…なんですか?」


少し話しが長くなりそうな気配を感じて、ルフェルニアはギルバートの話しを遮ると、蒸らし終えた紅茶を2つのティーカップに注ぎ入れた。


「私はちょうど今、お茶をしたい気分なのです。一緒にお茶を楽しんでいただけたら、お話を聴きましょう。

私、こちらに来てからお話し相手に飢えているのです、どうか人助けだと思ってお願いできないでしょうか?ぜひ私のことはルフェと。敬語も必要ありませんので気軽にお話ししてくださいな。」


ルフェルニアの提案に、ギルバートは不機嫌を隠しもしない表情を浮かべる。


(不機嫌な顔もアルにそっくり!)


相手が不機嫌にしているにもかかわらず、ルフェルニアは弟の顔を思い出して気分が上向きになる。


ギルバートは自分の意図しないところで女性関係のトラブルに巻き込まれることが多く、女性というものをいつも警戒していた。

大体は不機嫌そうな様子を見せると、ギルバートを怖がって勝手に散っていくが、ルフェルニアは逆に嬉しそうな笑顔を浮かべている。

ギルバートはみょうちきりんなものを見るような目でルフェルニアを見た。


「わかった、飲めばいいんだな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る