アラン・フィンリー探偵事務所 ~奇妙な依頼~(男×男女不問)

Danzig

第1話 奇妙な依頼


・ウォルター:

あなたが連絡をくれた方ですか?


・アラン:

ええ、そうです。


・ウォルター:

私はロンドン警視庁のウォルター・ライルです。

あなたのお名前を伺(うかが)ってもよろしいですか?


・アラン:

ええ

僕の名前はアラン・フィンリー


・ウォルター:

ご職業は?


・アラン:

探偵です


・ウォルター:

そうですか・・・




(時は少し遡(さかの)る)




・アラン:(モノローグ)

三月の某日、暦(こよみ)の上ではもう春だというのに、この時期のロンドンはまだ寒い

特に朝であれば、なおさらだ。


僕はいつものように、イーストエンドの路地にある、ビルへと向かう

事務所へ入ると、入り口で取って来た郵便物をデスクの上に置き、給湯室へと向かう

そして、ハロッズのブレンドティーでミルクティーを作り、

このミルクティーを飲んで、僕の一日が始まる



・ウォルター:(モノローグ)

ロンドンは5月にならないと、春らしい気温にはならない、3月でも雪が降る日もある

こんな時期にスプリングコートなんて着る奴の気が知れない

俺は、いつものパブで朝食をとったあと、オフィスへと向かう

今日は何もない、のどかな一日だといいのだが・・・



・アラン:(モノローグ)

僕はデスクの椅子に座り、のんびりと、事務所に届いた郵便物を眺める

いつもの、見慣れた広告ばかりだ

しかし今日は、そんな、いつもと変わらない郵便物の中に、少し重みのある封筒があった


・アラン:

差出人はアーサー・テイラーか・・・


・アラン:(モノローグ)

その差出人の名前は記憶にない

僕は慎重に封筒をあけた


・アラン:

これは・・・



・アラン:(モノローグ)

中には手書きの便箋(びんせん)と、ドアのものと思われる鍵が2本入っていた。

手紙の内容はこうだ



・ウォルター:(モノローグ)

拝啓(はいけい)、探偵様

突然ですが、貴殿(きでん)に私の命を守って頂きたいのです

私は、ある重大な事実を知ってしまい、命を狙われております。

それについては、貴殿に直接お会いしてからお話したいと思います。


・アラン:

これは何とも穏(おだ)やかじゃないな・・・


・アラン:(モノローグ)

手紙は続いていた


・ウォルター:(モノローグ)

もし、貴殿とお会いする前に、私が殺された場合を考えて、私の家と部屋の合鍵を託します。

部屋のパソコンの中には、私が知った「事実」に関する資料が入っています。

私の身に万が一の事がありましたら、パソコンの中の資料を公表して下さい。

その場合、私は報酬がお支払い出来ない状態でしょうから、貴殿には前金にて報酬をお支払いいたします。


・アラン:(モノローグ)

と書かれていた。

そして、依頼人の住所と連絡先の電話番号、文の最後にパソコンのログインIDとパスワードが書かれており、

八千ポンドの小切手が添えられていた


・アラン:

八千ポンド・・・探偵に支払う金額にしては多すぎるな


・アラン:(モノローグ)

僕は最初、この依頼を断ろうと思った

身辺調査は探偵の仕事だが、身辺警護(けいご)は探偵の仕事ではない

彼は探偵ではなく、シークレットサービスに相談すべきだ


・アラン:

断るなら、早い方がいいだろう・・


・アラン:(モノローグ)

僕は取り急ぎ、依頼人のアーサー・テイラーに連絡をしてみる事にした

しかし、何度コールしてもアーサー・テイラーが電話に出る事はなかった


・アラン:

嫌な予感がするな


・ウォルター:(モノローグ)

今日の俺は、朝から雑多(ざった)な仕事に追われていた

会議の資料、事件の調査報告書、その他、諸々の書類の処理・・心底うんざりする。

だが、こういった事も警察官の仕事なのだから仕方がない


・アラン:(モノローグ)

僕は、この依頼を受けるかどうかを、アーサー・テイラーに直接あって、事情を聞いてから決める事にした。

そして、僕はアーサー・テイラーに会うため、手紙に書かれている住所へと向かった


手紙に書かれている住所に行ってみると、そこには1軒の家が立っていた


僕は、その家の玄関先まで行き、ベルを鳴らした



それが、この物語の始まりだという事にも、気づかないままに



玄関先のベルを鳴らしたが、反応はなかった

僕はドアノブを回してみた・・が鍵がかかっている


もしやと思い、アーサーから送られてきた鍵の一つを、鍵穴に挿してみた、

すると、カチャリという音をたて鍵は開いた

僕はこの時、何かのゲームを強(し)いられているような、憂鬱(ゆううつ)にも似た、嫌な感覚に包まれた



・ウォルター:(モノローグ)

書類の処理をする度(たび)に「俺はこんな事をするために、ここに居るのだろうか」と思う

だが、実際のところ、この寒空の下、現場に出る事を考えると、書類の処理方が、遥かに楽だがな

まぁ、都合のいいジレンマという奴か



・アラン:(モノローグ)

僕は扉を開けて中に入った。

家の中は人の気配は感じられないが、それでも、慎重に部屋を確認していく


家の中は、あまり生活感を感じない、使用感があるのは、キッチンくらいだ


家の中を一通り確認し、あとは二階の一番奥の扉を残すだけとなった

他の部屋には、かかっていない鍵が、この扉にだけは、かかっている

僕は迷いもなく、もう一つのカギを鍵穴にさした。

やはり、カギはこの扉のモノだった

僕はこの時も、何かのゲームを強(し)いられているような感覚に包まれた



・ウォルター:(モノローグ)

俺は、暖房の効いた部屋で、書類の処理をしながら、まだ朝だと言うのに、今度新しく出来た店の、「パスティー」が気になっていた。 まったく呑気(のんき)なものだな

昼食には、いつもサンドイッチを食べているが、「評判の店」と言われれば、気になるものだ、今日は少し早めのランチにするかな



・アラン:(モノローグ)

二階の一番奥の部屋は書斎のようだ

部屋の様子から、ここの住人が、多くの時間をこの部屋で過ごしていた事が分かる

壁には本棚が置かれ、薬品や化学系、医療に関する専門書が並べられていた。

別の棚には、趣味の類(たぐい)であろう、ミステリーや、ハードボイルドの本が、大量に並べられている。


窓際には、少し広めのデスクがあり、その上には、パソコンと、いくつもの書類や本が置かれていた。


この部屋を見るからに、この家の住人は、科学者か研究者なのだろう

書斎としては、どこにでもありそうな部屋だ



ただ一つ、部屋の隅で、男性が血を流して倒れている事を除けば



・ウォルター:(モノローグ)

時計の針が10時半を指した頃、俺の思惑(おもわく)を嘲(あざ)笑うかのように、デスクの電話がなり、俺は現場に駆り出される事となる

まぁ、所詮(しょせん)現実なんて、そんなもんなのだろうな



・アラン:(モノローグ)

部屋の状態を見て、僕は考える

倒れている男性は、依頼主のアーサー・テイラーであり、状況から見て、もう生きてはいないだろう


死体を見つけた以上、善良な市民である僕は、警察を呼ばなければならない

しかし、僕の手元には、八千ポンドの小切手がある

不本意ではあるが、これが僕の手元にある以上、僕は依頼を断っていない状態になる

それに、彼が命を懸けて頼んできた依頼だとしたら、無下(むげ)にする訳にもいかないだろう



・ウォルター:(モノローグ)

その日、俺を寒空の下に連れ出した電話は、殺人事件を知らせるものだった

家の中で男が血を流して倒れており、背中にはナイフが刺さっているらしい

その連絡を受けて、俺は、部下のリチャードと共に現場へと向かった



・アラン:(モノローグ)

改めてアーサーの依頼を考える

一つ目は、アーサーの命を守る事、そして、もう一つは、彼が死んだ場合、パソコンの中の資料を公表して欲しいという事。


この部屋は、死体の発見現場となる訳だから、ここに警察が来れば、もう僕には、パソコンの中身を知る術(すべ)が無くなる

そうなる前に、パソコンの中身を確認しておくべきだろう


僕はそう判断し、パソコンの電源を入れた。勿論、手袋をはめて

しかし、パソコンは、電源を入れてもログイン画面にはならかった

これは、僕の知る限り、OSごとパソコン内部のデータを消去した時の状態だ

これを元の状態に戻すには、専用のツールと時間が必要だ


今この状況で、僕に出来る事は無いと判断し、僕はそのままパソコンの電源を切り、警察を呼ぶことにした

この時も、僕は何かのゲームを強いられている感覚に包まれた。



・アラン:

アーサー、君は一体、僕に何をさせたかったんだ



・アラン:(モノローグ)

僕は、もう死んでいるであろう、その依頼主に向けて語りかけた



・ウォルター:(モノローグ)

俺達は程なくして、現場に到着した

通報のあった住所には、情報通り、一軒の家が建っていた

玄関先まで行き、ベルを鳴らす


すると、程なくして、一人の人物が現れた

この家の住人だろうか、それとも・・・



・アラン:

ご苦労様です


・ウォルター:

あなたが連絡をくれた方ですか?


・アラン:

ええ、そうです。


・ウォルター:

私はロンドン警視庁のウォルター・ライルです。

あなたのお名前を伺(うかが)ってもよろしいですか?


・アラン:

ええ

僕の名前はアラン・フィンリー



・ウォルター:

ご職業は?



・アラン:

探偵です。



・ウォルター:

そうですか・・・



・ウォルター:(モノローグ)

探偵がどうしてここに

一見したところ、犯人ではなさそうだが



・ウォルター:

ではアラン、詳しい状況を教えていただきたいのですが

この場に最初に足を踏み入れたのは、あなたですか?


・アラン:

僕が初めてなのかどうかは、わかりません

ただ、鍵を開けてここに入ったのは、多分、僕が最初でしょうね。



・ウォルター:

なるほど・・・


・ウォルター:

で、死体のあった場所はどこですか?


・アラン:

二階の一番奥の部屋です。

こちらです


・ウォルター:(モノローグ)

俺達は、アラン・フィンリーと名乗る人物の後について、殺人現場へと向かった

部屋は12平米を少し超える程度の広さ、本棚と机が置かれており、本棚に近い場所で人がうつ伏せに倒れている

背中にはナイフが刺さり、そこから出血したであろう血がカーペットを染めていた

俺は署に連絡し、鑑識(かんしき)と救急車を手配するように依頼した


部屋には争った形跡がない、アランがいうには、この部屋には鍵がかかっていたという

窓にも鍵がかかっているようだ


・ウォルター:

アラン、この部屋で、あなたは何かに触りましたか?


・アラン:

いえ、何も


・ウォルター:(モノローグ)

という事は、この部屋は密室という事になるのか

争った形跡がないという事は、顔見知りの犯行か・・・それとも


・ウォルター:

アラン、一応、あなたが第一発見者という事になるのですが、

あなたがここにいる理由を教えてもらえませんか


・アラン:

僕は、この家の住人のアーサー・テイラーから、依頼の手紙をもらって、ここに来たんです。


・ウォルター:

なるほど

この家の住人はアーサー・テイラーというのですね


・アラン:

ええ、依頼主の言う事が本当であればですが


・ウォルター:

で、ここで死んでいる人物が、そのアーサー・テイラーなのですか?


・アラン:

僕も会ったことがないので、それはわかりませんが、おそらくは


・ウォルター:

どうして、そう思うのですか?


・アラン:

彼とは、現在連絡が取れない状態です。

状況から考えると、その遺体の人物がアーサーと考えるのが妥当かと


・ウォルター:

なるほど

ちなみに、その依頼とは、どんな内容なのですか?


・アラン:

本来は守秘義務(しゅひぎむ)があるので教えられないのですが・・・


・ウォルター:

しかし、これが殺人事件なら、あなたも容疑者の一人となりますので

捜査の過程で、お話していただく事になると思いますよ。


・アラン:

そうですね、ではお話します。

どうやら、彼もそれを望んでいるようですし


・ウォルター:(モノローグ)

アランは、今日ここに来た経緯(いきさつ)を全て話し

アーサー・テイラーから受け取ったという、手紙や鍵、小切手を見せてくれた



・ウォルター:

なるほど、あなたがここに居る理由は分かりました。

これらの品は、証拠品として、お預かりしてもよろしいですか?


・アラン:

ええ、最終的に返していただけるのであれば、構いませんが、こちらからもお願いがあります


・ウォルター:

なんでしょうか?


・アラン:

僕も探偵として、依頼主の頼みは聞いてやりたいと思っています

ですから、彼のパソコンにどんな資料があったのかを教えて頂けませんか?


・ウォルター:

うーん・・・そうですね

事件解決後でもよろしければ、証拠品をお返しする際に、必要なものだけを、閲覧出来るようにしてもよいですが・・


・アラン:

それでは少し遅すぎます、出来れば直ぐにでも知りたいですね


・ウォルター:

それは、どういう理由ですか?


・アラン:

アーサーは、僕に依頼の手紙を出した後、短時間で死んでいます

もしかしたら、彼が死んだ理由の中に、時間的な要素が含まれている可能性があると考えます


・ウォルター:

時間的な要素・・・ですか

例えば、どんな


・アラン:

そうですね、あくまでも、例えばですが

何か違法な取引があるとか、特定の日時に重要な決断が下されるとかですかね

事件解決後であれば、それが既に終わってしまっている可能性が高い


・ウォルター:

なるほど、だからアーサーが資料を公表する前に、命を狙われたという事か・・


・アラン:

・・・



・ウォルター:

アラン、あなたの言っている事は分かりました。

しかし、もし、公表しなければならない様な、違法な何かがあったとするなら

それは警察の役目であって、探偵の役目ではないでしょう、そういう事は我々警察に任せて頂きたい


・アラン:

警察に任せれば、アーサーの希望通りに、資料を公表すると?

警察にそれが出来ますか?


・ウォルター:

・・・勿論、公表するかどうかは、警察の判断になりますが・・・


・アラン:

それが信用できないから、彼は探偵に依頼したのでしょう

それに、違法とまでは言えないケースの場合、警察は何か出来ますか?


・ウォルター:

それは・・・


・アラン:

ひょっとしたら、アーサー・テイラーは、既に一度、警察に相談しているのかもしれませんよ

そして、それが元で、彼が死んだ可能性だってある


・ウォルター:

それは流石に・・・


・アラン:

とにかく、人が一人、死んでいるんです、そして、それは僕の依頼主だ

僕の頼みを聞いて頂けないのなら、この封筒をお渡しする訳には行きません、今のところは僕の私物(しぶつ)ですから


・ウォルター:

・・・


・アラン:

ウォルターさん、僕は探偵なので、守秘義務(しゅひぎむ)は守ります、捜査(そうさ)の障害(しょうがい)となるような事はしませんよ

それに、今後、僕もアーサーについて調査をしますので、捜査協力もできますよ


・ウォルター:

そうですか・・・わかりました


・ウォルター:(モノローグ)

俺は不本意ではあったが、アランの依頼を承諾する事にした

今回は殺人事件でもあるし、捜査協力をしてもらえるのは、正直ありがたい


・ウォルター:

では、とりあえず、どんな資料が入っているか、今からパソコンを立ち上げて見ましょうか、

手紙に書いてあった、ログインIDとパスワードを教えてください。


・アラン:

え・・ええ


・ウォルター:(モノローグ)

俺はパソコンの電源をいれた・・しかし、ログイン画面は表示されない



・ウォルター:

これは・・・



・アラン:

どうやら、OSをインストールする前の状態のようですね、データが消されたんじゃないでしょうか



・ウォルター:(モノローグ)

これは、犯人が消したと考えるのが妥当だろう、彼を殺してから、パソコンのデータを消去して立ち去ったという事か

部屋には争った形跡がない事からも、犯人はアーサーと近しい人物か



・ウォルター:

このパソコンは、署に持ち帰って、専門家に復旧(ふっきゅう)をしてもらう事にします。

約束通り、どんな資料があるか分かったら、連絡しますよ


・アラン:

そうですか、分かりました。

では、アーサーの手紙は、その時にお渡しいたします。


・ウォルター:

我々が信用できないという事ですか?


・アラン:

いえ、念のためです。


・ウォルター:

・・・


・アラン:

それまでに、僕の方でもアーサー・テイラーについて調査をしておきます。

その情報も一緒にお渡ししますよ


・ウォルター:

分かりました


・アラン:

では、僕はもう帰ってもいいですか?


・ウォルター:

ええ、大丈夫です、気をつけて帰って下さい


・アラン:

ありがとうございます

あ、それと、もう敬語でなくても大丈夫ですよ


・ウォルター:

ふふ・・・あぁ、分かったよ


・アラン:(モノローグ)

そして僕は、この家を後にした


僕は事務所に戻ってから、アーサー・テイラーについて調査を始めた

アーサーの家で、僕は、警察を呼び、彼らが到着するまでの数十分間、アーサーの家の中を捜索していた

そして、アーサーの所属する会社のIDカード、運転免許証、携帯電話、デスクの上のノートなどから、彼に関する情報の幾つかを入手していた


それによると、アーサーは、RI(アール・アイ)という製薬会社に勤めていたようだ

僕は、ネット上に散らばっている、RI製薬の事業内容、製品、ここ数年のニュースや株価などを調べた

また、アーサーをはじめとする、RI製薬の社員や、アーサーの携帯電話の中にあった人物の、ブログや、フェイスブックなどのSNSを注意深く調査した


・ウォルター:(モノローグ)

ロンドン警視庁は、アーサー・テイラーの司法解剖と、殺人現場にあったパソコンの復旧を始めた

それと同時に、現場周辺の捜索(そうさく)や、アーサーの勤め先への聞き込みを行った


そして、ある程度、調査が進んだ頃

約束通り、アランを呼ぶことにした


・アラン:(モノローグ)

事件から3日後、ウォルターさんから、証拠品を持ってきて欲しいとの電話があり、僕は封筒を持って、警視庁へと向かった



・ウォルター:

アラン、すまないな、わざわざ来てもらって


・アラン:

いえ、ここに来ないと資料は見れませんから


・ウォルター:

それなんだがな、アラン


・アラン:

どうしたんですか? まさか、今になって「資料は見せられない」とか言うんですか?


・ウォルター:

いや、そうじゃないんだ

結論からいうとな、パソコンは復旧しなかったんだ


・アラン:

え?


・ウォルター:

普通に削除をしただけなら、復旧させる事は難しくないんだが

あのパソコンには、ご丁寧に、廃棄(はいき)業者の使う、強力な削除ソフトが使われていたらしいんだ

痕跡(こんせき)も残さず、キレイさっぱり消されていたってさ

そこまでして、消したい資料が入っていたんだな


・アラン:

ウォルターさん、そのパソコンは本当にアーサーのものだったんですか?

例えば、元々何も入っていないパソコンとすり替えたとか


・ウォルター:

俺達もそう思って調べてみたよ

だが、あのパソコンは、3年前に会社がアーサーに貸与(たいよ)したもので、日頃からアーサーはあのパソコンで仕事をしていたらしい

パソコンのシリアルナンバーが、会社の管理台帳と一致したよ


・アラン:

そうですか・・・


・ウォルター:

あの家には、他にパソコンは無かったし、アーサーの手紙に書いてあったパソコンも、あれだと見て間違いないと思うよ


・アラン:

それじゃ、仕方がないですね・・では、これをお渡しします。


・ウォルター:(モノローグ)

アランはそう言って、アーサー・テイラーの封筒を俺に渡してくれた

かなり残念そうな顔をしていたのは、少し可哀想な気がした



・ウォルター:

アラン、その代わりと言ったらなんだが、こちらの調べた情報を教えるよ



・アラン:

どういう情報ですか?



・ウォルター:

アーサー・テイラーは、RI(アール・アイ)製薬の社員で、薬品の開発部に所属していてな

そこで、新薬(しんやく)の臨床(りんしょう)実験などを担当していたようだ

会社の評価も悪くなく、仕事ぶりは真面目で、正義感の強い人間だったようだ



・アラン:

優秀な社員だったんですね

で、彼の死亡推定(すいてい)時刻は分かりますか?


・ウォルター:

あぁ、死亡推定時刻は、前日の20時から23時の間だったらしい


・アラン:

前日・・


・ウォルター:

あと、アーサーは殺される直前に睡眠薬のようなものを飲まされていたようなんだ


・アラン:

睡眠薬ですか? その「ようなもの」というのは、どういう意味ですか?


・ウォルター:

何を飲まされたかまでは特定できないんだよ

ただ、「抗(こう)うつ剤」のような成分も検出されていてな、飲まされた薬は一種類じゃない可能性もある


・アラン:

抗うつ剤ですか・・


・ウォルター:

あぁ、アーサーはここ数年、医者にはかかっていないようだ、つまり、アーサーの飲まされた薬は、アーサーの物じゃないという事になる


・アラン:

犯人の物という事ですか?


・ウォルター:

そうだ・・と言いたいところだが、アーサーの勤め先は製薬会社だからな、製薬会社の関係者なら、手に入れる事は出来るだろう


・アラン:

そうですね


・ウォルター:

俺がアランに話してやれるのは、今はこれくらいだな、どうだ、役に立ちそうか?


・アラン:

ええ、それなりに・・



・アラン:(モノローグ)

僕はロンドン警視庁を後にした

パソコンの中の資料が消されていたのは残念だったが、アーサーの依頼がこれで終わった訳ではない

資料と同じ情報を、僕が手に入れるしかないという事だろう


僕は、そんな焦燥感(しょうそうかん)にも似た気持ちの中、アーサーの机の中にあった、バーの名刺の事を思い出した

Cherry-Wood Pipe(チェリーウッド パイプ)という名の、そのバーの事を・・・



・ウォルター:(モノローグ)

俺はアーサーの司法解剖(しほうかいぼう)の結果が妙に気になっていた

アーサーの飲まされた薬が、何であったかまでは特定できないが、彼が製薬会社に勤務していた事を考えると

犯人は、薬が入手しやすい、その製薬会社の人間の可能性が高い

俺達は、アーサーが会社で何かのトラブルを起こしていないかを、もう一度、念入りに洗い直す事にした



・アラン:(モノローグ)

「チェリーウッド パイプ」と言う名前は、文字通り「桜の木で作ったパイプ」という意味だが、これはシャーロックホームズが小説の中で、よく使っていたパイプの種類だ

そんな名前の付いたこのバーは、ミステリーマニアの間では、わりと名の知れたバーのようだった

アーサーの書斎を見た限り、アーサーは、かなりのミステリー好きのようだったから、この店に行けば、アーサーの事が少しは分かるかもしれない。

そう思った僕は、この店に足を運ぶことにした



・ウォルター:(モノローグ)

アーサーについて聞き込みを続けた結果、俺達は新たな事実を知る事となった

どうやら彼は、会社の上層部(じょうそうぶ)と、何らかのトラブルを抱(かか)えていたようだ


殺されたアーサーは、会社で臨床(りんしょう)試験の担当をしていた。

新薬の臨床試験のデータをめぐって、会社とアーサーの間に何かがあったのかもしれない

もし、そうであれば、アランに公表して欲しいと依頼していた資料は、その臨床試験のデータである可能性もある

だとしたら、アーサーを殺した犯人は、会社の上層部の誰かかもしれないな・・・


しかし、人を殺してまで、消さなければならない資料とは一体・・・



・アラン:(モノローグ)

僕は「チェリーウッド パイプ」を訪れていた

店はカウンターと幾つかのソファー席がある、それ程大きくはない店だ

壁には、ホームズを始め、ポアロ、マープル、デュパンなど、小説に登場する有名な探偵の絵が飾られていた。

バーには珍しく、本棚が置かれ、探偵小説が並べられていた

いかにもミステリー好きが集まりそうな店だ


僕はバーテンダーにアーサー・テイラーの事について聞いてみた。



・ウォルター:(モノローグ)

製薬会社の捜査は順調かと思っていた時、俺達は大きな壁にぶつかった

会社の上層部(じょうそうぶ)の奴らが、捜査に渋(しぶ)い顔を見せ始めたのだ

まぁ、その時点で、俺達に「怪(あや)しさ」をアピールしているようなものなのだが、それだけでは逮捕できないからなぁ・・・


・アラン:(モノローグ)

アーサーはやはり、この店の常連客だった

バーテンダーによると、アーサーは読書とスコッチウイスキーをこよなく愛する男で、プライベートでの交友関係は極端に少なかったようだ


アーサーは、よく「バランタイン」というスコッチウィスキーのソーダ割りを好んで飲んでいたようだったが

それは、ウィスキーのソーダ割りが、シャーロックホームズの好きな飲み方だったからだと教えてくれた。


また、最近になって、アーサーは自分が殺されるかもしれないと話していたという

そして、「きっとホームズなら解決してくれるのに」とまで言っていたようだった


僕はバーテンダーに一通りの話を聞いた後、店を出た

店を出た後、僕はアーサー・テイラーが、どんな想いで僕に手紙を書いたのかという事に想いを巡らせた



・アラン:

ふう・・・

アーサー・・・君は探偵を買いかぶりすぎだよ

事件を解決する探偵なんて、小説の中にしかいないのさ・・・


・アラン:(モノローグ)

ため息が、寒空(さむぞら)に溶けて行った後、僕はウォルター・ライルに電話を入れる事にした



・ウォルター:(モノローグ)

俺達の目の前の壁は、思いのほか大きく、俺達を悩ませていた

このままでは、捜査が暗礁(あんしょう)に乗り上げるかもしれないと、頭を抱えていた時、アランから電話がかかって来た


・ウォルター:

はい、ウォルター・ライルだ


・アラン:

僕です


・ウォルター:

あぁ、アラン。 どうしたんだ、こんな時間に?


・アラン:

捜査の方はどうなっているのかと思いまして


・ウォルター:

どうかと聞かれても、あんまり民間人に、捜査の内容を教える訳には行かないんだがな・・・

と言いたいところなんだが、ちょっと壁にぶつかってしまってな、今、悩んでいるところなんだ



・アラン:

捜査の壁ですか?


・ウォルター:

あぁ

実は、アーサーは会社の上層部とトラブルを抱えていたらしい


・アラン:

ほう


・ウォルター:

俺達は、RI(アール・アイ)製薬が、新薬の臨床試験で、何らかの不正をしていたんじゃないかと睨(にら)んだ。

そして、その不正について、アーサーと会社との間に何かがあって、アーサーが殺されたんじゃないかと思っている。


・アラン:

それなら


・ウォルター:

でもな、証拠が揃(そろ)わないんだよ

RI製薬に資料の提出を求めたんだが、新薬の資料は企業秘密だとして、提出を拒否された

強制的に資料を提出させるには、裁判所の令状(れいじょう)を取る必要があるんだが、それには証拠がいるんだよ


・アラン:

なるほど・・・


・ウォルター:

殺人の証拠をつかむ為に、殺人の証拠がいるって話さ・・・まったく・・・どうすればいいのやら


・アラン:

ウォルターさん、RI製薬の社員に、キャシー・フレミングという人物がいた事はご存じですか?


・ウォルター:

いや、知らないな


・アラン:

アーサーとは違う部署だったようですが、同じ新薬の開発に携わっていた女性だという話です


・ウォルター:

ほう

で、その人物がどうかしたのか?


・アラン:

二年前に自殺しているようです


・ウォルター:

なんだって



・ウォルター:

アーサーと同じ、新薬に関わった人間が死んでるというのか


・アラン:

しかも、アーサーはどうやら、その女性の死は自殺ではないと思っていたようですね。

彼なりに真相(しんそう)を探っていたようですよ


・ウォルター:

それは本当なのか


・アラン:

ええ、アーサーはその事を、彼の行きつけのバーで、バーテンダーに話してます


・ウォルター:

だとしたら、新薬の開発に携わった人間が、二年間に二人死んだことになるな

しかも、キャシー・フレミングの死が自殺でなかったとしたら・・アーサーがそれを調べていた事も、彼を殺した動機になる訳か


・アラン:

・・・


・ウォルター:

アランはどう思う?


・アラン:

まぁ、僕は捜査の事は分かりませんが、そちらの線から辿(たど)って行けば、壁はすり抜けられるかもしれませんね


・ウォルター:

あぁ、そうだな

ありがとう、アラン、そっちの線を探ってみるよ


・アラン:

お役に立ててよかったです。

では、僕はこれで


・ウォルター:(モノローグ)

そう言って、アランは電話を切った

アランの電話の後、すぐに俺達はキャシー・フレミングについて、捜査する事にした。


警視庁に残っている資料によると、キャシーは、病院で入院中に首を吊(つ)り、自殺した事になっている。

死体の状況から自殺と判断され、事件性についての詳しい捜査は、殆どされていない。


・ウォルター:

これを洗ってみるか・・・


・アラン:(モノローグ)

僕は電話を切ってから、事務所に戻り、キャシー・フレミングが死亡した時期に何が起きていたかを調べる事にした

こういった事件で、探偵の出来る事など殆どない

出来る事といえば、警察には掴(つか)めないような情報を集めて、彼らに突きつけてやる事くらいだ

僕はインターネットを使って、丁寧に、注意深く、当時の様子を探っていく


・ウォルター:(モノローグ)

キャシー・フレミングは、2年前、うつ病と診断され、精神病棟(びょうとう)に入院をしている

その入院中に、薬を大量に服薬(ふくやく)して、首を吊り、自殺したという事だった


RI製薬の社員の話だと、うつ病と診断される前のキャシーは、ごく普通の女性で、勤務態度にも特に変わった様子は無かったという。


キャシーの受診歴(じゅしんれき)を調べてみたが、精神病棟に入院するまで、彼女が他の病院を受診したという記録はない

不思議な事はそれだけじゃない、

病院のカルテによると、キャシーは昼間に精神科を受診し、彼女の希望で、その日のうちに精神病棟に入院をしている


・ウォルター:

つまり、ごく普通の人間が、ある日突然、うつ病になって、すぐに入院したって事か?

そんな事があるのか・・・



・ウォルター:(モノローグ)

俺がキャシーの死に疑問を持ち始めたそんな時、またアランから電話がかかって来た



・ウォルター:

はい、ウォルター・ライルだ


・アラン:

僕です


・ウォルター:

アラン、どうしたんだ?


・アラン:

キャシー・フレミングについて、何か分かりましたか?


・ウォルター:

あぁ、いろいろな

キャシーは、ある日突然うつ病になって、精神病棟に入院していたらしい、

で、病院内で薬を大量に服薬した後、首を吊って自殺している


・アラン:

そうですか


・ウォルター:

アランの方は、何か分かった事はあるのか?


・アラン:

ええ

キャシー・フレミングが自殺する2ヶ月前、RI製薬の「第一相(だいいっそう)試験結果」が、保険省に承認されています


・ウォルター:

あぁ、新薬の最初の臨床試験だな

それが、今回の事件と何か関係があるのか?


・アラン:

ええ、とても


・ウォルター:

なんだよ、それは


・アラン:

キャシーは、その臨床試験のデータについて、保険省に対して、内部告発をしています。


・ウォルター:

なんだって

そんな事はこっちの調査では出て来なかったぞ


・アラン:

おそらく、もみ消されたのでしょうね


・ウォルター:

それは、本当なのか?


・アラン:

ええ

キャシーは、その事を自分のフェイスブックで書いています


・ウォルター:

ちょっと待てよ、キャシー・フレミングは、フェイスブックをやっていない


・アラン:

いえ、やってたんですよ、その時までは


・ウォルター:

どういう事だ?


・アラン:

キャシーのフェイスブックは、2年前には確かに存在していました。でも今は、綺麗さっぱり消えているんです。


・ウォルター:

じゃぁ、どうして存在していた事がわかるんだ


・アラン:

アーサー・テイラーが自分のフェイスブックで、キャシーの内部告発の書き込みを、引用していました。

画像で引用していたので、削除する人達は見つけられなかったのでしょうね


・ウォルター:

削除する人達って・・・おい、まさか


・アラン:

おかしいと思いませんか、ある日突然、うつ病になって、自分のフェイスブックを全て綺麗に消すなんて


・ウォルター:

・・・



・アラン:

フェイスブックが消えているだけじゃない、

ウォルターさんの話では、キャシーは自殺前に、大量服薬をしているんですよね?


・ウォルター:

あぁ、だが、うつ病患者が、大量服薬をする事は珍しい事ではないらしい


・アラン:

そこだけ見れば、そうですね

でも、精神障害で入院している人間が、どうして、そんなに大量の薬を持っていたのでしょう

病院が大量に処方(しょほう)したんですか?


・ウォルター:

いや、キャシーの荷物の中に、大量の薬が入っていたという事で、彼女が自分で持ち込んだという事になっている


・アラン:

ほう、それはそれは

じゃぁ、キャシーはその薬をどこで手に入れたんでしょうね、それに

精神障害で入院する人間の私物(しぶつ)をチェックしないなんて、随分(ずいぶん)と優しい病院なんですね

もし、患者がナイフや拳銃を持っていたら、どうするつもりだったのでしょう


・ウォルター:

・・・


・アラン:

それにしても、キャシー・フレミングは、随分と用意のいい女性だったんですね

ある日突然、自分のフェイスブックを全て消してから、大量の薬を持ち込んで入院するなんてね


・ウォルター:

あぁもう、わかった、わかった!

そこまで言わなくても、分かってるよ

俺だって、キャシーの死には疑問をもってるんだ


・アラン:

すみません・・・つい


・ウォルター:

いや、いいんだ


だが、それだと病院も怪しいという事になるが・・・


・アラン:

彼女はRI製薬の社員ですから、入院するとしたら、RI製薬関連の病院ではないんですか?


・ウォルター:

確かに、入院先はRI製薬の所有する病院だが・・そこまで組織ぐるみという事か


・アラン:

その頃、臨床試験の結果が保険省に承認された事で、RI製薬の株価がかなり動いています

内部告発で承認が取り消されたら、大損(おおぞん)する人もいるんじゃないんですかね


・ウォルター:

インサイダー取引か・・・それで・・・


・アラン:

僕とウォルターさんの予想通り、もし、キャシーの死が自殺じゃなかったとしたら

ウォルターさんの目の前にある壁は、崩れ去ると思いますよ


・ウォルター:

あぁ、そうだな、これで、RI製薬の上層部に踏み込めるよ


・アラン:

それはよかった

でも、アーサー・テイラーが暴(あば)こうとしていたのは、多分、そこじゃ無いと思いますよ


・ウォルター:

そこじゃない・・・って

じゃぁ、どこだというんだ


・アラン:

キャシー・フレミングは、内部告発をしています

内部告発をする前であれば、会社の人間だけでいいのでしょうが

告発した後であれば・・・


・ウォルター:

保険省・・・


・アラン:

ええ


・ウォルター:

アランは、保険省がこの件に絡んでいると思っているんだな


・アラン:

ええ、告発者が殺される程の内容ですよ、

その告発状が届いているのにも関わらず、問題にならなかったという事は


・ウォルター:

保険省の内部で、告発をもみ消した奴がいるって事か


・アラン:

そう思う方が自然ですよね

おそらく、アーサーは、それを暴(あば)きたかったのだと思いますよ


・ウォルター:

しかし、保険省となると、民間企業の上層部とは話が違ってくるからなぁ


・アラン:

殺人事件が絡んでいるなら、大手(おおで)を振って捜査できるんじゃないんですか?

キャシーのフェイスブックを消した人物は、多分、そっち側にいると思いますよ。

告発した事実と、告発内容が知られて困るのは、もみ消しをした、保険省の方でしょうから


・ウォルター:

なるほどな

だったら、告発があった事実と、告発内容を手に入れて、それを元に第三者機関に再検討させれば、

おのずと、告発をもみ消した奴が、炙(あぶ)り出されるって事だな


・アラン:

ええ、それで、アーサー・テイラーの暴きたかった事実が明るみに出ると思いますよ。


・ウォルター:

しかし、想像以上に大きな案件になるかもしれんな


・アラン:

そうですね

ですが、大人の事情で、捜査終了なんていうのは、なしにして欲しいですね


・ウォルター:

あぁ、俺もそうならないように努力してみるよ


・ウォルター:(モノローグ)

俺達はそれから、キャシー・フレミングの入院について、病院を調査した

聞き込みの結果、キャシーが入院したのは、昼間ではなく、夕方だった事が分かった

入院した日の夕方、ぐったりしたキャシーを、男性が抱えながら病院に連れて来た事を、仕事終わりの清掃員が覚えていた

その情報を元に、病院の防犯カメラの映像から、キャシーを病院に連れて来た人物を特定した。


キャシーを病院に連れて来た人物は、彼女の所属する部署の部長であった

そして、その部長と、キャシーのカルテを改ざんした、病院の医師を尋問(じんもん)した結果、

社長の指示でキャシーを自殺に見せかけて殺害(さつがい)した事を自白(じはく)した



俺達はその後、RI製薬の社長を逮捕し、臨床試験のデータを手に入れた

だが、RI製薬のシステムの中から、内部告発の資料を見つける事は出来なかった


・アラン:

ウォルターさん、どうでした?


・ウォルター:

それなんだがな

社長を逮捕して、臨床データを手に入れたまではよかったんだが、肝心のキャシーの資料が見つけられなくてな

奴ら、キャシーを殺してから、ご丁寧に、彼女に関するデータを全て消してやがった


・アラン:

そうですか・・


・アラン:(モノローグ)

僕にはその時、なぜかアーサーの微笑む顔が頭をよぎった


・アラン:

ウォルターさん、ひょっとしたら、アーサーの手紙に書かれていた、ログインIDとパスワード

あれが何かのヒントになるかもしれませんよ。


・ウォルター:(モノローグ)

アランの予想通り、RI製薬のシステムの中に、ログインIDと同じ名前の、鍵のかかったフォルダがあった。

そして、手紙に書いてあったパスワードで、フォルダは開き、中から、キャシー・フレミングの告発資料が出てきた


・アラン:

アーサーの手紙は、ここに繋(つな)げる為だったのか・・


・アラン:(モノローグ)

僕の中で、強(し)いられていたゲームが、ようやく完了にまで辿(たど)りついたような感じがした



・ウォルター:(モノローグ)

キャシー・フレミングの告発状は、RI製薬の新薬が、かなり低い確率ではあるが、

数年後に、極(きわ)めて重篤(じゅうとく)な後遺症(こういしょう)を起こす危険性を、示(しめ)していた

臨床試験のデータと照らし合わせながら、非常に緻密(ちみつ)に、かつ、論理的な文章で、何ページにもわたり解説されていた。


また、この告発状に記載されているデータと、会社が現在所有する臨床試験のデータに差がある事がわかり

RI製薬が、試験データを改ざんしていた事も発覚(はっかく)した


・アラン:(モノローグ)

ロンドン警視庁は、この資料を基に、保健省を徹底的に捜査した

そして、キャシーの告発を握りつぶし、隠蔽(いんぺい)した、保険省の役員と、その部下達を逮捕する事となった



・ウォルター:(モノローグ)

俺達は、アーサー・テイラーを殺した犯人を追って、迷宮(めいきゅう)入りするはずだった殺人事件と、

製薬会社と保険省の大規模な汚職(おしょく)事件という、二つの事件を解決する事となった

しかし、肝心のアーサーを殺した犯人の目星(めぼし)が未だについていなかった



・アラン:(モノローグ)

僕は、キャシー・フレミングの事件を解決してくれた、ウォルターさんを訪ねて、ロンドン警視庁に来ていた


・アラン:

ウォルターさん、今回はありがとうございました。


・ウォルター:

いや、これが俺達の仕事だからな


・アラン:

これで、アーサーの依頼を完了とさせられますよ


・ウォルター:

あぁ、それはよかったな

だが、俺達はまだ、アーサーを殺した犯人を捜さないとな


・アラン:

・・・


・ウォルター:

RI製薬の社長や部長、他の怪しい人間たちを調べてみたが、今のところ、全員アリバイがあってな

まだ、密室の謎も解けてないし、まったく、頭が痛いよ


・アラン:

ウォルターさん、アーサーを殺した犯人は、どれだけ探しても見つかりませんよ


・ウォルター:

どういう事だ?


・アラン:

彼の死因は、おそらく自殺ですから


・ウォルター:

そんな、バカな


・アラン:

彼は、誰かに殺されたかのように見せかけて、自殺をしたんですよ。

自分のパソコンのデータを消去して、丁寧に家中の指紋(しもん)を拭(ふ)きとって、部屋を密室にして


・ウォルター:

どうして、わざわざそんな事を


・アラン:

僕たちに、キャシー・フレミングの真相を明るみに出して欲しかったのでしょうね

アーサーのパソコンには、もともと資料なんて入ってなかったんですよ、

機密情報は会社からは持ち出せませんからね

だから、パソコンを誰かに消されたように見せかけて、資料の存在を僕たちに教えたんですよ


・ウォルター:

だったら、マスコミにでもリークすれば・・


・アラン:

マスコミにリークしたところで、保険省がグルなんですから

「調べたが問題なかった」と発表されてしまえば、それで終わってしまいますよ


・ウォルター:

それは、確かに・・


・アラン:

だから、保険省とは利害関係のない、警察組織に調べさせる必要があったんですよ


・ウォルター:

それなら、キャシーの自殺についての捜査を、警察に訴(うった)えれば


・アラン:

それは二年前に、既にアーサーは、やってたんじゃないんですかね


・ウォルター:

・・あぁ、そうかもしれんな


・アラン:

だから、彼は「もう一つの殺人事件」を、でっちあげる必要があったんですよ

でも、警察だけじゃ不安だから、念を入れて、警察に対して、探偵という楔(くさび)を打ったんですよ。

なにせ、彼にとって、探偵はヒーローでしたから



・アラン:

僕たちは、最初からアーサーのシナリオの上を、歩かされていたんですよ


・ウォルター:

シナリオだと


・アラン:

ええ

製薬会社を怪しませる為に、死ぬ前に薬を飲み

行きつけのバーに、キャシー・フレミングの事を触れ込み、

名刺を机の中に入れて、僕たちをキャシーの自殺に辿り着くような道筋をつくって・・


・ウォルター:

・・・


・アラン:

全ては、彼が二年かけて、ようやく辿り着いた「命を懸けたシナリオ」だったんですよ


・ウォルター:

しかし、どうして、そこまで


・アラン:

これは、僕の想像ですが

二人は多分、恋愛感情のある親友だったのではないでしょうか

キャシーは、不器用なアーサーの、唯一信頼できる女性だったのだと思います。


・ウォルター:

それでか・・


・アラン:

でも、こればかりは、流石に分かりませんけどね


・ウォルター:

・・・

ところで、お前は、いつ自殺だと気づいたんだ?


・アラン:

始めからですよ


・ウォルター:

始めからって・・なら、どうして言わなかったんだ


・アラン:

彼の意思を尊重したからです


・ウォルター:

でも、なぜ自殺だと分かったんだ、検視官(けんしかん)だって、未だに自殺だと断定出来ていないんだぞ


・アラン:

それは、死体に殺意がありませんでしたからね


・ウォルター:

そんな事が分かるのか


・アラン:

ええ、そりゃ僕は探偵ですから


・ウォルター:

探偵だからって、分かるもんじゃないだろ

俺の知っている探偵は、そんな事が分かる奴なんていないぞ


・アラン:

分からないなら、その人たちは探偵としての何かが足らないんでしょうね


・ウォルター:

でも、プロの殺し屋なら、そういう殺し方が出来るかもしれないだろ


・アラン:

プロなら、わざわざ部屋を密室になんてしませんよ

密室殺人というのは、殺人の疑いがかかる立場の人間がする事です。


・ウォルター:

・・・

君は、本当に探偵なのか?


・アラン:

ええ、勿論そうですよ


・ウォルター:

そうか・・不思議な・・・いや、怖い人だな君は

君について、少々調べて見たくなったよ


・アラン:

ええどうぞ、どれだけ調べても、僕がただの探偵という事以外、何も出て来ないでしょうから


・ウォルター:

そうか・・・君がそう言うのであれば、やめておく事にするよ


・アラン:

調べないのですか?


・ウォルター:

調べても、何も出て来ないんだろ?


・アラン:

ええ、おそらく


・ウォルター:

俺は、無駄な事はしたくないんでね


・アラン:

そうですか


・ウォルター:

ただ、君に興味が湧いたのは確かだよ


・アラン:

・・・


・ウォルター:

君とは、またどこかで絡む事もありそうだ、調べるのなら、その時でもいいだろう


・アラン:

そうですか、また「その時」がありましたら・・・


・アラン:

では、僕はこれで失礼してもいいですか?


・ウォルター:

あぁ、気を付けてな



・アラン:(モノローグ)

そして、僕は警視庁を後にした

ビルの外は夕焼けになっていた

僕は空を見ながら、今回の事件を思い起こしていた


・アラン:

アーサー、これでよかったんだよな


・アラン:

君には、ずっと翻弄(ほんろう)されていたから、今日の夜は、バランタインのソーダ割りでも飲む事にするよ

君の好きだった名探偵の気持ちになってね


・アラン:(モノローグ)

そして、僕は歩き出した

まだ寒いロンドンの夕焼けを、少し眩しく感じながら


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アラン・フィンリー探偵事務所 ~奇妙な依頼~(男×男女不問) Danzig @Danzig999

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