【13】2
僕と山内さんの関係も進展や後退はないし、ただ時間だけが過ぎていく。それを悲しいとか惜しいとかは思わない。あらゆるものは接続しないと叔父から教わっているから。僕はそろそろ夜詩くんのことをただの親戚だと思わなければいけない時期になってきている。最愛は形を変えて、ハグはするけれどもキスはしない。それ以上のことも。
それでいい。
それがいい。
だって夜詩くんは女の人や僕を愛する前に、自分のことを認めるべきなのだから。そのことを本人に言うと、官能小説家は泣いた。官能小説家はよく泣いている。泣いてないときは困っているか書いているか寝ているかのどれかだ。それでいいんだと僕は思う。母は知らないけれど、夜詩くんは意外と笑ったり嬉しがったりもするのだから。
人生は物語ではない。連続しない。接続しない。起承転結なんて綺麗にないし、ぐちゃぐちゃなままほったからしにしたりも出来る。
人生は物語ではないけれど、ハッピーなストーリーであってほしいと思う。僕の人生が。叔父の人生も。母も、僕の知る人、知らない人、全て。そうやって何かを信じることは少し怖い。願うとは、自分を、世界を信じることだから、そりゃ怖いに決まってる。躊躇してしまう。でも案外、なんとかなるもんだと思う。良い方向に。
もう二度と悲しまないから泣かないからにんじんを残さないから寝ないから言うことをなんでも聞くからだからだからどうか殺さないでください犯さないでくださいぶたないでください殴らないでくださいご飯を食べさせてくださいおうちに帰らせてくださいと願った当時の児童は接続を、祈りを諦めた。どんな交換条件も神様は叶えてくれなかったから、そうするしかなかった。
自分の人生において、彼は祈らないし願わない。
そのくせ、物語の中で、それは世間には堂々と言えないジャンル、つまり官能小説だとしても祈りを書き続けている。うだつのあがらないサラリーマンも平凡な大学生も、容姿の優れない小男もインポテンツな人でも、結局は誰かに愛され、そして相手を愛している。許され、許し、誰にも見せたことのなかった自分を、いや、自分すら知らなかった自分をさらけ出し、しかもそのことが相手に尊重され崇拝される。夜詩くんはそんな物語を書いている。
人妻が夫の前で間男に縛られ、乱れる物語は、しかしそれでも夫婦愛が奥底に流れている。自己愛と愉悦。見られることへの喜びと、見せることの解放感。
本人がどんな気持ちで書いてるのかを僕は知らない。知らなくていいから、わざわざ聞いたりもしない。
本当は、夜詩くんの過去と現在の職業は一切の接続を持たないのかもしれない。書けるから書いて、売れるから仕事の依頼が途切れない。ただ、それだけのことかもしれない。
僕はいずれ母に、父のこともちゃんと問いただすだろう。それは二十歳を超えてからになると、どこかで思っている。根拠のない思考。どこにも接続のない考えだが、確信している。
今日も僕は夜詩くんとメッセージをやり取りする。パキラが育ちすぎて怖いという文字を見ては、どうせ叔父はまた困っているか泣いているのだろうと思って、僕は少しだけ笑った。
終
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