モブキャラ社畜・底辺魔石鑑定師だったはずが、【魔物討伐デスゲーム】とかいう意味不明なデスゲームに参加させられてバズってる。 ~秘密裏に開催されるはずが、デスゲームがバグりすぎて表社会で目立ちすぎる話~

四角形

1 底辺魔石鑑定士の苦悩

 駅のホームで酔い潰れたおっさんが叫んでいた言葉が、ずっと脳裏から離れなかった。


「――お前らぁ、楽しんでっかぁ!? 人生、楽しんでますかぁ!?」

 

 笑って「うーっす!」と返す大学生、無関心に通り過ぎる少女、冷めた目で、のくせしてカメラを向けるケバイ女。

 人生、楽しんでますか。この言葉が響かない彼らは、たしかに現状の人生を享受して満足しているのだろう。

 

 俺はね、俺は、どうだろ。

 ……俺、何になりたくて、こうなったんだっけな。

 

 新社会人一年目。

 就活はことごとく失敗し、地元で有名なブラックギルド企業に骨を埋めた。毎日サビ残。休みは不定期。基本週7勤務で、会社に泊りがけで仕事する日も多い。

 画家になるか、将来の安定をとってそれなりの大学に進学するか。高3の時にした葛藤は、多分、どうしようもないほど無意味で尊大な決断だった。

 

 電車に揺られながら、ぼんやりと車両内を見渡す。

 午後11時。終電間際。遊び疲れた学生や、くたびれたおっさんがほどよい間隔を開けて立っている。

 隣に立つ可愛らしげな女子高生が俺の顔を見て、ほんの少し身体を遠ざけた。


 ふと目の前に座るおっさんがこちらを見て、同情するように頷いて、肩をすくめて笑った。にへらと俺も笑い返す。

 しょうもない仕事について、定時に帰れず、土日も働いて、搾取されるように死んでいく。多分このおっさんは、俺の未来の姿だ。ふとそう思った。

 

 じゃあ、なんで生きてんだろ。そんなんなら、死んだほうがよくね?

 

『――面白いから。だから、人は呆気なく死ぬようにしといたんだ』

 

 突拍子もなく脳裏に記憶が駆け巡る。 

 高校時代、俺と自称神様・・・・のたった一週間の戯れ。

 ……今となっては、現実だったかどうかすら曖昧な記憶だが。

 

 つり革にぶら下がりながら、下らないと苦笑する。

 

『おめでとうございます! あなたは、世界に選ばれた30123人目のプレイヤーです!! 詳細はこちらをチェック→【URL】』

 ふと、スマホに届いたメールに目を見開く。

 

 ……世界に選ばれた? 


「って、迷惑メールね……」

 すぐ前に立つおっさんがスマホを見て、うだつの上がらない顔で嘆いた。

 

 ……同じタイミングで迷惑メール?

 もしかして、全く同じメールだったり? ……んなことあんのか?

 

 鉄の軋む甲高い音と共に、ぐわんと車両が大きく揺れる。

「うぉっ」バランスを崩して微かに女子高生に手が触れる。と、小さな舌打ちが帰ってきた。「きっも……」なんてオマケ付き。

 

 女子高生は、更に隣に立つ友達に「痴漢って訴えよっかな。どんくらい稼げんの?」とケラケラと笑い出す。

  

 やってらんねぇって、思いますわな、そりゃ。

 

 ……あー。

 吊り革に全体重を預けて、ぼんやりと車内の天井を見上げる。

 

 ――人生、楽しんでますか。

 

 今隣のこの女子高生を泣きわめくまでぶん殴って、命乞いと共に謝罪させれたら、少しは楽しくなったりする?

 ……まあ、やんないけどさ。

 

 自嘲するように笑う。

 車内の電子広告に映る男が、サムズアップと共に俺に笑い返していた。


『【フロントライン】所属冒険者、序列3位のタケミツも愛用! 対魔装備なら【ATSUGI】にお任せを! 今なら新規登録初心者冒険者様向けに、キャンペーン実施中!』

 

 ……冒険者か。

 ふと、高校時代の”自称神様”との戯れが脳裏にフラッシュバックする。


『――100年前、この世界に【ダンジョン】が現れた。それは君も知ってるだろう?』

 

 放課後の教室は静かで、沈みかけた陽の光に照らされ淡い赤色のもやが立ち込めていた。神様はいつも己の席の机に腰掛けて喋る。廊下側の窓に映る神様の影はひどく人間臭いシルエットで、結局最後まで彼が神様かどうかは分からなかった。

 ただあの一週間の記憶が、なぜかずっと脳裏にへばりついて取れなかった。


『――なんで僕は【ダンジョン】を創ったと思う?』

 

 楽しげな表情。玩具から見た人の顔は、こう見えるのだろう。玩具を弄び愉悦の表情を浮かべる彼は、『答えられない?』と満更でもなさげに肩をすくめた。


『……他に地球みたいな星があって、そこと地球を戦わせている、とか?』

 

 俺にしてはそこそこ良い線行っていたと思う。けれど神様は首を横に振った。顔立ちはまさしく日本人なのに、彼の瞳はざくろ色にギラついていた。


『じゃあヒントをあげよう。……なぜ僕は、人を呆気なく死ぬように創ったと思う? 明日までに考えといてよ。もう時間だ。塾に行かないと』

 

 学校指定のカバンを肩にさげ、手を振って教室を出ていく彼の後ろ姿は、紛れもない人間だった。



 ――なんで今、またこの記憶を思い出したのだろう。


 

 ……疲れてんだな、俺。そうにちがいなーい。

 ため息をつくと同時に、また車両がガタリと大きく揺れた。「うぉっ」と体勢を崩す俺の隣で、ボブカットのJKが「きゃっ」と短い悲鳴を上げる。

 気づけばJKが俺の体にしがみついていた。柔らかな二の腕の感触が、スーツ越しに腰に纏わりつく。

 

 ……や、柔けぇ~。と思いつつも自制して、「大丈夫ですか?」とあくまで紳士に尋ねてみる。しかし、

 

「きもっ」

 

 現実は非情だった。


「最悪っ。まじ最悪っ。おっさんの汗ついたんだけどっ! あり得ないっ!」 


 放心状態で固まる俺の横でJkが喚き散らかし、友人の手を引いて、「行こっ! まじキモくて無理だからっ!」と隣の車両へ向かう。

 ……ろくな大人になんね―な、ありゃ。ろくでもねー男に引っかかって、捨てられて、シングルマザーにでもなるのがオチだろ。

 

 クソッ。なんて悪態を心の内でついていると、「す、すみません!」と大きな声が車両内に響き渡った。


 ざわざわとざわめきが聞こえてくる。

 声の方に首を向けると、若い女の子と男の子が強面の男相手に腰を低くして頭を下げていた。

 

「あーあ、どうすんのこれぇ」

 男は床に散らかった赤くきらめく数十個の魔石を見下ろし、呆れ混じりのため息をつく。その散らかる魔石の傍らには、魔石入れのポーチが二つ落っこちていた。ひとつは大きめの皮作りで、一方は初心者用だが、無駄に可愛い装飾がいくつもついている。 


「ご、ごめんなさい……。え、えっと、多分、この2個は私達のやつで……」

「あのさぁ、分かってる? 俺Cランクなの。お前ら駆け出しだろ? こっちは命かけて魔物倒して、魔石持ち帰ってきてんの。それがゴブリンとかの雑魚魔石と勘違いされて、遊びで冒険者やってるガキに持っていかれたら、たまったもんじゃねぇんだけど?」 

「えっと……すみません……すみません……」

 

 なるほど。どうやらさっきの揺れで二人してポーチを落として、魔石が混ざってしまったのだろう。それでどれがどっちの物か分からなくなっている、というところか。

 魔石は魔物によっては特異な見た目をしているが、大方は赤色で小ぶりの宝石だ。まず一般人に見分けはつかない。

 

 女の子はパニックで、体を震わせて謝罪を繰り返している。ぽたぽたと涙が滴るのが見えた。

 男の子の方は女の子の腰を擦って、強面の男を見上げる。ここからじゃ見えないが、睨みつけてでもいるのか。


「俺、見てたんだけど。その二つは、絶対に俺らのやつだったよ」

「だーから。どうせお前らのはゴブリンとかだろ? んなもん明日また取ればいいじゃねぇか。そんくらい譲歩できねぇの? そもそもさぁ、そっちがぶつかってきたんだろ?」

「お、俺らだってっ! 危険な思いして取ってんだよ……ッ!」

「はっ。たかがゴブリン相手に危険な思いだぁ? 笑えるな。カップルだか分かんねぇけど、遊びならやめとけっての」 


 強面の男が見境なく魔石をかき集め始める。

 それを見て我慢ならなくなったのか、男の子が「てんめっ」と声を張り上げた。 


 普段なら見て見ぬふりをしていただろう。けれどその瞬間、


「――人生、楽しんでますか」

 

 そんな言葉がまた脳内にフラッシュバックして、気づけば彼らに話しかけていた。


「あのぉ」おずおずを声をかける。「俺、良かったら仕分けます、よ?」

「ぁあ?」凄む男に対して、懐から免許証を取り出す。


「一応、近くのギルドで、魔石鑑定士やってて……」

 

 縋るような女の子の目や、周囲の無遠慮な視線に冷や汗が伝う。……やっべー、やっぱ逃げてー……。向いてないって、こういうの。

 

「魔石鑑定士だぁ? んじゃあ、いつもの顕微鏡はどこにあんだよ。あれなきゃ見分けられね―んだろ?」

「あ、えっと……。俺は、良いんです。いらないんです」


 視線から逃げるようにそそくさと屈み込んで、魔石を一つずつ拾い上げて仕分け作業を開始する。といっても、観察するだけなのだが。 


「顕微鏡がいらねぇ? んなもん聞いたことねーけどな」

「あ、えっと。……俺は、目がいいので」


 赤くきらめく艷やかな光沢の奥でどくどくと脈打つコアを凝視する。まるでピントが合うように、薄ボケた輪郭が鮮明になっていって――ふとした瞬間に、それが見える。


「これが、ゴブリンの魔石です」 


 どよめいていた車両内が水を打ったように静まり返る。訝しげな視線が集まる中、男が「はぁ?」と不服そうに唸った。


「んなもん、納得行くわけねぇだろ。肉眼でどうやって判別すんだよ。嘘ついてんじゃねぇだろうな?」

「え、えっとっ、じゃあ、その……」

 

 そそくさと大きめの魔石を手にとって、もう一度確認する。

 次は――


「こっちが、ワイルドボアの魔石です」

「……なんで」 


 男の顔を見上げて、その表情に動揺の色を見る。

 即座に畳み掛けるように捲し立てる。

 

「さっきの会話の中で貴方が倒した魔物については出てきていない。けれど――」 


 全神経を網膜に集中させ、一気に散らばった魔石を鑑定する。


「――数29。ゴブリンが4。これは彼らのものでしょう。残りはワイルドボアが6。シルバーウルフが7。オークが8。毒蜘蛛ポイズンスパイダーが3。ミノタウロスが1。……当たりでしょう?」

「……は?」 


 驚いたように固まる男の手に魔石を詰めたポーチを握らせ、朗らかに笑いかける。とびきりの営業スマイルだ。


「お疲れ様です。本日は大量ですね。迷宮ボスのミノタウロスをお倒しになられ、帰りがけに下層でDランクの毒蜘蛛に出くわされたのですね。あいつら、見境なく人を襲ってきて厄介ですから。にしても素晴らしいです。この量を一日で稼げるのなら、Bランクももう目と鼻の先ですね」

 

 男の手を包み込むようにしてポーチを固く握らせる。

 男は呆気にとられたようにしばらくその場で佇み、「……まじかよ」と肩をすくめて笑った。すっかり上機嫌だ。


「あんたすげぇな。占いでもされた気分だよ。どこで働いてんだ?」

「えっと、赤羽の迷宮のギルドで、下っ端として……」

「初心者御用達のとこじゃねぇか。へぇ、案外意外なとこに隠れてんだな、あんたみたいな凄えやつ」 


 男はニカッと笑うと、「ありがとよ」と呟いてこちらに背を向けた。

「また暇があったら、パーティーで遊びに行ってやるよ。その頃にはBランクになってっから、楽しみにしてろ。んじゃ、またな」 


 ふらふらと手を振って、隣の車両に吸い込まれるように消えていく。

 恐らくここは居心地が悪かったのだろう。

 

 にしても……。


「かはぁああ……」

 どっと疲れが込み上げて、大量に喉から息が漏れる。良かった。マジで怖かった。まじで良い人で助かった……。

 息を整えて、蹲る女の子と放心状態の男の子にゴブリンの魔石4つが入ったポーチを手渡す。

 

「これ、君たちの。……お疲れ様です。初心者なら、一日でゴブリン四体はわりかし順調な方です」

 

 朗らかに笑いかけると、「あ、あのっ」と女の子のほうが伏せていた顔を上げた。

 女子高生くらいか。幼さの残る可愛らしい顔つきで、天然の黒髪が蛍光灯の光を浴びて薄く透ける。

 

 午後11時。終電間際。

 車両内にはまだ多数の人が残っていて、ともすれば注目を浴びているのは必至だった。若い学生の集団が嬉々とした目でこちらを見て、おっさんが無遠慮に見つめてくる。さらにはケバイ女が、無関心そうな顔でこちらにスマホを向けていた。

 

 ……さっさと逃げてぇ~。

 不満を押し殺し、「えっと、どうかした?」と穏やかに続きを促す。

 

「名刺っ」

 まだ恐怖がかすかに残っているのか。震えた声だった。

「名刺、頂けませんか。……いつか、お礼、したいので」


「ああ」

 ハッとなったように声を上げて、懐から名刺を取り出した。屈み込んで目線を合わせる。

「お礼なんていりませんが……じゃあよければ、僕らのダンジョンに来て、ゴブリンの魔石を納品してください。初心者さん向けのダンジョンですし、おすすめですよ。それでは」

「あっ、ちょっ!」

 

 まだ何か言いたげな男の子の方に無視を決め込んで、そそくさと隣の車両に逃げ込む。さっきの男がいたら気まずいので、彼が逃げた方とは逆の車両に。

 しかしまあ、なんと迂闊な俺だろう。


「……ねえ、追っかけてきたよ。……ストーカーじゃない?」

「待って、待って、警察に通報、はやくっ」

 

 俺から逃げていったJK。……完全に失念していた。かといって踵を返すのもなぜだか憚られて、ではまたその奥の車両に……と思ったら、どうやら端っこの車両だったようで、行く手はとうとう阻まれたらしかった。

 

 肩を縮ませ、JKの視界に入らぬよう人の影にそっと隠れる

 あー……死なねぇかな。なんて、思ったりして。いや、本気じゃないけど。あいつら、カメラとか向けちゃって。「証拠証拠」とか騒いじゃって。馬鹿だろ。ストーカーするほど可愛くね―よ、あんたら。つか、なんで俺が気遣わなきゃなんねーんだよ。あー……ああいうバカ女、みんな、死んで――

 

 チカリと蛍光灯が点滅して、目を瞬かせる。

 刹那、光の奥の方で大きなシルエットが揺れ動いた。

 

 見開いた瞳孔に、光の粒が吸い込まれていく。

 鮮やかに、明瞭に、シルエットの正体が見えた。


 午後11時半、終電間際。死んだような顔の奴らがぎゅうぎゅう詰めになった先頭車両に、そいつは立っていた。鼓膜をじわじわと振動させるような低い唸り声をあげて、むしゃむしゃと、人の生首をかじりながら。

 

 ミノタウロスが、立っていた。

 

「きゃぁぁあぁああああッ!」

 声にならない声を上げて、件のJKが足をもつらせながら走り出す。それが引き金だった。一斉に人々が立ち上がって、互いに押しのけあって走り始める。


 ……は? なにこれ? え、なに? まじで、まじのやつ?

 

 ミノタウロスは血の混じった唾をペッと吐き捨てると、鼻から熱い蒸気を噴出した。ゴキリと楽しげに首を鳴らす。赤黒く光る瞳をこちらに向けて、ニヤリと笑う。目があった。目があった……よな? え? もしかして、俺?

 

 背筋が凍った。真っ白になった頭を見捨てて、本能が俺を突き動かす。

 やばい、やばいやばいやばい。……死ぬ? 俺、死ぬ? 待てって、ちょっと待てって。なにこれ? ドッキリ? ドッキリ、だよな?

 くたびれたサラリーマン3人組の生首が、化け物の腕の一振りで一斉に弾け飛ぶ。飛んできた肉片が頬にへばりついて、リアルな死臭が鼻を掠めた。

 死体のポケットからこぼれたスマホが、するりとこちらに滑ってくる。

 

 ひび割れた画面には、一通のメール。

 

『おめでとうございます! あなたは、世界に選ばれた30113人目のプレイヤーです!! 詳細はこちらをチェック→【URL】』

 

 ……プレイヤー。一斉に届いた迷惑メール……。

 視界の隅に、『ATSUGI』の広告が映る。『今なら新規登録初心者冒険者様向けに、キャンペーン実施中!』……冒険者?

 

『――なんで僕は【ダンジョン】を創ったと思う?』


 一体なぜ、また神様との記憶が脳裏を駆け巡るのか。

 何もかも分からない中、己の呼吸音だけが、20mほどの酷く狭い世界の中で、酷く鮮明に響いていた。

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