絶対痛い奴①
「御用だ御用だ!」
廊下に響き渡るはた迷惑な大声で入ってきたのは、決してその手の危ない人ではない。
「内弁慶の岡っ引きだ。」
「だ~れが内弁慶の岡っ引きですか!?忘れたとは言わせないわよ漫研部!いえ、水谷穂香!今日こそ我が文芸部に移籍してもらうわ!」
「まあまあそんなにドタバタと走って来て疲れたでしょう?」
私の親友こと小百合は、汗流し息切らせて部室にやって来た文芸部の先輩に、最低限のもてなしをした。
「ほらこれで塩分をチャージしてください。」
「わーいありがとうサユリちゃんって要らないわよ!デッサン用の檸檬じゃないこれ!」
「キレキレですね。」
「ですね。」
文芸部先輩の名前は市ノ瀬と書いていちのせ。数字の一ではないことをやたら強調してくる。
「貴女たち、会う度に私の扱いが雑になってるわね。」
「いや良く付き合ってる方ですよ。」
「あれ、いつからこのくだりやってましたっけ?」
「一年前からよ。そもそも、同じ中学校にいた美少女過ぎる後輩が
文芸部は人が少なくて廃部寸前、そこで貴女が客寄せパンダ的、観光大使的な立ち位置になってくれれば文芸部に人が集まる!そして私は予め、他の部活と水谷穂香争奪戦になることを推測して先手を打っていたわ。」
なるほど。まだ入学前、私のことを嗅ぎ回ってる怪しい緒雄儀校生徒がいるから気を付けろ、って言われていたの、この人の事だったのか。
ていうか先手、全部外してる。入学する前もした後も、文芸部なんて微塵も意識する機会は無かった。
「貴女が入学して読み通り、熾烈な争奪戦が勃発した、それは貴女も記憶に新しいでしょう。文芸部の魅力を誰よりも貴女に届けるために、寝る間も惜しまず身を粉にしてアピールしたわ。
だのに貴女は!私の熱烈なオファーを悉く蹴り返し、あろうことかぽっと出の漫研部に入るなんて!それに漫研部、漫研部って皆言うけど、正式には漫画研究会!同好会だから!部としては認められてないのよ!」
というような文句を言いに、市ノ瀬先輩は時々こうして漫研部を訪れる。
「え、じゃあ穂香が入学したての頃からやってたの?」
「そうだね。」
「しぶてぇ~……。さすが武蔵坊先輩。」
「弁慶なのね。どうしても武蔵坊弁慶なのね。何なのよ。開幕怒涛の弁慶いじりは?」
この前、三年生の教室がある三階の廊下を歩いていた時、ガヤガヤと騒がしい教室で一人、気配を消して自席で本を読んでいる彼女の姿を見かけた。
一見とんでもない面白お姉さんが登場したように思えるけれど、彼女がここまで元気になるのは私たちの前だけなのだ。
だから実際には内弁慶というより、漫研弁慶なのかもしれない。まんけんべんけいって語呂良いな。
「じゃあ早速、文芸部移籍を懸けて勝負をしましょう。」
「“じゃあ”て。どこに掛かった“じゃあ”なの?」
「幸い私たち三人しかいないみたいだし、ちょうど良いわ。この机、借りるわね。」
漫研部は私と小百合と部長、その他幽霊部員の方たちで構成されているため、基本的にこの部室を使っているのは三人しかいない。
「ちょうど良いって。毎回、部長不在を見計らってここに来てる癖に。」
「そ、そんなこと無いわ人聞きの悪い。ちゃんと今日はいるかしらと覚悟を決めて来たわよ。ところで部長さんはどこに?」
「先輩は例によって外回りです。」
「あの娘いっつも外回りしてるわね。外回りが何かは知らないけども。部長なのにあちこちほっつき歩いてまったく。こんな漫研なんてやめて文芸部に入りなさい。」
お前が言うな。と言おうかどうか迷ったが言わないことにした。多分、小百合も同じことを考えただろう。
小百合の顔をちらと見たら、案の定苦い顔をしていて笑いそうになってしまった。あんなに苦しそうな苦笑い初めて見た。もう言っちゃおうよ。
「さて。前置きがかなり長くなってしまったけれど、今回の本題に入りましょうか。」
「前置きも本題も要らないので帰って欲しいのが本音なのですが。」
「わかったわよ。貴女たちが勝ったらもう二度と勧誘しに来ないと約束しましょう。」
彼女は私を部室の真ん中に立たせ、私と向かい合うように机を二つ並べ、さながらクイズバトルでも始める形態を作り出した。
「ずばり!激痛ポエムバトルよ!」
「何言ってんだお前。」
まったく予想だにしないとちくるった勝負を持ち掛けられ、小百合も思わず語気が荒くなってしまった。
「ルールは単純明快。先攻と後攻に分かれ、どちらがより痛くきついポエムを作れるかを競う。そうね、昔ながらの形式に例えるなら歌合に近いかもしれないわ。
私とサユリちゃんで詠むから、貴女には判者を務めていただくわ。」
「え、それって穂香のさじ加減ですよね?勝負にならなくないですか?」
「んー、そうでもないよ。だって私が小百合の勝ち、って言ったら、小百合の方が痛いって言ってるのと同じだからね。」
「勝ちたいけど勝ちたくない!」
「ふふふ。まあやってみればわかることよ。」
かくして、私の所属先を懸け、不毛な争いの幕が開けようとしていた。
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