第8話:荒稼ぎ

 狩場さえ決まれば1分以内にモンスターを瞬殺できます。

 1時間あれば60回モンスターを狩る事ができます。


 10時間戦えば600回、1000回戦おうと思えば、休息時間を含めて18時間は必要になってしまいます。


 昨日1000回もモンスターを倒せたのは、1分で1回ではなく2回くらい倒すと言う、普通ならありえない回転速度だったからです。


 モンスターが現れて直ぐに前衛が突き倒し、中央と後衛が投石紐で倒し、落とした宝物を素早く回収して外に出て、また中に入るという裏技を使ったからです。


 モンスターが落とした宝物を全て回収してから境界線の外に出て、再び境界線の中に入ると、直ぐに次のモンスターが現れるのです。

 宝物を落とさない時は、境界線を出入りするだけで次のモンスターが現れます。


 ですがそれは、現れるモンスターが自分たちと同じ数だからできた事で、倍数が現れる20階以降ではできなくなります。


 できるだけ早く回す努力はしますが、どうしても限界があるのです。

 1度投石をした後に、もう1度石を入れて殺傷力のある遠心力を取り戻すには時間がかかりますから、素早く剣を抜いて接近戦にした方が早く倒せるのです。


 それでも中央と後衛が戦闘距離まで詰めるのには時間がかかります。

 だったら最初から横に並んで戦った方が素早くモンスターを倒せます。


 19階よりも道幅が広くなり、3人肩を並べて戦える利点を使うようになるのは直ぐでした。


 両親からも教えられていましたが、自分たちで確かめるのも大切なので、最初は19階までと同じ戦い方をしていましたが、今では3人同時に境界線を超えています。


「行きますよ」


「まかせなさい」

「分かりました」


 僕の合図にソフィアとアーサーが答えてくれます。

 返事だけでなく、臨戦態勢で境界線を超えてくれます。


 同時に現れたスケルトン6体の内、3体を剣の突きで瞬殺します。

 スケルトンが消え去るのを待たずに先に突き進み、残る3体に3人がほぼ同時に突きを入れて倒します。


 上手く行けば2秒でスケルトン6体を倒せますが、常に上手く行くわけではなく、タイミングが合わずに3秒4秒と掛かる事もあります。


 19階までよりは少し時間がかかるようになりましたが、宝物が落ちる確率はモンスターの数が倍になった分増えます。


 落とす硬貨の数が増え、良い宝物を落とすようになりました。

 稼ぎが一気に増えるので、新鮮な果物を買うのに躊躇しなくなるかもしれません。


「ねえ、もう30回も戦ったし、次の階に行かない?」


「まだ全てのパターンを確かめていないと思う。

 もう少し数をこなして、20階台の傾向をつかみたい」


 少しでも深く潜りたいソフィアと、できるだけ危険を避けたいアーサーでは、1階層に使う確認回数に違いが出てしまいます。

 それを調整するのがリーダーである僕の役目です。


「2人の考えは良く分かります。

 ですが今日は慎重に行くと決めていたはずです。

 今になって方針を変えるのは良くありません。

 アーサーが安心するまで20階で狩りを続けます」


「そうね、2度も約束したことを変えさせるわけにはいかないわよね。

 分かったは、アーサーが満足するまでの20階で良いわ」


「ずっと20階で狩ると言っている訳じゃないよ。

 3倍の9頭現れる事がないか、確かめておきたいだけだよ。

 本当か嘘か、食堂でそんな話が出ていたから」


 アーサーは今朝も食堂で情報を集めてくれていました。

 そのまま自分の考えを伝えてくれます。


「嘘だとは思うけれど、3倍のモンスターが出たら殺されてしまうかもしれない。

 ゴブリンやスケルトンなら大丈夫だけれど、フォレストウルフだと危ないからね」


「私は酔っ払いの嘘だと思うけれど、万が一の事があるのは認めるわ。

 魔境でも、思いもしなかった事が起きたものね」


 僕たち3人だけで魔境の奥深くにまで入った事はありません。

 ですが、両親や祖父母に後見してもらった状態でなら入った事があります。


 その時に、ソフィアが家族から聞いていたのとは全く違う、明らかにレベル違いのモンスターに遭遇したことがあるのです。

 僕の両親が一緒でなければ、3人とも喰い殺されていました。


 それからです、怖いもの知らずだったソフィアが、僕たちの言う事にも耳を傾けるようになったのは。


 村1番の猟師だと言われていた父親でも、全く足元にも及ばないのが、領主である僕の両親だと思い知ったのです。


 アーサーは確認するための回数を事前に決めていたのでしょう。

 20階で100回戦ってから21階に下りました。

 21階でも100回戦ったから22階に下りました。


 階層を守る強大な敵などいないので、下の階層で最初に戦うモンスターが試練と言えば試練なのですが、現れるモンスターがガラッと変わるわけではありません。


 これまで現れた事のない強いモンスターが10回に1回は現れますが、残る9回は上の階でも現れていたモンスターです。


 こういう親切な現れ方をするので、ダンジョンを神の恵みだと信じる人も多く、そういう人が集まった教団もあるくらいです。


 確かにこういう仕組みだと、ダンジョンで狩りをする人が、不意討ちで死ぬ可能性が低くなります。

 徐々に鍛えられて強くなれます。


 国がダンジョンを利用して国民を鍛えたくなる気持ちも分かります。

 僕自身、この機会を利用して、もっと強くなる心算です。

 僕には、騎士家の跡継ぎとして領民を守る義務があるのです。


「なかなか鈦硬貨が出ないわね。

 やっぱり30階よりも深く潜らないと出ないのかしら?」


「そうだね、ご領主様たちも食堂の冒険者たちも、30階よりも深くに潜らないと出ないと言っていたよ

 ソフィアが鈦硬貨で造った剣を欲しがっているのは知っていたけれど、幾ら何でも王都に来てから2日で鈦硬貨は早すぎるよ」


「アーサーの言う通りだよ。

 2日目で鈦硬貨なんて手に入れたら、流石に反感を買ってしまうよ。

 12歳で鈦剣を持っているのは王侯貴族くらいだよ」


「そういうハリーは、鈦剣どころか銹剣を持っているじゃない。

 錆びず折れず曲がらない上に、鉄剣すら断ち切る銹剣を持っているじゃない」


「あれは家の剣で僕の剣じゃないよ。

 その証拠に、ここに持って来ているのは鉄剣だけだよ。

 鈦硬貨はここの冒険者に認められてから手に入れるべきだよ」


「ハリーの言う通りだよ。

 昨日食堂にいた冒険者は気の良い人たちだったけれど、グラハム伯爵のような人は必ずいるから、権力で鈦硬貨を奪おうとするよ。

 僕たちなら勝てるけれど、最悪の場合は人を殺す事になるよ。

 それではご領主様に迷惑をかけてしまうかもしれないよ。

 ソフィアは家族と一緒にこの国から逃げ出したいの?」


「分かったわ、分かりました、無理に30階には下りないわ。

 しばらくは29階までで我慢するから、その分稼がせてよね」

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