第5話:横暴

 僕たちはダンジョンから戻って直ぐに冒険者組合の受付に行きました。

 ダンジョンに入る時と出る時に報告しなければいけないのです。


 冒険者組合は、国民が12歳の義務を果たしているのを確認しなければいけない。

 国から与えられているダンジョンを管理する権利に付随する義務があるのです。

 12歳を管理するのも冒険者組合の義務の1つなのです。


「凄いわね、初日からこれほど持ち帰るとは思ってもいなかったわ!」


 受付のお姉さんが手放しでほめてくれます。

 大した事のないモンスターを瞬殺し続けた結果でしかないのに、これほどほめられると照れてしまいます。


「それで、水晶だけ換金すればいいの?

 それとも水晶も手元に置いておく?」


 水晶は正確には硬貨と言えませんが、普通にお金代わりに使えます。

 ですが、できるだけかさばらないように換金するのが冒険者です。

 できるだけ身軽な状態で潜らないと、多くの宝物を持ち帰れません。


「いえ、3人で分けたいので、そのまま持ち帰ります。

 それよりも安全で安い宿を紹介して欲しいです。

 父上や母上からは、組合で宿を紹介してくれると聞いてきたのですが?」


 正確には紹介してくれるのではありません。

 冒険者組合が直営している簡易宿舎に泊まれるのです。


 多くの冒険者組合では、3階より上が宿になっているそうです。

 魔境にある冒険者組合でもダンジョンにある冒険者組合でも同じだそうです。


「朝晩軽い食事がついて1人大銭貨3枚になるけれど、3人なら大丈夫ね?」


「どけ、平民!

 平民の分際で俺様の前に立つな!」


 僕が受付のお姉さんにお願いしますと言うおうとした瞬間に、馬鹿貴族令息としか思えない愚か者が怒鳴りながら入って来た。


「王族の俺様に逆らったらどうなるか分かっているのか?!」


 父上や母上から聞かされていた、例外中の例外がやって来ました。

 小国の危機感から、我が国に愚かな王侯貴族はほとんどいないです。

 ただ、極まれにどうしようもない愚か者が生まれ育つ事があるそうです。


 国王陛下が歳を取り愚かになってから生まれてきた王子。

 美貌だけが取り柄で、性質の悪い側室から生まれた王子。

 兄弟姉妹がおらず、たった1人の王位継承者で我儘放題に育てられた王族。


 そんな例外もあるとは聞いていたのですが、今の王子王女にそんな者はいないと教えられていたのですが、どう言う事なのでしょうか?


「けっ、グラハム伯爵家の出来損ないだぞ」

「親子揃って国の恥だな!」


 受付に入って右横に併設されている食堂から、吐き捨てるような言葉が飛びます。

 なるほど、こいつが例外中の例外、グラハム伯爵家の者なのですね。

 年齢から考えて当主のアーロン卿ではありませんね。


「誰だ、王族である俺様の悪口を言う奴は死刑だぞ!」


「ふん、てめぇのようなガキに殺されるようじゃ冒険者はやっていられないぜ。

 そのブクブクと太った体で俺たちが殺せるなやらってみろ!」


 確かに、ろくに訓練していない醜い姿をしています。

 実戦能力を貴ぶ我が国では、戦えない太り過ぎた身体は嘲笑されてしまいます。

 12歳でそのような姿だと、普通ならモンスターに殺されて終わりです。


「やれ、そこにいる連中を不敬罪で皆殺しにしろ!」


 ですが、狡賢い連中は、冒険者組合幹部に賄賂を贈り、本当なら許されない成人の護衛をつけてしまうのです。

 

 冒険者組合で受付する時だけ1人で行い、実際にダンジョンに潜る時は成人護衛に守ってもらい、12歳の義務を終えた事にしてしまいます。


 護衛がモンスターを倒してもレベルアップはしないので、一生弱いままですが、金で雇った護衛が強ければ、平民が相手なら好き放題できます。


「スリープ、パラリシス、リジディティ、スリープ」


 誰も僕たちの方を見ていないので、素早く魔術を放ちました。

 誰にも分からないように、グラハム伯爵家の出来損ないだけでなく、護衛の5人にも魔術を放ちました。


「「スリープ、パラリシス、リジディティ、スリープ」」


 アーサーとソフィアも同じ考えだったのでしょう、僕と同時に魔術を放ってくれています。


 僕は祖父から騎士道精神を叩きこまれると同時に、祖母から何が何でも生き残って現実に対処する考え方も教えられています。


 グラハム伯爵家の権力が分からない間は、表立って敵対できません。

 だからといって、何の罪もない人たちが殺されるのを見逃す事もできません。


 祖父の教えて祖母の指導の両方を守るには、色々な工夫が必要になります。

 だから誰にも分からないように、睡眠と麻痺と硬直の魔術を放ったのです。


 相手の方が強すぎると全く効果ありませんが、強いと思った5人の護衛全員を無力化できました。


 僕の祖父母と両親、僕と同じ師匠から学んだアーサーとソフィアが、ほぼ同時に同じ魔術を放てたのは、同門であると同時に幼い頃からの狩り仲間だからです。


「誰だ、誰が坊ちゃまたちに魔術を放ったのだ?!

 こんな事をしてただで済むと思っているのか?!」


「副組合長こそ何を考えているのですか?!

 組合長が留守だからと言って好き勝手するにも程があります。

 これ以上グラハム伯爵家の横暴に手を貸すようなら、陛下に直訴します!」


「うっ、受付の分際で陛下に直訴などできるものか!

 その前に殺されてモンスターの餌にされてお終いだ!

 殿下、ジャスパー殿下、ご無事でございますか?!」


 副組合長と呼ばれた中年の狸男が、誰が見ても胡麻をすっているとしか思えない態度で、グラハム伯爵家の出来損ないを介抱しています。


 手で介抱しただけでは、魔術を受けた状態は元に戻りません。

 解除魔術を放たない限り、1時間はこのままです。


 3人同時に放った魔術だから、本当にタイミングがあっていたら、二重掛け三重掛けの効果が現れて、丸1日眠り続けるかもしれません。

 万が一、三重の効果が表れていたら、3日はそのままですね。


 麻痺も硬直も3日続くかもしれません。

 同時に絡み合った魔術を解除するのは、並の解呪魔術では不可能です。


「ギャハハハハハ、出来損ないが腹を立て過ぎて倒れやがった!」

「護衛がいなければダンジョンにも潜れない出来損ないが!」

「俺たちのように国のために税を払っている人間を蔑ろにしやがって!」


 ジャスパーと呼ばれた王族を名乗る子供は、ここにいる冒険者たちから心底嫌われているようです。


 問題は冒険者以外からどう思われているかです。

 特に王族や貴族からどう思われているかです。

 今後の為にも広く多く話を聞いた方が良いでしょう。


「お姉さん、副組合長に逆らって大丈夫ですか?

 僕はこれでも騎士家の子供です。

 何か役に立てるかもしれませんから、話を聞かせてください」


 僕が受付のお姉さんから情報を集めようとしていると。


「ねぇ、初ダンジョンから戻ったら1杯奢ってくれる約束よね?

 そこで倒れている人たちの話をしながら飲ませてよ」


 ソフィアが上手く食堂にいる冒険者たちに話しかけています。

 彼らは出来損ないの悪口を言いたくて仕方がないから、幾らでも話を聞かせてくれるでしょう。

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