第17話 オチない話②


 先輩が妙に食いついた。素人の書いた本になど一切興味を示さなかったが、それが作家になった卒業生の残したものとなると話が違うらしい。


「そう、解決編を書き終わる前に在学中にデビューしちゃって、そのまま未完結で終わっちゃったんだよ。その作品も結局商業作品としては世に出てなくて、この図書室に解決編手前まで書かれた小説がずっと残されたままなんだってさ」

「なるほど。実質的には学園限定の投稿サイトに掲載されたままに近いわけか。商業利用がないから未発表と変わらないはずだが、まだ世に出ていないとは」

「まあ、今のシリーズが売れてそのまま書いてるみたいだからね。そっちは約百年前のヨーロッパを舞台にしたミステリらしくて、世界観の設定と合わないから使えないって感じじゃないかな。同時連載で別のシリーズを書けばいいだろうけど、速筆じゃなかったら難しいだろうしさ」


 約百年前のヨーロッパと言えば、イギリスでちょうど切り裂きジャックの事件が起きていたあたりか。あの時代はミステリファンにとってはまさに理想の世界観だ。人気のシリーズになるのも頷ける。

 もし、その未完結の小説が日本を舞台にしていて、アリバイなどに日本の科学技術や鉄道関係の話があれば使いたくても使えない。


「解決編手前まで書いてるってことは、あとは推理して犯人を名指しするだけってことですか?」

「そうらしいよ。ミス研の友達が言うには、既に犯人を突き止めるだけの証拠は出揃ってるらしいんだけど、いまだに誰も犯人に辿り着けてないんだってさ」

「さすが、ミステリ作家としてデビューするだけあってアマチュアの頃の作品ですら完成度高いんですね」


 俺は肩をすくめた。そりゃデビューして当然だな。素人のうちからそこまで実力あるなら、ミス研じゃまさにエースの部類だろう。

 ふと先輩に目を落とすと、珍しく真剣な眼差しだった。顎に手を添え、何かを静かに思案している。

 世に出ていないが、一応はプロが書いた小説ということになる。先輩の中にぽっかり空いてしまった本に対する大きな溝を埋めてくれるのではないか。そんなことを考えているのかもしれない。


「それ、もしかしてこの図書室にあるのか?」

「うん。たしかクラブコーナーにあったと思うよ。その卒業生がデビューした時は何人もの人に読まれたらしいけど。今は旬を過ぎたから誰も読んでないんじゃないかな? たしか、クラブコーナーの本は貸し出し禁止だし」

「燈画、取ってきて」

「えぇ、俺すか?」

「取ってきて、早く、お願い」

「部長、タイトルは?」

「んとね、たしか『殺戮サークル』だったかな?」


 まったく、人使いが荒いな。

 だが、不平不満はありつつも、その言葉に異議を唱えることはない。俺は素直に従い、その本を取りに行った。頼まれなくても、恐らく自らの意思でそうしただろうからだ。

 クラブコーナーの前は、他のコーナーと違って人があまりいない。蔵書数の多いこの図書室を利用する者で、わざわざ生徒が出している本を読もうとはしないからだ。せっかく他に珍しい本や有名な本があれば、誰だってそっちを選ぶ。


 俺がクラブコーナーの棚を一通りチェックすると、件の本はすぐに姿を現した。他の本と違い、厳選された平置きの一冊になっている。

 まるで書店で普通に売ってそうなほどの出来栄えだ。タイトルロゴだけでなく、表紙にイラストや作者名まで入っている。これがデビュー後のペンネームをそのまま使ってるなら、本当に商業作品と勘違いされるだろう。

 俺は本を確認し、すぐに先輩や部長の元へと戻った。

 既に三人は入口前のカウンターの中へと移動している。


「おかえり、とーがくん」

「部長、そこ勝手に入ってもらうの困るんですけど」


 あたかも自分が関係者の一人であるかのように、部長は堂々とカウンターの中の席に腰を落としていた。それも俺が座るはずの席に。


「固いこと言わないでよ」

「燈画、それより本はあったのか?」

「ありましたよ、どうぞ」

「生徒が続きを知れずに困っているのなら、それは立派な図書委員の仕事だ。レファレンスとは違うが、この手の悩みは珍しいことではないからな」

「いや、単に先輩が読みたいだけでしょ」


 ただ、俺もその気持ちはわからなくもなかった。実際、書店で購入した小説のシリーズが途中で止まってしまい、モヤモヤし続けた経験がある。特にシリーズを通して大きな謎や伏線が用意されている話では、一冊で解決しない場合もある。中にはそれが解決しないまま絶筆になったりなどすることもあり、特別珍しいことでもない。もう何年もシリーズが更新されない作品なども多数存在している。

 現実でも、好きな作品が完結する前に死んでしまい、結末に明かされる大きな謎や伏線の回収を見れないこともある。それがストレスになる者も、中にはいてもおかしくない。


「さて、早速読んでみるか」

「ちょっと待ってください。それ、俺らも一緒に読んじゃだめですかね? 後ろから覗くだけでいいんで」

「えー、なんかやだなぁ」


 先輩はわかりやすく嫌な顔をした。正直、俺だって読むなら一人でゆっくり自由に読みたいのが本音だ。けれど、先輩だけ読んで事件を推理するのでは、完全に俺たちが蚊帳の外になってしまう。それでは話の意味もよくわからないまま、ただ結末だけを知ることになる。それは本好きとしてはどうも納得できない。特にミステリなら、自分も事件の推理に参加したくなるのが人情だ。


「鵜瀬さん、私も榎戸さんに同調します。やっぱり読みたいです」


 羽原も手を上げ、俺の意見に乗った。


「ボクもいいかな? こんな面白そうなこと、中々体験できないし」


 部長までも参加してきた。完全に自分が楽しみたいからというだけの理由で、まともに推理なんてする気はないだろうが、一人仲間外れというのもたしかに嫌だろう。


「いやいや待て! 四人で一冊の本を読むって無理があるだろ!? 中学生でも教室で週間少年マンガを四人で読んだりしないぞ!?」


 先輩は言い分はもっともだ。小説は大きくても単行本サイズでしかない。幸い、この小説は文庫本サイズではないが、それでも誰かと一緒に読むのは大変だ。


「じゃあさ、みんなで一人ずつ読もうよ!」

「ということは、最後に読むのは私か?」

「うん! ボクやとーがくんでも、多分読んですぐ事件を解決するのは無理だと思うんだ」

「そうですね。今まで誰にも解けなかったのなら、そんな簡単なわけないですし。先輩が読み終わる頃になっても俺たちじゃほとんど解けてないでしょう」

「うえぇ、私が読むの最後なのかぁ? 私が読むって言ったのにぃ?」


 納得いっていない様子だった。唇を尖らせ、今にも床に転がって駄々をこねそうな勢いだ。

 てか、持って来たの俺なんだけど。


「じゃあボクたちはジャンケンでもして順番決めよっか!」

「私、最初にグーを出します」


 いや、いらないだろ、その駆け引き。


「「「ジャンケンポン!」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る