決戦 蠢きの怪樹
古樹の魔物は見上げるような高さをしていた。幹の太さはもはやビルのようで、一番細い枝でさえ俺の体の幅と同じくらい。ここに来るまで戦った植物型の魔物がただの苗木に思えてくる。
正直なところ、勝てるビジョンがちょっとやそっとじゃ浮かばない。
「やるぞ、
「もちろん! だけど、策はあるんでしょうね!?」
「出し惜しみなんかしてられねえ、初手全力!」
「だよね!」
明と望海は互いの持った
あの教団員を簡単に潰した枝での叩きつけ。一瞬で頭上が暗くなり、大質量が迫りくる。
【ブースト:ファイア】【ブースト:ファイア】【ブースト:ファイア】
【コード】を超える出力を持つ【ブースト】魔法の三連発動。猛り狂う炎が望海たちの頭上に迫る枝の触腕をなめ溶かすように燃やし尽くす。破壊力が形を持ったかのような炎の塊は、大質量を持つ古樹の触腕を消しとばした。
流石に……【ブースト】三連使用はガツンと来るわね……!
望海は口に流れ込んできた鼻血を舌でなめとり、乱暴に袖で拭う。
「今よ!」
言葉と全く同時に熱線が怪樹を襲った。
【ブースト:ファイア=エクシード】
望海が頭上の触腕を燃やす頃にはすでに明は行動を終えていた。望海が面を破壊する炎なら、明は一点特化で破壊する炎をイメージした。
奴のサイズを考えると、回復力は植物型でも段違いに違いない。生半可な熱量では焼け石に水になりかねない。そして、表面を焼くだけじゃ足りない。全力で中まで全部燃やし尽くす。
これが俺の最大出力……!
炎を一点に閉じ込めて圧縮を重ねる。限界まで圧縮し一直線に放出された熱線が、行き場を求めて発射される。熱線は周囲を熱で溶かしながら怪樹の幹に直撃した。
ビルほどの太さのある怪樹の幹であっても、明の全力を食らってはひとたまりもない。熱線は怪樹を深く深く燃やして抉っていく。
熱線の照射がようやく収まる。抉り溶かされた地面と大穴をあけた怪樹がその威力を物語っている。
「やって……ねえのかよ」
せっかく「やったか!?」は言わなかったのに。なんて考えるのは、大部分が現実逃避に他ならない。
自身の体の大部分を焼き尽くされた怪樹は身をよじらせながらも、その巨体を再生させていく。焼き焦げて炭化した部分は流石に再生が鈍いが、戦意を失っている訳ではないらしい。
二人は、ユーシェをかばいながら次の詩片を構える。しかし、足元に何かが転がっていることに気付いた。
「ん? 花?」
花。わずかに花弁が焦げているが、血のように真っ赤な花が気づけばあたり一面に咲き誇っているのだ。
「!?」
【コード:ウインド=エクシード】
訳の分からない警鐘が頭の中で鳴り響くままに詩片を発動させていた。望海とユーシェを抱きかかえて、一瞬で花の咲いていないエリアに避難する。
その瞬間、花の下が盛り上がってきて地面が弾けた。地面の中から現れたのは、頭に花が生えた顔のないヒト型。残念ながら、背中から生えた触手やとがった指先、ゆっくりと近づいてくる姿とどこを取っても友好的な相手ではない。
「こいつらで時間稼ぎするつもりよ」
ざっと数えても五十体はくだらない。時間稼ぎには十分すぎる数だろう。
「火への対策はばっちりってか。山火事で種を飛ばすっていう植物みたいだな」
「そんな植物いるんだ」
「山火事が多いオーストラリアで植物が考え付いた生存戦略だったかな?」
動きはそれほど早くはない。が、外皮はしっかり堅そうだ。ゾンビみたいな挙動のくせに防御力が高い敵か……。だるいな。
俺の魔法を再度怪樹にぶつける。手元にある新品の【ブースト】の詩片はあと一枚。望海の方も未使用のものはないはずだ。
「オーストラリアって? 地名なの?」
「あー……落ち着いたら教えてあげる」
ユーシェを後ろに下がらせて望海は改めて詩片を構える。
ユーシェになら私たちのことを教えてもいいかもしれない。そんなことを考えながらこれからどうするかを思案する。しかし、すぐにその作業を放棄してしまった。元々、作戦立案は明の仕事だ。
「明、作戦は?」
「もっかいどうにかしてあのデカブツに魔法を直当てする」
「それしかないって訳ね」
「いいわ、雑魚を速攻で倒しましょう。あの魔物は回復にリソースを取られてるのかしらないけれど、動くそぶりを見せていない。今のうちに二射目をぶち当てれば倒せるわ」
意見が合致する。なら、次はさっさと動き出すに限る。
風の詩片を補充しなおす。浮力と速度がもう一度帰ってきた。
「望海! ユーシェを頼む!」
「まかせて」
予備のものを含めてナイフを二本同時に構える。速度に任せて花怪人を刻んでいく。
動力源がどこにあって、どうやったら止まるのか。今のスピードがあれば、捕まる心配はない。だから、今は弱点を探る。
花怪人の一体一体をすれ違いざまに切り裂いていく。腕、足、腰、胴、首、花弁。このうち、完全に動作を止めたのは首と花弁を落とした個体だけ。
「首だ! そいつの心臓は花の部分にあるから、首から上を攻撃すると動かなくなる!」
こいつらを無視して本体を直接叩きたいが、地面に足をついて魔法を使えば集中している間に襲われてしまうし、【ブースト】の詩片ともなると、飛ぶための風の詩片との並用が困難だ。となると、大人しくこの怪人たちを全員倒すしかない。
……望海の方、苦戦してるな。いくら堅いっていってもこれくらいなら問題ないはずだけど。
風の詩片が切れかける。前の冒険のようなへまをしないために、隙を見て地面に着地して魔法をかけ直さないと。
一方望海は、四方を花怪人に囲まれて絶賛ピンチに陥っていた。
「くっ……この!」
【コード:ファイア】
火が花怪人の頭部を焼く。しかし、動きを止めたのは一瞬で、その魔法はあまり効果的とはいえなかった。
緩慢な動きで振り下ろされた腕を飛びのいて躱す。ユーシェを頼むといわれたが、戦況はあまり芳しくない。
火じゃ燃えないってこと!? ってよく考えたらこいつらの生まれ方を考えたら火への耐性くらいあってもおかしくないか。なら、アプローチを変えていかないと。
【コード:ウインド】
思い浮かべるのはかまいたち。切れ味鋭い風の刃が花怪人の首元めがけて飛んでいく。
「やった! 効果アリ!」
完全切断とはいかなかったが、一体の怪人の首を風の刃は切り裂いた。皮一枚で繋がっているようで、切り裂かれた首がプラプラと不安定に揺れている。
効果的なのは切断。そうと分かれば話は早い。片っ端から切り裂くイメージで魔法を飛ばしてやればいいのだ。
しかし、次の魔法を撃とうと懐に手を入れたタイミングが隙になってしまった。
「あぶねえ!」
明の声で背後を振り向くと、すでに腕を振り下ろし始めている花怪人の姿があった。
だめだ、当たる。そう思っても諦め悪く動きは止めず、懐から魔法を放とうとしたその瞬間、信じられない光景が目の前に生まれた。
「ノゾミにさわるな!」
それは、ユーシェの綺麗な姿勢から放たれたライダーキックだった。
奴らに着せられた白いドレスのスカートも気にせず、ユーシェの足は花怪人の頭部を蹴り抜く。その衝撃だけで、胴と首がお別れしてしまった。
「うそぉ……」
よく考えてみれば、彼女は私たちが初めてトラントの渓谷に侵入したときすでに瘴気域の内部で生活していたのだ。つまり、狂暴な野生生物だけでなく、命を狙う魔物たちの跋扈する魔境で生き延びる術は元から持ち合わせていたということ。人の知恵と魔物の膂力は、彼女しか持ち得ない唯一無二の力なのだ。
「大丈夫?」
頭を振って思考を切り替える。今はまだ戦場だ。次も助かる確証はない。
「うん、ありがとう。そしてごめん、この戦いだけでも私たちに力を貸して」
助けに来たはずのユーシェから力を借りるのは忍びなかった。しかし、手段は選んでいられない。
そんな心中を見透かしたようにユーシェは笑って頷いてくれた。
「わたしも一緒に戦いたい。ノゾミとアキラと。今回だけじゃなくこれからも」
サーシャさんたちとはまた違う、対等な背中を預け合える関係がなによりも嬉しかった。だから、ユーシェに背中を向けて振り返らない。
「そっちは任せた!」
「うん!」
こうなったら大盤振る舞いだ。とっておきの詩片を使わせてもらおう。
「力を貸してください……!」
お守りとしてクレアさんが持たせてくれた詩片。【ブースト】の魔法すら凌駕するようなオーラを放つそれを天使に当てる。
【モンスター:ウンディーネ】
荒ぶる水の魔力が迸る。しかし、制御のしにくさのようなものは一切ない。まるで魔力自体が自分を使えと身をゆだねているかのような不思議な感覚がある。
制御が簡単なら、単純に出来る事が増える。例えば、水の刃を四方八方に飛ばしたりとか。
昔、工場見学で目にしたウォーターカッターをイメージする。たしか、小さな鉱石とかを混ぜ合わせた方が切れ味が良いんだっけ。
【コード:ランド】
高揚した気分のまま土の詩片を起動し、ウンディーネと融合させる。これで即席の工業用ウォーターカッターの完成だ。
「二人とも避けて!」
勢いよく噴出した水砲は水の刃となって、花怪人の頭部を黒ひげ危機一髪のごとく景気よく吹き飛ばしていく。
水を勢いよく放出しながら回転して全方向に水刃を飛ばす。ユーシェはしゃがんで、明は飛んでこれを回避した。
一回転。魔法を一度解除してあたりを見回すが、首の繋がった花怪人は一人としていなかった。
「明! 準備OK?」
「おう! おかげさまでな」
【ブースト:ファイア=エクシード】
地面に降りた明は、魔法を発動させその威力を束ねていく。
「次は種すら飛ばさせねえぞ」
【コード:ファイア】【コード:ファイア】【コード:ファイア】
魔法の制御すら投げ捨てて最大出力の特大火力をぶつけてやる。
「ちょっと明!?」
工程はさっき私がした時と同じ。しかし、魔法の見た目からその差異は見て取れる。
極小の太陽が天井のない洞窟の広場に生まれている。温度を高めて青く輝く炎球が、破裂寸前で明の命令を待っていた。
「これでも……食らえぇ!」
明が腕を振り下ろすと同時。炎球が極太の炎熱光線となって怪樹へと照射された。
その光量は昼を通り越して、真っ白な何もない世界を作り出す。
光が消える。熱線が通り過ぎた壁はあまりの熱でもうもうと陽炎を浮かべている。その先に怪樹の姿は一片たりとも存在していなかった。
「あっっぶないわね!? 周りのことをもう少し考えなさいよ!?」
望海は絶叫しながら水泡の中から這い出てきた。近くにいたユーシェもその中から這い出して来る。
明の意図が分かった瞬間、ウンディーネの魔法で自分たちの体を保護したのだ。
「というか! 私がいなかったらあんたどうするつもりだったの!?」
別の水泡から顔を出した明を望海は問いただす。言うまでもなく、この水泡も望海がウンディーネの詩片で生み出した熱から身を守るための防壁だ。
「何とかしてたって! ……多分。それとあのー、望海さん? ちょっと身動きが取れないんだけどどうすればいいのかなぁって」
明は水泡から顔を出しているが、首から下は微動だにしていない。水泡の制御はもちろん望海だ。その解除も彼女の手にゆだねられている。
「無茶した罰よ。ちょっとはそこで反省してなさい」
「いやー無茶したのは悪かったけどさ、望海のウォーターカッターを突然避けろだって、まあまあ無茶ぶりでは?」
「ユーシェ、やっておしまい」
「うん」
「あだだだだ!? あ痛!? マジで痛い!」
ユーシェは望海の指示のもと、動けない明の頭を拳骨でぐりぐりとしていた。しばらくそうしてから、ユーシェは明の頭を自身の胸に抱きよせた。
「心配した。わたしも望海も。だからあんな無茶しないで」
ようやく水の拘束の解けた明はされるがままになっている。
「それはごめん。俺が何とかしなきゃって必死になってた」
神妙な面持ちの明と泣きそうなユーシェを望海は両手で抱き寄せた。
「まあ、今回は許してあげる。なんだかんだで、みんな生きているもの。ハッピーエンドが一番なんでしょ?」
望海は笑う。それにつられて二人も笑う。何が面白いのか分からないけれど、三人でしばらく泣きながら笑った。
***
「ねえ、アレ」
魔物や敵が残っていないか探していたところ、望海は一枚の詩片を見つけた。その位置はちょうど、怪樹の立っていたところだった。
「瘴気域の主は強力な詩片を体内に取り込んでる……だったか。あの攻撃でよく無事だったな」
とりあえず、その詩片は明が懐に入れた。数枚の使用済みの詩片を抱えた望海は、新しい詩片を作っている最中だ。
「ワーちゃんってすごいね」
ヒールワーム改めワーちゃん。回復の糸を伸ばすイモムシはユーシェのことを気に入ったようで、撫でられながら嬉しそうにしている。
ワーちゃんは今回も大活躍で、花怪人に引っ掻かれたり殴打されたりしてできた傷や、自分たちの攻撃の余波で負った火傷もしっかりと治してくれた。
「お~い! お前ら、やったみたいだな!」
上から降ってきた声は、つい先ほど聞いたはずなのにずいぶんと懐かしく感じるものだった。
「フーラさ~ん! やりましたよ!」
まずフーラさんが下りてきて、遅れてサーシャさんがやってくる。
話を聞いてみると、教団員を倒した後で異変に気付き合流しようとしたらしい。しかし、崩落に巻き込まれて時間がかかってしまったそうだ。火柱が上がるのを見て、崖の上から俺たちを探してくれたらしい。
「これで、誰にも文句を言われない冒険者になったわけだ」
元から一人前だと思ってたがなと付け加えてくれたフーラさんの気遣いが嬉しい。
「瘴気域の開放、国民を代表して感謝します。よく頑張りましたね」
「ありがとうございます」
サーシャさんの言葉でようやく実感がわいてきた。
「やったんだよな。俺たちで」
「そうよ。私たち、三人でね」
「ユーシェ救出も無事終えたし、瘴気域の浄化のおまけつきだ。きっと帰ったらお祭り三昧だぜ? 覚悟しとけよ?」
そんな軽口を気持ちよく聞きながら、俺たちはクレアさんたちが待機している陣地へと帰還するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます