拾い者
洞窟の奥で見つけたのは、苦し気な呼吸を繰り返している子供だった。
駆け寄ってその子供を抱き上げる。呼吸は苦し気だが、外傷がある様子はない。
「あれ?」
思わず声が漏れた。外傷はなさそうに見えたが、触ってみると頭の上に出っ張りが二つある。しかし、触った感じたんこぶなどではないようなのですぐに気にしなくなった。
「とりあえず濡れてるっぽいしさっきの所に戻ろうぜ。ずぶ濡れでここにいたら凍死しちまう」
抱き上げたその子の体は驚くほどに冷たかった。ひびの入ったグラスから零れ落ちる水のように、この子の命は刻一刻と失われていくのが分かる。今は時間との勝負だ。
狭い通路を抜けて広間に出る。汗ばむほどの温風が詩片から絶えず生み出されているため、この子の体を温めることができるはずだ。
「ちょっとごめんね」
濡れた服を脱がして毛布でくるむ。脱がした服は服とも呼べないようなぼろ布同然のものだった。
(私も慣れてるわけじゃないけどこればっかりは明に任せなくて正解だったかも)
その子は十歳くらいの少女だったのだ。
毛布でくるまれた彼女の震えは未だに止まらない。こういう時はどうすれば……。
パニックが押し寄せてきて頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「回復の詩片だ! 望海、どこにある!?」
それだ! ローブの内側に仕舞ってあるとっておきの回復詩片を取り出して明に渡す。
市販されているものではある程度の外傷を治療することしかできない。けれど、明は違う。『超越』を介することでその効力を爆発的に高めることができる。
「お願い明! この子をここで死なせないで!」
「分かってる!」
明は受け取った詩片をブレスレットに擦りつけてその効果を発動させる。
【コード:ヒール=エクシード】
光の粒子が詩片からあふれ出てくる。
大怪我を負った時の私は気を失っていて、直接見てはいないが、それら一つ一つが相手の体を回復するのだという。
そんなものが詩片自体の寿命を完全に無視して湯水のようにあふれ出てくる。
それでも、遺構にあった【ブースト】の詩片ほどの威力はなく、一分ほどで光の奔流が詩片から出てこなくなってしまった。
未だに漂う光の粒子が、一つ、また一つと彼女の体に吸い込まれていく。私には彼女の命が助かることを祈ることしかできない。そもそも、内的な症状をこの魔法で治すことができるのかとかは、最初から考えすらしなかった。
全ての粒子が彼女の中に吸い込まれた。女の子が浮かべる汗を拭きとってやると、その表情は安らかなものへと変わっていた。呼吸も安定しており、わずかながら頬に赤みがさしている。
「……お疲れ、明」
詩片の扱いによほど神経を使ったのか、肩で息をしている明と拳を合わせて彼をねぎらう。彼も汗を浮かべていたので、そちらも布で拭う。
「何をしたいのかをイメージするのって、簡単じゃないな……俺、この子が元気に動き回ってる姿とかを全然知らないから、できるだけ安らかに眠ってる姿を思い浮かべるしかなかった」
この世界における魔法とはイメージの具現だ。そのイメージが明確であればあるほど魔法の効果も強力なものになる。
一言でヒールで治すといっても、どんな姿があるべき姿なのかということを常に考えなければ、求めるほどの効力は得られないのだろう。
「ダメだ……俺もう動けねえ。今どれくらい雨降ってるか確認してきてくれないか?」
毛布を自身の下に敷いて明はその場で横になる。大の字に身を投げ出す彼は、もう一歩も動きたくないと言外で示していた。まあ、それくらいの働きはしてくれた。
「いいわ。寝るならちゃんと体温めてからにしなよ?」
すでに返事はなく、振り返ると軽い寝息を立てていた。もう眠ってしまったらしい。
温風を背中に受けながら洞窟の入口へ向かう。肌を切り裂くような冷たい風が容赦なく吹き付けてくる。
「雨は……弱まってきてるかな?」
槍が降ってきているみたいだった勢いがわずかに弱まって、お風呂のシャワーくらいになっている。この調子なら明日には晴れそうだ。
雨は問題ないとしても暖房の詩片はいずれ効果が切れてしまう。かといって、火を起こすのはかなり注意しないと私たちの命に関わってくる。
「う~ん……いや、これならワンチャンあるか?」
思いついたのは突拍子もない考え。どう考えてもこれができるのなら私の能力はいくらでもズルできる。
「……試すだけならタダ!」
開き直った私が考えたのは……使用している魔法の再利用。
二人ともぐっすりと眠っている。気持ちよさそうな寝息を立てているから、いずれは目を覚ますだろう。
明の握りこんでいる使用済みの詩片を拝借する。くしゃくしゃになってはいるが、まだ使えそうだ。
魔力の流れを追ってみる。暖かな空気と共に暖房の詩片から流れ出た魔力も感知できる。これならまだ何とかできそうかな?
「なんとか頑張ってよ~?」
ほかでもない自分に向けて、ほとんど神頼みくらいの気持ちで願う。
詩片を作り出す能力を手に入れたが、その生成方法はほとんど感覚によるところが大きい。そのため、これができるかの確証が全くないのだ。
詩片を体の前に突き出して天使に合わせる。普通だったらこの使用済みの詩片ではなにも起きない。けれど、私の場合は違う。
魔力の流れがゆっくりと詩片の方に向いてくる。
「えっ行けちゃうのコレ……?」
私自身が引いちゃった。えっ……今使ってる最中の魔法をリサイクル出来ちゃうの? というか出来ちゃっていいの?
暖房の詩片からあふれた魔力が少しだけ他のものと混ざり合って新しい魔法が出来上がる。完全な暖房の詩片ではないが、これくらいなら全然問題ない。
今温風を生み出している詩片も二時間くらいは持つだろう。それを使い終わったらこれの出番だ。
(戦闘があったわけじゃないのに尋常じゃなく疲れた……)
ご飯もろくに食べておらず大雨に打たれた直後だ。思っている以上に体力を消耗しているのだろう。
荷物の中から干し肉をいくつか取り出して口に含む。強すぎるくらいの塩味が噛むたびにあふれてきて、奥歯のところからよだれが溢れてくる。
「硬い……」
いつもはスープでふやかして食べるものだから余計にそう感じる。無心に噛んでいたら二欠片くらいで満腹感がやってきた。
(あ~頭回んないや)
疲れと満腹感で眠気が一気にやってくる。せめて詩片を切り替えるまで起きていようと思っていたけれど、まぶたがどんどん重くなってきた。
気だるい体をなんとか動かして予備の毛布を頭からかぶる。
(メモくらい残さないと……)
『魔法が切れていたらこれを使う』
明の能力ではうかつに詩片を使えないということもすっかり忘れて、明が先に起きた時用のメモを走り書きする。しかし、そこまでが私の限界だった。
暖房の詩片を真ん中に置いて、三角形を作るような形で私たちは眠りに落ちていった。
***
最初に起き上がったのは、明たちに助けられた女の子だった。魔法の効果はすっかり切れており、あまりの寒さに自身に掛けられた毛布をぎゅっと握りこむ。
灯りもないため真っ暗な洞窟の中で、彼女は現状を把握できずにいた。
なんとなく分かるのは、最後に覚えてる環境と周りの環境がなんとなく違うということ。そのため、手探りで自身の周囲を探る。
「うにゅ……」
彼女の手が、なにか柔らかなものに触れた。それは、何度か手で押すたびに間の抜けた声を上げている。
「うぅん……いみゃなんじぃ……」
望海は頬に何かが触れているのを感じて目を覚ました。そのなにかは、こちらなどお構いなしに頬を触り続けている。
……ああもう起きるってば。
【コード:ルミナス】
真っ暗な中では何も分からないので、まず灯りを生み出した。寝ぼけた眼をこすりながら周りを確認する。
私の頬をもみ続けていたのは明ではなかった。
「良かった! 起きたのね!」
突然の光球に目を丸くして驚いているのは、先ほど助けた少女だ。驚きすぎて頭頂部にある二つの三角形がぴょこぴょこと可愛く動いている。
(……ん? あんなのあったっけ)
思い出すのは、彼女を抱えた時に見つけた二つの出っ張り。緊迫しすぎて今の今まで完全に意識の外だったそれは。
「oh……ケモミミ……?」
私たちが助けたのは、ケモミミの生えた女の子だったらしい。
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