ルダニアという国
「おお! 『炎華姫』サーシャ様が戻ったぞ!」
「炎華の獅子のご帰還だ! 今日はどんな武勇伝を聞かせてくれるんだ!」
「……後ろにいる妙な恰好の奴はなんだ?」
炎華の獅子のメンバーはルダニアというこの国では、どうやら有名人らしい。
彼らの帰還を喜ぶ声と、連れられてきたよそ者へ向けられるささやき声が入り混じった出迎えから、それがよく分かった。
「まずは教会に行こう。冒険者組合も併設されているから、そこの鑑定士に君たちの天使がなにか鑑定してもらえるはずだ。私たちも不足した
サーシャさんは次々と集まってくる群衆を程よくあしらって俺たちに声をかけてくれた。
「天使!」
それなりに歩いて疲弊していた
「それって私たちも魔法が使えるってことよね!」
「ああ、そうだろうな。さっきの説明だったら天使と詩片さえあれば使えるらしいし」
なんて冷静そうに返してはみたが、内心は彼女と同じくらい心躍っていた。自分の手や武器からさっきみたいに火や風を起こせるなんて、考えるだけでワクワクする。
「いまいちノリ悪いわね……まあ、昔のあんたもそんな感じだったけど」
「……! シーッ!」
昔という言葉に思わずサーシャさんたちの方を見る。一応、記憶喪失という設定でいるわけだから過去を類推されるのはまずい。
幸いにも、先行していた彼女らには聞こえていなかったようだ。望海もそれに気づいたようで、小さくごめんとつぶやいている。
「二人とも! 早くしないと置いていくぞ!」
「はい! 今行きます!」
歩きながら見回すとお店の類が思っていたよりも少ない。町の入り口のすぐ近くだしもっとにぎわっているものと思っていたが、どこか別の所に市場があるのだろうか。
建物は防壁と同じく石造りの建築が多く見られる。それに合わせて通りの地面も石畳で整備されており、森の中とは歩きやすさが段違いだった。
(思ったより静かだな……?)
最初に出迎えてくれた人たちは炎華の獅子を歓迎してくれたが、入り口から少し進んだ通りは人がまばらだ。そのせいか閑散とした印象を受ける。
きょろきょろとあたりを見ながらサーシャさんたちについていくと、ひと際立派な白塗りの建物が見えてきた。
これは多分、町に着く前にジョルジュさんが教会だと教えてくれた建物だ。そろそろ目的地目前ということなのだろう。
最後尾で隣に並んだフーラさんはその建物を指さして軽い説明をしてくれる。
出会ってから一日の印象でしかないが、いわゆるメカクレで暗い雰囲気の見た目からは想像できないくらい気さくな人だ。
「この世界では女神アクゥイル様を神とする『アクゥイル教』が広く信仰されてんだ。この神はすべての始まりで、天使と詩片……つまり魔法を俺たち人間に与えたのもこの神様って言われててな。詩片の作成から売買まで、教会でしか出来ないことになってる」
天使と詩片は魔法を使うための便利なツールであると同時に、教会の象徴ということだろう。その権威が失われないよう、詩片は専売状態のようだ。
「……数年前から台頭してきた怪しい宗教の連中以外はな」
「怪しい宗教?」
「あ~……まあ今のお前らなら伝えても大丈夫そうか」
望海の顔に思いっきり『?』が浮かんでいる。もちろん俺も同様だ。
口の端を歪めた心底嫌そうな顔でフーラさんは言葉を続ける。
「瘴気域が広がったと同時に信者を増やしたそいつらは、『黒陽の理想郷』っていう連中でな。俺たちには分からねえが、魔物を信仰の対象にしているらしいんだわ」
魔物を信仰? 悪魔信仰みたいなものだろうか。
「そんで、魔物との融合とか魔物への捧げものとかのいかれた儀式のためにさらってきた人間だの、信者の血縁者だのが瘴気域に連れていかれるんだ」
「もしかして……私たちも?」
恐る恐る聞く望海に、フーラさんが軽くうなずく。
「お前らと出会った近くにそいつらの死体があったからな。お前たちはその儀式のために連れてこられた生け贄だろうってのが俺たちの考えだ。捧げるはずの生け贄が生き残って自分たちが死んでるんだから世話ねえや」
すんなりと俺たちを受け入れたのはそんな事情があったのか。
それにしても、あの近くに死体があったとはこれっぽっちも気づかなかった。恐らく炎華の獅子の人たちが俺たちの目につかないようにしてくれていたのだろう。
「……とまあ、自分たちは元々生け贄だったなんて言われても混乱するだけだろ? だから、それを聞いても受け止められるかが分かるまで話すのを保留してたんだ」
真相は異世界から迷い込んだというより突飛なものだが、こんな話を出会ったころにされていたら身がすくんでいたに違いない。
元の世界に比べてこっちの世界は命の危機が身近だ。
もしも、彼らの言う教団の人間が生きていたら俺たちは多分ここにはいない。
言うまでもなく、俺たちが最初に出会った魔物も容易に俺の命を持っていくことができた。今生きているのは運よくサーシャさんたちが近くにいたおかげだ。
「たしかにゾッとしない話ですね……」
「だろ? しかも奴らは教会に出入りできないから、生け贄だけじゃなく詩片を生み出すことのできる人間なんかも誘拐していく生粋のクソ野郎どもだ」
アクゥイル教と黒陽の理想郷。付き合い方という意味でも両者の名前は特に覚えておかねばならないらしい。
「という訳でアクゥイル教会だ。サーシャ、俺はこいつらをじいさんのところに連れていくから組合への報告は頼んだ。あと、俺の分も適当に詩片を買い足しておいてくれ」
「良いでしょう。特に欲しい詩片はある?」
「【ウインド】と……【スパークス】がいくらかあれば足りると思うぜ」
「あなたに限って迷うなんてことはないでしょうけど、変なところには連れていかないでね?」
軽く手を振って了承を示したフーラさんと共に、炎華の獅子のパーティーから離れる。
教会というからには静かな雰囲気を想像していたが、教会前広場にはずらりと色々な露店が並んでいて盛況だ。この町に来てから一番の賑わいと言っていい。そして、そのどれからもあの詩片というものの音声が聞こえていた。
食料品や消耗品などの日用品だけでなく、異世界特有なのかなんだかよく分からない怪しい品物に至るまで、あらゆるものが売られている市場が形成されている。
比喩ではなく本当に町中の人がここにいるのではないかと思うほどの活気がここにはあった。
「……結構にぎわっているんですね」
活気ある人混みからは奇異の視線が向けられている。人間の生活圏に来たというのに森の中よりも居心地が悪い。
「文字通り、詩片は生活の中心だからな。それを扱える教会に人が集まるのも当然っちゃあ当然だろ? あと、周りの目は気にすんな。みんなよそ者が珍しいんだ」
「な、なるほど」
「よしここだ。お前らの持ち物は今身に着けている珍妙な衣服以外にはなかったよな?」
言われてみれば二人とも制服のままだ。先ほどから無遠慮な視線が刺さるような気がしたのはこの服装のせいもあったかもしれない。
土がついて汚れていたのもあって、より目立っていたはずだ。
「あんた、荷物は?」
「多分持ってない」
俺も望海も、あの穴に落ちる前に荷物を手放してしまっていた。あるものといえば、直接身に着けていたお守りやアクセサリ類、ポケットの中のハンカチくらいか。
「天使ってのは持ち主によってさまざまだ。とある条件でそいつの持ち物が天使に変わるからだ。俺はこの耳飾り、サーシャはあの剣とかってな」
フーラは自身のイヤリングを指ではじいて見せてくれる。緑色の宝石をあしらったそれは、陽光を受けてキラリと輝いた。
「で、持ち物が天使になる条件ってのが持ち主の愛着ってやつでな。そいつが最も大切にしてるもんをアクゥイル様が祝福してくれるって言われてる。そんで、今から会うのは、お前たちの天使がどれかを判定してくれる人だ」
フーラさんが手をかけた扉には、恐らくこの世界の文字であろう文字で鑑定士マルコと書かれている。
言葉と同じように見たことのない文字列も問題なく読めるらしい。
「マルコ爺さん、ちょっと見てもらいたい用件があるんだがいるかい?」
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