異世界は元幼馴染と二人で
泳ぐ人
モノローグ
『――これが、貴方の救った世界ですよ』
聖女は遠くを見つめて独り呟く。そこにはいない勇者を見上げるスチルと共に、爽やかながら寂しげなエンドロールが流れ始める。この作品を作った人たちの名前が画面の中をゆっくりと昇っていく。
往年の名作ゲームをプレイし終えた
「なんだよ……この終わり方は」
ゲーム機からソフトを取り上げ、ケースに仕舞う。外出用のカバンにそれを詰めて上着を羽織って部屋を出る。
「行ってきます」
もうすっかり日は落ちて真っ暗だ。寒さが明の露出した肌を刺した。
***
「はよーっす。
翌朝、最初に声をかけてきたのはこの高校では数少ない友人の中島だった。ゲームをクリアしたことをオススメしてくれた彼に報告していたのもあり、真っ先に感想を聞きに来たらしい。
「う~~~ん……面白かった、かな?」
「なんだよ煮え切らねえな」
確かにゲームは文句なく面白かった。しかしエンディングが好きじゃない。そんな考えを見透かすように中島は得意げな表情を作る。
「まあ、エンディング見てゲーム屋に売り払ってきたってとこか? どうだ、ドンピシャだろ?」
「お前エスパーか?」
ちなみに名作ゲームだけあって売値もまあまあだったので、今日の昼食代が浮いた。
「勧めたときからそうなるだろうな~くらいの気持ちで名前上げたし。てか、いい加減どうにかならねえの、その極端なハピエン至上主義ってやつ」
「よく言うだろ? 一流の悲劇より三流の喜劇って。多少シナリオに無理があってもみんな頑張って大団円! って感じのお話が俺は好きなの」
「あのゲームはわりとハッピー寄りのような気がするけどな」
「俺は主人公に残されたパーティーメンバーのその後とか気にしちゃうタイプなの。聖女ちゃんなんか、最後の最後まで未練たらたらだったし」
「ほんっと筋金入りというかなんというか……お前いつからそんな感じなんだ? ……と、チャイムか。また後でな」
盛り上がってきたところだったが、ちょうど始業のチャイムが鳴ってしまった。中島は名残惜しそうに自分の席に戻っていく。
「
「はぁい」
朝の点呼に生返事しながらさっきの話を
――いい加減どうにかならねえの、その極端なハピエン至上主義ってやつ。
(……物語の中だけでも完全無欠の大団円を望んでもいいじゃんか。現実はうまくいかないことばかりなんだから)
***
早朝の窓を開けると鼻の奥にツンと突き刺さるような冷たい秋の空気が部屋の中に流れ込んでくる。
年頃の女の子の部屋とは思えないほどにシンプルで、必要最低限の物しか置いていない部屋。
「今日のバイトは五時からか……時間、どうやって潰そうかしら」
数少ない私物であるメイク道具を取り出して、
「行ってきます」
返事はない。そんな状態にも数年たてば嫌でも慣れる。
義務感のようなもので通っている学校生活。友達はいない。
必要であれば会話をするし、避けられたりもしないが、余暇を一緒に過ごせるような相手を一年半ほどの高校生活では作れていなかった。
放課後までの授業を将来のためと割り切って何とか乗り切る。小さいころから勉強はあまり得意ではなかったからついていくだけで精一杯だったけれど。
今日のバイトは学校から少し離れた飲食店だ。といっても八時には帰らせられる。まだ高校生ということもあって深夜まで入れないのがもどかしい。
「けど、あとちょっと」
私は高校卒業と共に家を出る。あんな居心地の悪い家は一秒でも早く出ていきたいくらいだったが、最初の一歩を踏み出せない私の臆病さとずるい打算が今の家に私をとどめていた。
バイト先への道中、大きな広告が自然と目に入った。たしか、来週発売になるゲームの新作だ。
昔はよく遊んでいたシリーズだったけれど、今はもうゲーム自体遊んでいない。ゲームどころか本だって最後に読んだのはいつだったか思い出せない。
――いつからだっけ。物語が苦手になったのは。
いつからかなんて、自問しなくても分かっている。
中学二年の夏休み。あの日に起こった事件以来、物語の幸せが一気に嘘くさく感じてしまうようになった。
(だってそうでしょう? 現実はこんなにもままならないのに、全てがうまくいく物語なんて嘘でしかないのだから)
誰に聞かせるでもなく内心を吐き捨てる。聞いてくれる人なんて、私の周りにはいなかった。
細い路地に入ると、一気に人通りが減る。だからこそ、反対から歩いてくる学ランの男子に目がいった。
かなりの高身長なのに、ひどい猫背のせいで一見ではそう見えない。鳥の巣のようになったもじゃもじゃの髪の毛は、光を受けて少しだけ茶髪っぽく見える。
心臓がはねた。ずいぶん会っていなかったのに一瞬で彼だと分かった。
人違いかどうかなんて考えすら浮かばなかった。目の前の彼は、別れも告げずに離れてしまった幼馴染だという確信があった。
だから、顔を逸らす彼に呼びかける。
「明?」
***
狭い路地だからこそ明も反対から歩いてくる女子高生には気づいていた。しかし、その相手から声をかけられるなど思ってもいなかった。
(……口から心臓が飛び出るかと思った)
緩いウェーブがかかった明るめの茶髪。くっきりとした目鼻立ちは美人と言って差し支えない。
見知らぬ女子に自分の名前を不意打ち気味に呼ばれて、明は思わず立ち止まってしまう。しかし、困ったことにこんな美人の知り合いは記憶にない。
昔の同級生だとしても、俺のことを下の名前で呼ぶ相手なんて男子でも数えるほどしかいないはずだった。
「ねえ、明だよね? ……私のこと分かる?」
不安げな表情の美少女。既視感ならぬ既聴感のようなものをその声からは感じたのだが、どうしても記憶の中の人物と結びつかない。
(というか美少女の上目遣いの破壊力が高すぎる! どこに視線を向けていいかもわからないからめちゃくちゃ目が泳ぐ!)
「あー私、結構見た目変っちゃってるもんね」
こちらの態度を見かねたのか、目の前の彼女は緩いウェーブの髪を持ち上げてポニーテールを作る。
「これでどう?」
いたずらっぽく笑うその表情が、数年前の夏の日を思い出させた。
「もしかして……
それ以来、今の今まで連絡も取れていなかった中学までの付き合いだった元幼馴染だ。
「気づくの遅すぎ。あん時から五年も経ってないのに」
「いや……見た目というか、雰囲気が別人みたいだったから……」
俺の知っている彼女は、もっと容姿に無頓着で……簡単に言えば男っぽかった。しかしよく見ればアクセサリーやキーホルダーの小物類に見覚えがあるものがある。
「まあ、高校デビューってやつ? あんたは相変わらずぼさぼさ髪の猫背ね~。身長はちょっと伸びた?」
「い、いいだろ別に……」
不意に伸びてきた腕が、俺の髪の毛をくしゃくしゃにかき混ぜてきた。払いのけようとする前に彼女の腕は引っ込んで、俺の腕は空を切る。
「その制服って西高だよね? あんた学校近かったんだ」
「それはこっちの台詞だよ。引っ越す時もどこに行くのかも言ってくれてなかったし」
「……県内だったからね。いつでも会えるだろうって思ってたから」
何から話したらいいのか。そんな考えはどちらも同じだったようで、お互いに言葉を探し始める。そこでふと、彼女の仕草が目についた。
「……いつでも会えると思ってたっての、嘘だろそれ。望海が嘘をつくときは左の手首をこう……右手で握りこむ癖あったし」
「……マジ?」
望海ははっとした表情で腕を外して髪をくるくるといじり始めた。
ばつが悪そうな表情には、今言った仕草以上に彼女の内心が透けていた。
「どうだろうね」
「からかってる?」
望海はさらに不安そうな表情を作る。元々突然すぎる再会だ。あんまり暗い雰囲気にし過ぎるのもよくないと思い、話題を変えることにした。
「というか今でもあのゲームやってんの? 『戦乙女』シリーズ。そのシュシュってお前の好きな恭一郎さまモチーフのやつじゃなかったか?」
グレーのギンガムチェックのシュシュは中学の時も持っていたものだ。
「うっそ! まだ覚えてたんだ!?」
「休みに突然三日でクリアしてこいってソフト渡してきたのはそっちだろうが! そのおかげでこっちは徹夜したんだぞ?」
望海はようやく笑みを浮かべてくれた。うん。化粧もしてるっぽいし、曇った表情より笑ってる方がもっと美人だ。
「でもまあ、最近は追ってないかなぁ。色々あって冷めちゃって。うちの高校バイト大丈夫だから、そっちばっかり頑張ってるんだよね」
彼女の表情に現れたわずかな晴れ間は、話すうちにまた曇っていく。なんでバイトを頑張ってるんだ? なんて聞けなかった。その理由には心当たりがあったからだ。
二人とも、話題に出さなかったが考えていることは同じことだったと思う。しかし、黙っていても始まらない。意を決して疑問を投げかける。
「もしかして……おばさんたちとまだうまくいってない?」
「えっ!? あはは……」
中学の時、彼女の母親は再婚した。
思春期真っ只中だった彼女はそれに反発して家出をした。そして、色々あって家に帰った後に、なぜか何も告げずに引っ越ししてしまったのだ。
気まずい沈黙。あの頃だったら俺たちの間に横たわることはなかったものだ。望海は、何度も何度も口を開こうとしてその度に空気だけが細く吐き出される。
「わ、私は……」
――ブゥン
ようやく意を決した彼女の言葉に被さるように、異音が俺たちの真横から聞こえた。
二人で同時に振り返る。そこにあったのは――真っ黒な、穴。
底なしのような黒は、謎の引力を持って俺たちを引っ張り始めた。
「は?」
「え?」
それが何なのか、なぜそこにあるのかも理解できないまま、二人ともその穴に吸い上げられる。
仲良くバランスを崩した明と望海は真っ暗な穴の中に落ちていく。
前後不覚の状態で見上げた穴の入り口は少しずつ小さくなっていき、完全に閉じてしまった。
目の前すら見えない状態では、互いにつかんだ腕から伝わるわずかな熱でしか自分以外の存在を感じられない。
いつまで落ちるのだろう。まだ数分しか経っていないかもしれないし、数時間落ち続けているのかもしれない。
望海の腕を軽く握ってみたりしているが反応が返ってこない。もしかしたら気絶してしまったのかもしれない。
「……ぁ?」
強烈な眠気が意識にふたをするように襲ってくる。麻酔を打たれたかのような唐突なそれに何とか抗ってみたものの、記憶はそこで途切れてしまった。
意識のない俺たちは暗く深い穴の中に際限なく落ちていく――。
***
目が覚めるとどこか不気味な森の中だった。俺は全身に土をつけて地面に転がっている。
太陽がまぶしい。ちょうど頭上の木々の枝がいくらか折れていて、その上から光が注がれていた。
どうやら俺は木の上から落ちてきたらしい。全身が痛みでだるいのもそのせいかと一人で納得して、仰向けのままあたりを見回す。
「……そうだ望海! おーい! いたら返事してくれ!」
直前まで彼女の手を握っていたから、落ちた場所もそう遠くないはず。そんな考えから何も考えずに声を出したのがまずかった。
「Grrrrr……」
草木をかき分けてやってきた一目で友好的ではないと分かる獣。そいつがきょろきょろと周囲を見回し始めたのだ。
強いて言うならライオンがその見た目には近い。しかし、うねるような角を二本も携えたライオンなんて俺は見たことがない。
異世界転生。そんな単語が頭に浮かぶ。信じたくはないが、近くで俺を探す獣の姿と血なまぐさい臭いが、ここは夢じゃないとうるさいくらい五感に訴えかけてくる。
頭に浮かぶバッドエンドの文字列。血まみれでまるかじりにされる俺の姿が脳裏をよぎる。
これは俺の冒険の始まり。転移させた神様にも会えず、いきなり狂暴そうな獣と出会うという最低最悪の始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます