再創造

紗梨奈

1

 親友が死んだ。まだ23歳で若い、病気だった。名前はレナと言った。私の隣ではもう一人の親友ミズキが泣いている。私は連絡を受けたその日に泣きすぎて葬式当日である今日は涙が流れなかった。

「ミズキ......」

 私はミズキの肩を叩き、ハンカチを差し出す。「ありがとう」とハンカチを受け取り、ミズキは涙を拭いた。彼女とレナは恋人同士でもあった。死んだレナがミズキをどれだけ愛していたか、そして残されたミズキがどれだけレナのことを愛していたか私は知っている。

「ハルミ......」

「ん?」

「私......レナのこと本当に愛してた」

「うん」

 知ってるよという言葉を私は飲み込む。ミズキはそのまま続けた。

「......会いたいんだ。言葉を交わしたい。抱きしめたい。そのためになんだってしたい......」ミズキは「だから......」と続ける。

「私、脳機械化技術の研究をしようと思う」

 ミズキから告げられた言葉に、私は言葉を失う。脳機械化技術の研究、ミズキがどれだけ優秀な研究員であったとしても、それだけは無謀過ぎると私は思う。

 でもそんなミズキを私は止めることはできない。

「......そっか、決めたんだね」

「うん......それで、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「そう」と真剣な面持ちでミズキは私を見る。一見虚ろ気味に見えるミズキだが、その瞳には確固たる意思が宿っているのがわかった。私が渡したハンカチをミズキはギュッと握る。

「......ハルミにしか頼めないんだ。私、研究に入ったら周りが見えなくなると思う。レナのことが絡むとなると特にね。自分でもわかる」

 ミズキは一度黙り込んだ。その喉がゆっくりと上下に動く。

「あのね、私とずっと友達でいてくれる?」

「っ......」

「たまにでいい、連絡を取ってほしい。会って他愛のない話をして、私の人間的な部分を繋ぎとめてほしい。それがいつまで続くかわからないけれど......」

 震えた声でミズキは私に告げた。とても必死に、縋るように。私は息をのんだ。

「......うん、いいよ。そんなこと言われなくてもずっと友達じゃない。レナとだって......そうでしょ?」

 私がそう言うとミズキはホッとしたように微笑む。

「ありがとう、ハルミ」

 ハルミは私に抱きつく。その背中に私は手を回した。


***


 今のこの時代、身体を機械化することに抵抗のある人類は、自然主義者を除けばほとんどいない。胴も腕も足も内臓も身体のほとんどは機械で賄えるようになっていた。今では多くの者が身体を機械化させている。

 身体の機械化には成人年齢に達していなければ受けることはできないという制限がある。成長途中の子供の段階で、過度な身体の機械化は機能不全に陥る可能性が高いからだ。ただし、不慮の事故による身体の破損、病気、生まれつき身体的疾患をもった非健常者は延命措置の為、子供の段階でも身体の機械化は受けられた。

 どの程度身体を機械化するかは人によって違い、大抵は老化や病気の発見をきっかけに部分部分を機械化していく。最終的には平均60%を機械化しているという。もちろん身体のほとんどを機械化している者もおり、特に富裕層はその傾向だった。

 しかし脳だけは完全な機械化とはならなかった。

 脳の一部を機械によって補助することはできるもののそれ以上の技術は発展していない。

 脳は人類に唯一残された非機械化器官、不可侵領域、唯一人間を人間たらしめる器官であり、最大の弱点であった。

 機械化によって老化のスピードは格段に遅くなった。身体も丈夫であるし、病気も大抵は機械化によって解決する。当初の想定では、脳を除く多くの身体を機械化した人類は平均寿命が500年ほどになるのではないかといわれていた。

 しかし実際のところ、平均寿命は150年、最高年齢も200歳を超えた人間はいなかった。人間の脳は長寿命に耐えられるようにはできていないらしい。臓器が機械で賄える状態が今は当たり前なので、心臓が動いていることに価値を置いていた旧世代の価値観はいまいち私にはわからないが、今の人類にとって死亡判定は脳の機能が完全に停止しているかどうかが基準となっている。脳死状態に陥る事が人間の死を意味するのだった。

 大抵は寿命によって死を迎える。認知機能の低下が顕著に現れると死の合図だという。事実、私の祖母は著しい認知機能の低下が見られた数日後、脳の機能が完全に停止した。

 その他、自死、事故、殺人犯罪による脳の機能停止が死亡事例としてあげられるが、最大の脅威となったのは脳病であった。人類は身体の機械化、医療技術の発展により、多くの病気を克服したが脳病だけは完全に克服することができなかった。

 身体の機械化率平均が40%を超え始めた頃、未知の脳感染病が世界で相次いで報告され、多くの人類が脳病の餌食となった。ある国の細菌研究所から漏れた細菌が原因だの、宇宙人がバラまいたなど様々な陰謀論や機械技術発展によって漏れ出た化合物が原因であると唱えられたが、未だにはっきりとした原因はわかっていない。ピーク時と比べると随分と感染者数は減っているが、今でもこの感染病は確認されており、病気による死がほとんどないこの世の中で克服できぬ病気として脅威であり続けている。

 レナはこの感染病にかかった。死ぬまで本当にあっという間だった。

 そしてミズキは脳研究に没頭していった。レナを蘇らせる為に……。

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