16.狙われた親子
間も無く女の子が俺の腕の中で目を覚ました。
「お兄ちゃん。いっぱい人が叩かれて倒れて怖かった。また助けてくれたの?」
「あぁ。もう大丈夫だ。」
しがみついてくる女の子を抱きしめて安心させてやりたい気持ちはあったが、それは俺の役目ではないし、俺はそんなことができる人間じゃない。
本来なら無垢な子供に近寄ることすら憚られるのに、今は守るという義務があるから何とか触れていられる。
「お家は分かる?」
「うん。」
「お家にお母さんとお父さんはいるかな?」
「たぶんいない。お仕事してるから。」
「お母さんとお父さんがお仕事してるところは分かる?」
「うん。」
「じゃあ、そこまで一緒に行こうか。」
「うん。あっち。」
俺は女の子が指差す方向に、衛兵1人と一緒に向かった。
まぁそうだよな。俺のような人間が女の子を抱えていたら、俺が人攫いだと思われるだろう。
それなのにこの子は俺の腕の中で俺の服を掴んで離さない。
きっと怖い目に遭ったから目の前にいた俺に縋りつきたくなったのだろう。仕方ないことか。
俺はただ目の前にいただけだ。
この服、汚くないだろうか?
街に入る前には川で身体も服も洗うが、雑に洗っているからしっかり綺麗になっているかは分からない。
すまない。
俺が抱えているから大丈夫だと思うが、また襲撃があるだろうか?
そう思っていたら、矢が飛んできた。
俺は腕で払い落としたが、完全に俺を狙っていた。
「襲撃が来るかもしれん。気をつけろ。」
俺は隣にいる衛兵に注意を促した。
衛兵は剣に手を掛け、周りを注意深く見渡しながら歩き出した。
それほど気を張り詰めていたらキツそうだな。
危険があれば、この子に当たらないように俺が盾になればいいか。
そう思いながら、飛んできた2本目の矢も腕で払い落とした。
もし毒が塗ってあるとしても、塗ってあるのは先端か、先から10センチ程度だろう。それより後ろを払い落とせば問題ない。
「あっち。」
女の子が指差す先に向かって歩みを進める。
「あれ。」
最後に女の子が指さした建物は、半壊していた。襲撃があった後か?
「遅かったかもしれん。」
「そうですね。手がかりがないか、中に何か事情を知る者がいないか確認しましょう。」
「そうだな。」
索敵を広げると、建物の中には人が4人ほどいた。
それが職員なのか、この子の親なのか、それとも襲撃班なのかは分からない。
「中に4人いる。」
「え?もしかして索敵ですか?」
「あぁ、そうだ。」
「急ぎましょう。」
ドアを開けて中に入ると、倒れた人が2人いた。死んではいないようだ。
「この2人のどちらかはお父さんか?」
「違う。」
「そうか。」
続いて奥の部屋に向かうと、そこにいたのは敵だった。
「あれらもお父さんじゃないよな?」
「違う。」
「目を閉じていてくれるか?」
「うん。」
目を閉じたのを確認すると、一瞬にして距離を詰めて気絶させた。
「やっぱりデリオーあんた強いな。」
「俺は尋問や拷問はやったことがないんだ。頼めるか?この子の両親が拐われたかもしれん。」
すると衛兵の彼は笛を鳴らした。
すぐに足音が聞こえ、衛兵が集まってくると、最初の部屋に倒れていた2人を運び出し、敵に縄をかけて連れて行った。
この子を色々と連れ回すのもよくないと、俺たちも先ほど襲撃を受けた詰所に一緒に戻った。
どうしたものか。
「俺がこの子をずっと預かり続けるわけにはいかない。例えば警備がしっかりした街長宅などで預かってもらうことはできないか?」
「そうですよね。デリオーさんは街に来たばかりと言っていましたし、宿に泊まるんですよね?」
「いや、俺は夕方には街を出て夜は森で野営をするつもりだった。」
「そうなんですか。それはますます、この子を預かることは難しいですね。」
「あれー?あんたどうした?地図は見れたのか?」
「いや、まだだ。」
「ん?フィーコ何だ知り合いか?」
「いや、門を入ったところで地図が見れる場所が無いか聞かれたんだ。旅をしていてこの辺りがどこなのか地図で確認したいと言っていてな。」
「ギルドは登録しないと情報が得られないから、図書館に行こうと思ったんだが、子供を保護して、今待機している。」
「そうなのか。もしかしてその子は襲撃があった時に連れ去られた子か?」
「そうだ。この子は無事だが、親が拐われたかもしれん。」
俺と話をしていた男が、今詰所に入ってきたフィーコと呼ばれた男に今日の出来事を説明した。
「それでこの子は助けてくれたあんたから離れないんだな。
そうか。ちょっと牢の様子を見てきてやる。」
そう言うとフィーコは部屋を出て行った。
しばらくして戻ってくると、空いた椅子に座り、首を振った。
「ありゃダメだ。かなりキツイ拷問でも耐えられるよう訓練された人間だ。」
「そうか。」
そうなると、先ほど俺に矢を放った者を見つけて泳がせて、アジトを突き止めるか。
この子がこのまま俺の服を離してくれないのは非常に困る。
「少し外に出ていいか?」
「構わないが、俺も付き添おう。」
「分かった。」
俺は子供を抱えたまま外を適当に歩いた。
矢で狙えそうな建物を探しては、その辺りを往復したりして誘い込んでみたが、なかなか現れない。
「デリオー、散歩か?」
「そう見えるか?」
「あぁ。」
「それならいい。」
来たな。先ほどから幾つか目星を付けていた建物のうちの一つに人影が見えた。
子供をあやすように、全方位を確認しながら進む。
すると矢が放たれた。
すぐに腕で叩き落として、矢を拾った。
あいつに間違いないな。
索敵上で相手をマークし、敵が移動するのを確認しながら詰所に戻った。
「もういいのか?」
「あぁ。俺を狙った矢も回収できたしな。」
「あぁ、なるほど。さっき矢を腕で叩き落としていたが、デリオーあんたやっぱり凄いな。」
索敵を見ているが、なかなか動く気配がない。しばらく待たないとダメか。
そして詰所で1時間ほど待つと、奴に動きがあった。
何者かと接触している。その相手にもマークをつけ、動きを待った。
矢の奴はずっとそこにいるんだろう。その場を離れず待機している。
接触した人物は、街の中心から少し外れた場所にある建物に入った。
そしてそこには複数人がいることが確認できた。
「この街の地図はあるか?」
「あぁ。ちょっと待て。」
地図を机に広げると、接触した人物が入った建物を探す。
「この建物は何か分かるか?」
「何だっかな~?店が閉店してしばらく何もないんじゃないか?たぶん空き家だ。」
「さっき矢を放った奴と接触した人物が、この建物に入って行った。」
「は?なぜ分かる?」
「矢はこの建物から放たれたことを確認した。そしてその人物を索敵上でマークしていたら、接触した人物がいた。その建物には複数人がいる。」
「なるほど。確かに空き家ならアジトにできるか。とにかく急いで制圧に動こう。」
「俺もこの子を連れて行こう。両親がいるかもしれん。」
「分かった。」
「大勢で行くと敵に勘付かれる可能性がある。少数でバラバラに向かおう。」
「そうだな。」
俺たちの他に5名がバラバラに出動して行った。
そして俺たちも外に出る。
店を見たりしながら、怪しまれないように建物に近づく。
「中の人数は7人だ。行こう。」
俺はまた子供に目を閉じるよう言い、こちらに抵抗しようとする者を無力化していった。
「目を開けてもいいぞ。お母さんとお父さんはいるか?」
「うん。あれがママ。」
そうか。よかった。
その人の元まで行くと、俺は女の子を渡した。
「ママー」
「フーちゃん無事だったのね。人質になったと聞いて、どうなることかと思ったわ。」
「あのお兄ちゃんが怖い人から助けてくれた。」
「そう。ありがとうございました。」
「いや。」
「あなた様のお名前は?」
「デリオーだ。」
「デリオーさん、本当にありがとうございました。」
俺は・・・
贖罪のつもりか?子供も親も無事で良かったが、俺は人に感謝されるような人間ではない。
この子は救えても、彼女のことは救えなかった。
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