第3話 我儘姫の我儘
(ディルスが望むならば叶えてあげたい)
初めは政略結婚なんて嫌だと思ったが、でもこれも国のためだと我慢すると決める。
姿絵を見てまぁまぁ好みだったからと、軽い気持ちでディルスを指名したのだが、まさか我儘が通ってしまうなんてと狼狽えてしまった。
彼の未来を奪った事に対して申し訳無さを感じ、ならば精一杯もてなそうと家具なども自ら選んで、ディルスが使う部屋の内装を準備させた。
申し訳なさと、そして変なプライドで裏でこっそりひっそりと行なう。
(政略結婚なのに私が本当に望んだ、となったら何となく恥ずかしいわ)
私はディルスよりも五歳も下。こんな子どもが好き、なんて言ってませてると思われたくない。
「私より年上の男性なのに、随分頼りにならない方が来るそうね」
などと、ディルスに対して虚勢を張る姿勢を取り続けてしまう。
照れ隠しで興味ないふりをしてしまったのは、今思い出しても良くない事だったと反省している。
侍女達が私の様子を見て、ディルスには意地悪をしていいものだと勘違いしてしまい、そして使われていない離宮を彼の居住先として案内してしまった。
料理も、王宮の賄いにもないような粗末な食事をわざわざ用意したりと、悪質であった。
いくらカミディオン国を見下しているからといって、王族相手に許されない所業だ。
おかしいと思ったのは、ディルスが来てから数日後のことだ。
偶然を装って彼の部屋の前を数度通るも全く会えず、食事に誘っても断られるばかり。嫌われているのかと落ち込んでいたのだが、事実を知って更に泣きそうになった。
知らずとは言えかなり酷い扱いをディルスに与えていたのだ。これは絶対に嫌われるものだと思った。
私が命じたわけではないけれど、結果として彼はぞんざいな扱いを受けたのだ。もうレグリスも私も彼から好かれることはないだろう。
淡い恋心が散ることに心は辛く、そして重たい。
でもディルスは、そんな私達の過ちを許してくれた。
「それよりも、これからもっと親交を深められると嬉しいな」
そうして色々な事を水に流してくれたのだ、なんて優しい人だろう。
そんな彼をもう離したくないのと、望まぬ生活を強いてしまった負い目で、私はディルスの望むことをしてあげようと思っていた。
何より彼の笑顔を見るのは嬉しい。心が温かくなる。
皆が離縁するのでは? と話していたり、噂が流れていたのは知っている。
でも自分だけを見て、甘やかして、味方をしてくれる男性を手放したいなんて思うかしら?
私の偏食を見て、「一口でもいいから食べて見よ、これはビタミンが豊富でお肌にいいんだ。今も可愛いけれど、もっと可愛くなるよ」とか。
勉強を嫌がる素振りに、「僕も一緒に習っていいかな、この国についてまだわからない事ばかりだし」と、お互いにわからない所を聞き合ったりしたりとか。
侍女に八つ当たりをして凹んだ時は、「言ってしまった言葉は戻らないけれど、まだやり直しは聞くよ。僕も付いていくから、本当はいつも感謝しているっていう気持ちを伝えて、一緒に謝って来よう」などの橋渡しをしてくれる。
お父様たちのような強さはないのだけれど、側にいると安心感がある。
怒ったり威圧的な態度をしないのも好感があった。私以外の者もそう感じており、王宮の者も少しずつディルスに対して受け入れる姿勢が見えてきた。
社交界デビュー、つまり成人したという事で出たパーティでは思いも寄らぬことが起きた。
キリトの婚約者、つまりディルスの元婚約者が熱い視線をディルスに送ってきたのだ。
私が名指しした、というのもあるが、彼女がディルスよりもキリトを選んだというのは聞いている。隣のキリトにはもう愛想を尽かしたのか親しい間柄には見えない。
(もしかして、私とディルスが白い結婚だから、寄りを戻したいと思っている?)
もしも離縁したらディルスはカミディオンに戻るだろう。さすがに王族の血筋をもつディルスを放逐しないだろう。
ディルスを奪われたくないのと、白い結婚を理由に他の人に嫁ぎたくなどないから、その日から無理な関係を迫った。
やがて私の思いを受け止めてくれたディルスと結ばれたが、キリトに白い結婚だと言われた時は困惑する。
そうではないと言い訳をしたかったけれど、わざわざ言う話ではないし、言えばそういう事をしたと公言するようなもの。
そんな事人前で言えないわ。
まぁどちらにしろキリトとの婚姻なんてあり得ない。
今の私が美しいというならば、それはディルスが齎したものだ。
我儘で癇癪持ちな私に根気強く付き合ってくれて、そんな優しさが、私を変えたのだから。
そんなディルスがカミディオンを捨てると言うのならば、その手助けをするのは妻の役目だろう。
でも彼は人を傷つけるのを好まない、一体どう復讐するつもりだろうか。
頼られたのならば是非とも叶えてあげたい。
(キリトを失脚させる? それともこの国を乗っ取る? 物理的に潰す?)
でもディルスは国王になりたくないと言っていたし、無関係な人を巻き込むのは彼の本位じゃない気がする。
「このままエルマと穏やかな生活が出来たらいいな」
以前そう話していたのだから、それも叶えなければなるまい。では穏便に済ませる方法が良いだろう。
では、彼の言う捨てるとは……いや何でもいい。
私はギュッとディルスの腕にしがみついた。
何をやるかはわからないけれど、ディルスのいいようにするだけだ。
彼が望んだように振舞おう、変に考えて足を引っ張ってしまってはいけない。表面は取り繕えても、私はまだまだ感情制御が出来ていない。彼のように常に笑顔ではいられないし、ともすればまた人を謗る言葉が出そうだ。先程のキリトの言葉で、まだ気持ちも高ぶっているし。
私の夫を虐げたこの国を許せないし、私は一生ディルスに償いをしながら生きると決めたのだから。
そしていずれは良き夫から、良き父親になってもらうからね。
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