第2話 影の薄い王子
(実に不愉快だ)
キリトの言葉、そして態度はディルスの神経を逆なでした
胡散臭い笑顔の裏でどうしてやろうかと考える。
綺麗なエルマを奪おうとする輩が現れるとは予想していたし、キリトの目線に好意が混じっていたのは知っていたが。でもまさか求婚までしてくるなんて、そんな愚かなものとは思わなかった。
放置しておくべき案件ではないと、エルマに向き直る。
「不快な思いをさせてしまってごめんね。弟とはいえ許せることではない……ねぇエルマ、僕がカミディオンを捨てたいって言ったら、協力してくれる?」
ディルスの言葉にエルマの表情は明るくなった。
「あなたがそこまで言うのならば、聞いてあげてもいいわよ」
素直ではないエルマにディルスは苦笑した。
言葉はともかくその顔はやる気に満ちている、ディルスに頼りにされて喜んでいるのだ。
(ここまで僕を大事にしてくれるなんて、当初は思わなかったよね)
最初にレグリス国に行った際は冷遇されてしまい、食べ物も着る物もままならなかった。
影の薄さを利用して王宮に忍び込み、必要物品を拝借して何とか過ごしていたら、急にエルマが来て泣きながら謝られた。曰く侍女が勝手にやった事で、エルマはそんな事になっているとは知らなかったとの事。
幼い彼女をそこまで責めるつもりはなく、許して上げた。それ以降生活はしっかり改善されたので、その時の事を蒸し返すつもりはディルスにはない。
でもエルマは未だにその事に負い目があるのか、こうして何かを頼めば素直に頷いてはくれないものの、お願いを聞いてくれる。
(他にも僕が王になる邪魔をしたと罪悪感を持っているようだけど、もう気にする事なんてないのになぁ)
今となってはならなくて良かったとさえ思っている。
だってもうカミディオンに未練はないのだから。
「なぜ婚姻相手に僕を選んだの?」
この質問はレグリスに来てある程度エルマと親睦を深めた時にしたものだ。
王太子であると知りつつ指名した理由を問えば、申し訳なさそうにしながらも答えてくれた。
姿絵を見てキリトよりもディルスの方が優しそうだったから、と教えてくれる。
そこまで知らない国だし、さすがに断られるだろうと見越していた。
だからキリトと婚姻して、三年経ったら離縁をする予定だったとエルマは言う。慰謝料も払い、二国の交易もカミディオンに不利にならない形で存続するよう打診する予定だったそうだ。
だが、実際にはディルスが来てしまった。
まさか王太子を寄越すとは思ってなかったし、エルマも国王も焦った。
せめて不自由をしないようにと準備をしていたのだが、カミディオンを見下す者が多くいた事、そして素直じゃないエルマのせいで、本来の意図を汲み取れなかった使用人達は、わざわざ来たディルスを蔑ろにしたのだ。
そういう経緯もあり、エルマはディルスに優しくすると誓う。
ただ他にも想定外の事はあった。
負い目から始まった交流だが、それでも優しいディルスと過ごすうちに本当に好きになってしまったのだ。
その為にエルマはディルスがカミディオンに戻らないようにと画策し、周囲にも自分が愛する人だと伝えていた。
早くディルスに釣り合う女性になろうと偏食もやめ、淑女教育も真面目に受けるようになる。
生活の改善が功を奏したのか、年齢の割に小柄であったエルマは年相応の成長をしていき、見た目にも気を遣うようになった為に綺麗になっていく。
ディルスに教えるためにと自国の文化も教学び直し、それに伴い知識も増える。
まさに、恋は人を変えるを体現した。
それでも照れ隠しで口調が強くなるのは変わらなかったが、それもディルスは受け入れ、時には優しく嗜めてくれて、エルマは変わることが出来たのである。
そんな中でも、「エルマ王女はディルス様を冷遇している」という噂が消えなかったのは、恥ずかしがり屋のエルマがディルスの前では素直になれず、妙なツンツンさを見せていたためだ。
彼らを良く見ているものなら、そのラブラブぶりを知らないものはいないが、それほど親しくないものなら見た儘を信じてしまう。
ディルスがにとっては言葉とは裏腹に甘えてくるエルマが可愛いし、訂正しても穿った見方をするものは消えないと知っているから、特に声高には否定しなかった。
(キリトに白い結婚なんて言われたけれど、とうの昔にそれは解消されたんだよね)
昔にそういう予定もあると言った事をいつまでも覚えていたのかもしれない。けれど月日が流れれば人の気持ちなんて変わるし、そもそも正式な契約を交わしたわけでもない。
レグリス王からも正式な夫婦であると認められている。認めざるを得なかったのだけれど……。
エルマから熱望されて、ディルスが根負けした事で、進展したのだ。
避妊には気をつけたが、式を早める話も既に出ている。
もちろんディルスだってエルマを愛しているから後悔はない。
(だから絶対にエルマはカミディオンに嫁いで来ないし、無論僕も許さない。二度とここには来ないつもりだしね)
実家なんて、母国なんてもう思っていない。
地位も婚約者も尊厳も奪った国に立てる義理はない。更にエルマまで取ろうとするなんてと、心の奥底に沈めていた恨みが姿を現し始めていた。
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