第3話 酸欠の誓い


「ソコ……右デス」


「おっけ〜〜」


 さっきから抱えられて空を移動することに一切の慣れが芽生えない。

 簡単に言うと助けて欲しい。


「そこ…………その、黒いマンション……」


「何号室」


「50……5」


「カギ」


「ぅえ………あ、はい……ドウゾ」


 ようやくこの空中散歩地獄から抜け出せる。と思い鞄から鍵を出して大人しく渡す。


 ゆっくり着地、


「うぉおおらぁあ!!!!」


「ちょ、おぉぉおお!!!?」


 なんてしてくれないと思ったわ。


 ドゴォンン……!! と勢いよく廊下に突っ込む俺たち。しかしどういう早業、御業か、俺はもうすでにドアの内側に居た。正確に言えば玄関に座っていた。


「え………っ、なに。どういう、こっ!!?」


 ドアに手を伸ばそうとした瞬間。

 後ろから猫がふわり、と肩に乗るような軽い重さがし掛かる。


「案内ありがとよ♡」


 次にもっと体重が掛けられる。子供がお父さんの肩に乗り掛かるような感じで、着々と。


 十分な距離になると、異形は俺の耳元でささやいた。





「なぁ……人間。オレと一緒に世界救ってみねぇ?」


 ……随分急降下した話題だと思った。急すぎる。

 あと、なんだこの感じ。不思議な気持ちだ。そこはかとない不安感………。


「……ハッ!」


 こ、これは……まるで作者が面倒くささ故にチュートリアルスキップに拍車をかけすぎたせいで出来上がった……


 〝駄作な予感〟じゃねえか!!


 しかしココで打ち切るわけには行かねぇ! そして出来ねぇ!!


「なんだよ急に百面相なんてしやがって。キモい」


「あーー、ごめん………で? その……続きは?」


 おふざけ半分で聞こうとすると、口角の上がっているであろう声とともに耳元に息が掛かる。肩に置かれた手と、もう一方の手は喉に掛かっている。


「ヒュッ……っ」


 俺は察してしまった。


 これは、おふざけで関わってはいけないタイプの異形だ。と。態度からして『異住許可証いじゅうきょかしょう』を持ってないことなど、すぐに分かる。


「なぁおぃ………お返事は無しか? ……ァ?」


「……………断る…」


「……何故だ?」


「お………お前みたいな……異形は、嫌いッ……だからだ! ……ぐッ!?」


 俺の喉にある手が段々と強く握られる。異形の爪が、動脈どうみゃくを擦る。


「…………何にもしないぜ?」

「っは、信じられるわけない……だろ」


 煽るように笑ってやった。しかし、異形は気にも留めずにもっと口角を上げたようだった。


「本当に世界を救えんだぜ? 根拠ならある」


 根拠。今は後ろの異形やつからそんな言葉を遣われても説得力のかけらもないのだが、どうせ殺されるんだ。


 動脈に鋭利えいりな爪が刺さり、それはきっと、壁のシミになるのだから話ぐらいは聞いてもいいだろう。と思い聞くことにした。


「………良い子だ……」


 胡散臭うさんくさい褒め言葉に、出ない溜め息が出そうになる。


「まず……お前の考え通り、俺は『異住許可証』を持ってない」


 その一言で、心臓が握られたのかと錯覚さっかくする。なぜ、コイツはわかった? 心を読んだのか? そう疑問に思う他ない。


「おぉ……お前、やっぱ察しがいいな」


「……」


 やっぱりか。コイツは何を考えても心を読んでくる。

 そう。自分の中で判決が下される。


 こいつの前では無でいる他ないのか。


 悔いの無いように昔の懐かしい思い出を漁ること、走馬灯そうまとうを視ることすらも出来ないのか。と思う。………思ってしまった。


「お前の辛い過去、変えられるかも知んねぇのに、俺の話に乗らないのか…………?」


 次に異形はそう言い放った。


「この世界は分割されてる。俺ら「異形」と「人間」でな。俺ら異形が本気出したら、お前ら人間なんて、赤子の手をひねるようにほふれんだよ」


 んなことはとっくに刻まれてる。今更なんだと言うんだ。


「………だから? それで、脅したつもりで?」


「っは。なわけ。………今、人間たちが次々と失踪しっそうしてる事件があるだろ?」


 俺は、最近の疫病と同じ割合で報道される失踪事件ニュースを思い出した。


 その失踪事件とは、昔からあったものの、年に一、二回程だった為に、ただの失踪事件とされてきたものだった。


 しかし。


 近頃になって、魔の手と事件数を着々と伸ばし、路地裏、街角、人通りの少ない道はおろか、ついには面接途中の人間、対話中の人間までが姿を忽然こつぜんと消し、行方不明になっている。


 誰も見失わない状況での失踪が話題となってきていた、そんな失踪事件を。


「俺と協力すれば解決出来るかも知んねえんだぜ?」


「………どこにそん、な、保証がっ……」


「俺は異形だぜ? お前にない特徴も個性も、力も。全部持ってる。そん時だけ俺に話を合わせれば良いだけさ」


 その言い分に、少し納得してしまう自分がいたが、上手く圧し殺す。


「明日にはお前の可愛いかわいい後輩ちゃんかもしんねえんだぜ?」


 俺の意識が薄い脳内に、自身の後輩の顔が浮かぶ。そして


「最悪、同僚かも。………しんねえぜ?」


「ガッ!? ……くっ…………」


 より深く爪が突き立てられ、今度は顎の下をおさえられる。

 途端に息が出来なくなる。


「なァ………言え……「アンタを相棒にする」って。言えよ………」


 目の周りが黒に侵食されようとする刹那、浮かんできた言葉があった。


『やらなくて後悔するなら、

やって後悔したほうが諦めがつくってもんよ』


「……、」


 ……………ああもうどうにでもなってしまえ。


 酸欠で熱く重苦しい痛みとともに声を絞り上げる。



「き………み、をぁ、相棒に……す………る――――――」



 そう薄い意識の中朦朧として口を開き呟くように言い、意識を落とした。

 が、その言葉はしっかりと、異形に届いていた。


「…………ふふっ……なんだ、モノ分かりが良くて助かったわ」


 降り注ぐ月明かりに、虹色の瞳を輝かせあやしく微笑わら単眼たんがんの異形は、虚空こくうにむかって呟いた。


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