異形暮らしの形異さん家

彼岸りんね

これからも、凡人として暮らしていくつもりだった

第1話 俺の幸せ空間


 ここは日本。かの御水が綺麗で、蛇口からも飲める所が殆どで有名な、安心安全の日本国。


 だが、皆の暮らしている「日本」とは違う『日本』。


 この『日本』では人間を含めた動物たち、の他にも。

「異形」と呼ばれる種族が住んでいる。


 俺は形異かたい碧里あおと


 自分の同僚にも何十人と「異形」と言って、人ならざる者が居る。

 口だけだったり、腕が八本だったり、脳が露出ろしゅつしていてゾンビみたいだったり、頭が一時停止の標識だったりと沢山いる。


 勿論、生き物には変わらないので3大欲求と言うものがある。偶にだけど、一つ欠落したのもいる。……まあ、営みは行う訳で、その数は人間の人口密度と大差はない。


 それでも、その一人一人違う複雑な見た目のお陰で一日働くだけで目が疲れてしまいそうになる。


「お疲れ様〜」


「あ、お疲れ様っす!」


「!? ……う"っ!!」


 白い綺麗なテーブルを囲んで談笑している内の新人、緑の硬い鱗で覆われた彼に挨拶すると、振り返った反動で太い立派な尾が鳩尾みぞおちにクリーンヒットする。


 ……俺、さっきちゃんとした飯食ったばっかなんだよ。勘弁してくれ。


「ちょ、大丈夫?!!」


 駆け寄ってくるデコ出しの人間の女の子。


「ぅ……うん………大丈夫……あは、ハハ


 ……ゴフッ」


「先輩ぃぃいい!!!!」


「だから気を付けなって言ってるのにぃ」


 他にも似たような後輩が、今年はたくさん入社した。賑やかな後輩に囲まれるのも疲れる……。


「あー………ったた……」


「すみませんっす先輩……」


「いやー、良いよ良いよ、それより、慣れた? 仕事。」


 鰐な後輩は緑川みどりかわ 鰐太郎わにたろうくん。

 今年入社した超新人会社員であり俺の後輩だ。あだ名はバクくん。


 バクくんは可愛い。

 最近は数時間おきでもバクくんと話をせずにはいられないほど、彼は、俺にとっての癒やしキャラとなっている。


 未だに痛む鳩尾を気遣うように擦りながら、引かれたイスに座る。


「はい! 先輩に教えてもらった通りデータの保管し忘れも無く、ちゃんとこなしてます!」


「尻尾の扱いにはまだまだだけどね〜」


「ちょ、観兎楽みうら先輩?!」


 デコを丸出しにし、揚げ足を取るようにからかうのは俺の、同僚であり高校からの同期の「観兎楽みうら陽毬ひまり」だ。

 昔からのあだ名は勿論のこと、愉快犯。


 よく先生や友人たちにも悪戯いたずらばっかりしてきたものだ。その反面、面倒見の良い姐御肌であって人望は厚い。


 …………羨ましい限りだ。


「まあ尻尾の扱いは矯正して頑張ってこうね、」


「はい……」


「も〜碧里あおと後輩に弱すぎでしょ〜w」


「そんなに?」


「そーそー。お人好し過ぎっすよ〜」


 バクくん、なぜそっちに着いた……!? と目を張ったが、すぐに悪知恵を働かせる。


「…………そっかぁ〜お人好し過ぎかぁ〜……じゃあちょっと厳しくしてもいいよね? 僕の分の書類もお願いしよっかなぁ〜?」


「「ひっ……」」

 

 なんて悪い顔をしてやると二人ともヒヨコみたいにピーピー、と泣く。

 それを見て俺は仕事の疲れを吹き飛ばす。


「ははっ……」


 嗚呼……俺はこの時間がたまらなく好きだ。


 そう……………………この時間“だけ”。


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