第20話 ランチ

 四賀山は霧去山よりも標高が高いが、霧ヶ峰市から離れて周囲を山に囲まれているためやや見晴らしが悪い。


山頂にも多く生えている木に視界を遮られ、見通しがききづらかった。


「秋になれば紅葉が綺麗らしいけどね」


 峻が山頂に生えていた一本の巨木に触れながら呟く。


「……ほんとだ。これ、もみじの葉」


 佐久が落ち葉を一枚拾い上げた。


「あ、こっちは桜やない? こんな山の中にも生えとるんやね」


 小梅は嬉々として、枝の先端にわずかな花をつけた桜を指さす。だがそれを聞いた峻は胸の内に苦いものが生じ、佐久は露骨に目をそらしてしまった。


「それより、私お腹空いたよ~。お昼にしよっか!」


 望月が空気を断ち切るように花柄のレジャーシートを広げながら、大声でそう言った。


 レジャーシートは草むらの上に敷いたので、座っても痛くない。


 あぐらを組んだのは峻と小梅、佐久は行儀よく正座し、望月は膝を崩して横座りに

なった。


 峻はあえて前回と同じくおにぎりのみ。


 小梅のお弁当は女子にしては大きめで、中にはハンバーグやから揚げ、ミートボールといった肉系のおかずが多く詰められていた。


「お母さんの仕事がきついからね。しっかり食べてもらっとるんよ」


 望月のお弁当は前回と同じく手作りの卵焼きに冷凍食品が数点。


「……頑張った」


 佐久の弁当箱は前回と違いわっぱ作りで、中に卵焼きと漬物にゴマ塩をまぶした、たわら型のおにぎりが数個だけだ。


 卵焼きの一つを箸でつまみ、下から手を添えて峻に差し出す。


「……食べて」


 いわゆる「あ~ん」の態勢だが、佐久には照れもためらいもない。


 逆に峻は固まってしまった。望月や小梅も、呆然として佐久を見つめている。


(もちもち。さっちーとシュンって、そういう仲なん?)



(佐久って天然なところあるから、違うとは思うけど)


目の前で箸を構えた黒髪少女の圧がすごい。峻は顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。


 だが峻がためらっているうちにふと佐久が見せた気弱な視線。


 このおかずを作るためにどれだけ練習したのか。食べてくれないとどういう気持ちになるかが痛いほど伝わってくる。峻は虫歯一つない口を大きく開けた。


 所々に焦げの目立つ卵焼きが、ゆっくりと峻の口の中に吸い込まれていく。育ちが

いいだけあって佐久の箸づかいは惚れ惚れするほど美しい。

 

峻がゆっくりと卵焼きをかみしめると、ガリ、と殻が割れる音がした。調味料の砂糖が溶け切っていないのか、お菓子のように甘い場所と甘みのほとんどない場所がある。


 だが峻はそれをちゅうちょなく飲み込んだ。これくらいならなんということはない。



「……どうだった?」


 佐久は峻と目を合わせずにそう聞いた。


「うん、おいしいよ……」


「バリいいやん! 料理初めてでこんだけ作れるなら上等やって!」

必死に笑顔を浮かべながら、同じように殻を噛んだ望月と小梅は佐久を慰める。


 だが峻は違った。


「殻が入ってるし、味付けにむらがある。それに甘みが強いかな」


 優しい嘘は逆に人を傷つける。だからあえて本当のことを言った。だが女子二人の咎めるような視線に、言葉選びを間違えたことを気づく。


 あわててフォローした。


「まあ、これくらいなら気にならないよ」


「……気休めはいい」


「気休めじゃないんだけどな」


 峻はそういいながら、今度は自分から佐久のわっぱの弁当箱に箸を伸ばし最後の卵焼きを摘まむ。そのまま口に放り込んだ。


 今度は砂糖がむらなく溶けている。殻も入っていなかった。


「昔外でご飯炊いた時なんて、砂が混じったことがあったくらいだよ? それにくらべたらなんてことない。それに、佐久さんのは」


 峻はそこで言葉を切る。佐久も今度は、峻から目をそらしていなかった。


「卵も砂糖もいいのを使ってるし、それに素材の味を生かしてるのがわかる。甘みが強めなのも、運動の後だからそういう味付けにしたんじゃない?」


 佐久は目を丸くする。確かに、スマホや料理本で見るレシピより砂糖の量が多いの

は気になっていた。だが吾妻はそれでいいと言っていたので、あえてそのままにしたのだ。


「きっと教えてくれた人がすごい人なんだろうね」


「そうなん?」


「すごい…… 私、そこまではわからなかったよ」


「以前、すごい田舎に行った時、鶏を庭で飼ってる人がいてね。その人から卵を分けてもらったんだけど、卵そのものは似た味がしたから」


「……ありがとう。私だけじゃなく、吾妻さんまで褒めてくれて、ありがとう」

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