第19話 干しぶどう
それから場所を移し、他にもいろいろな山菜を採った。
「おー、きれいやわ」
「一枚撮るね」
「……私も」
フキノトウが、川辺に積もった枯れ葉の中に生えていた。冬の間に降り積もった焦げ茶色の落ち葉から、緑の芽が突き出ている。
峻のアドバイス通り芽吹いたばかりの、丈のごく短く緑色の淡いものだけを採取する。
「これくらいなら苦みも弱いから食べやすい」
川辺から少し離れたところに、茎だけがまっすぐ伸びて先端が渦巻き状になった山菜を見つける。
山菜の代表格、ワラビだ。
「根っこから抜かないようにね。こう、茎を持って」
峻が滑らせるように持つ場所を下にスライドさせると、やがてぽきんと折れた。
「こうやって折れやすい場所から取れば、すぐに生えてくるから」
ワラビは独特の触感とぬめりが美味だが、あく抜きが大変なのがネックとなる。
やがて川辺から離れ、日当たりのよい斜面まで移動する。
背の高い木々が群生している中、女子の親指くらいの細さの枝が、曇り空に向かって何本も長く細く突き出ているものがあった。
峻たちの身長くらいの高さで、十分に手が届く。
「山菜の王様って言われてるタラノメだね」
峻は軍手をはめると、枝の一本を引っ張ってたぐり寄せていく。
とげの生えた枝の先端に生えた緑色の新芽を、指でぽきりと折った。
「形がカッコイイね」
「……芸術的」
「これはヤバいわ」
先端が赤く染まった絵筆のような形をしており、そこから小指の先ほどの若葉が突き出しているのが目に鮮やかだ。
「注意点は枝の先端の芽だけ採ること。脇から生えてるのも採っちゃうと、木が枯れちゃうから」
トゲに気を付けながら、三人は慎重にタラノメを採取していく。
他に採っている人たちもちらほら見え、峻は彼らに挨拶をしながらマナーを守っていることをアピールしていった。
一番手際が良いのは小梅だった。料理部ということもあってか、トゲの生えていな
い箇所に器用に指を添わせて手早くタラノメを採っていく。
次点は佐久。日本人形のような顔立ちの彼女が粛々と採っていく様子には恐れがない。
「ひえっ」
一番苦戦していたのは意外にも望月だった。
トゲにおっかなびっくりして、先端を握ってもすぐに手を放してしまう。
峻が代わりに枝を固定してあげると、やっと一本収穫できた。
「ありがと」
「軍手して、軽く握ればまず刺さらないから大丈夫だよ」
「そうはいっても……」
望月よりわずかに高い程度の身長、男子にしては細い体つき。
だが川辺で自分の身体を支えた時、足元の不安定な場所を進むときはすごくどっしりと立てていた。
意外なところで見せた男子としての魅力に、望月の表情がほころぶ。
「……望月、昔から意外なところでビビりだから。今回は私が勝った」
十本近くのタラノメをビニール袋に入れた佐久が、ドヤ顔でVサインを決めていた。
「ビビりってひどくない?」
からかうように言った佐久の言葉に、望月がふくれっ面をする。
「……夜の病院であんなに怖がってたのは誰だった? もう十歳だったのに、」
「わー、わー!」
軍手をした手で佐久の口をふさごうとする望月。ウエーブのかかった茶髪がその拍子に激しく揺れる。軽く追いかけた後、佐久はすぐにつかまった。
「……わかってる、あの時のことは絶対に言わないから」
「ほんと、約束だからね?」
お互いに息を切らせて、さっきまで少し怒っていたがもう望月は笑顔だった。
からかいながらも相手の本当に嫌がる一線は越えない。
二人の間に、積み重ねてきた歴史を感じさせた。
それからはアクが少なく食べやすい山菜であるコゴミも採って、採取を終えると四人は山頂に向かう。
山登りというものは意外とハードな運動に属する。時折涼しげな風が吹いてくるにもかかわらず四人の肌に汗がにじんでいく。
「……ちょっと、休憩」
空を一面の広葉樹の葉で覆われ、膝に手をついた佐久は、息も絶え絶えだった。
「佐久、大丈夫?」
この中で一番佐久と付き合いの長い望月が佐久の背中を手でさする。
息の音に耳を澄ますが、幸い発作は出ていないようだ。
「……大丈夫。病気はだいぶ良くなってきたって言ったでしょ。主治医にも、パパにも軽い運動の許可は取ってある」
「休憩しよう」
峻が思いのほか強い口調で言いながら、佐久をやや強引に手近な岩の上に座らせる。ザックも背中から外させた。
「……大丈夫だって、言ってるのに」
「佐久さん」
不満げな表情と声音を隠そうとしない佐久に対し、峻の声に怒りがにじむ。
「何が起きるのかわからないのが山なんだ。医師だって万能じゃない。自分で無理と感じたら、無理だと周りが思ったら素直に従って」
「……わ、わかった」
「峻くん、怖い……」
「シュン、言うときは言うタイプやね」
そのまま四人とも腰を下ろし、軽く水分補給をする。
さっき一緒に山菜採りをしていた年配の女性が四人を追い抜いていった。
「佐久さん、ごめん」
息が整ってきたころ、峻は佐久に対し頭を下げた。
先ほどの雰囲気とは一変し、口調も弱弱しい。
「僕が佐久さんの様子をもっと見てるべきだった。それに言い方がきつくなったし」
「……構わない。さっきのは私が悪い。それに男子でしょ。男女平等とは言うけれど、こういうときはもっと堂々としてて。それにこの中ではあなたが経験者」
「そうだよ。バスケの部活でも、キャプテンはびしっとしてないといけないし」
「リーダーは厳しくないといけんこともあるやろ」
三人の言葉に、峻は気持ちがすっと楽になる。
ずっとソロ登山だったから、どうもうまい注意の仕方がよくわからなかった。
「これ」
決まり悪さをごまかすようにザックの中から、市販のビニールに入った紫色の小粒を取り出す。
それを数粒、佐久の小さな手のひらに乗せた。
しわしわの表面に、うっすらと白い糖分が粉吹いている。
「……これって、干ぶどう?」
佐久は昔、父親がお見舞いに持って来てくれたことを思い出す。
「腐らないし、袋に入れておけば虫もつかないしね。チョコを細かく割ってジップロックに入れておく人もいるけど、どうしても手が汚れることがあるから僕は干しぶどうが多い」
佐久はさっそく、一粒を口に含む。
口内を満たす強烈な甘さとほのかなぶどうの香りに、頬が緩むのを感じた。
「……美味しい」
全身に糖分がいきわたり、少し元気が出てくる。
「私も、一粒いい?」
「ウチもウチも!」
望月と小梅が、先を争って干しぶどうを口に運んでいく。
休憩を終えたころ、四人は再び山頂に向かって歩き出した。
今度はペースを落とし、休憩もこまめにとったためか佐久の息はそれほど上がらない。
軽い運動というべき負荷を保ったまま、四人はやがて山頂にたどり着いた。
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