第17話 山菜採り開始

二週間後の土曜日の朝。


山あいを縫うように通る電車を五駅ほどゆき、四賀山のふもとにたどり着いた。

 険しい山々で囲まれた霧ヶ峰市は、市内から外に出る電車に乗るとすぐに山に入る。


 無人駅も多いこの路線だが、最近は観光業界や役場が力を入れている。駅チカにマルシェを開設したり、日帰りのツアーを多く企画したり。

ついに次のゴールデンウイークには特急が止まることになった。


「着いた~」


「……あいにくの曇り空」


「まあいいんやない? 日差しはお肌の点滴やし」


 他の観光客と共に峻たち四人は駅のホームへと降り立つ。ホームには屋根一つなく、吹きさらしのアスファルトからは雑草が生えていた。望月は大きく背伸びをし、佐久は空を眺めて一人ごちる。


 この駅からは本格的な登山も楽しめる。頑丈な登山靴、肩の上まである大きなリュックに伸び縮みする杖であるストックを差しているベテランの姿もちらほらと見受けられた。


 峻は三人の服装を改めてチェックする。


望月は前回と同じハーフパンツにレギンス、青のパーカーを組み合わせた山ガールスタイル。


佐久はソフトジーンズの上にチェックのシャツ、その上から今回はレインウエアを羽織っていた。


 高めの山の天気は変わりやすいので、あらかじめ多少は濡れても平気な服を選んで

もらい、念のためレインコートも持ってきてもらった。


「佐久のシャツ、おしゃれ~。このチェック、なんだか高級感ある」


「……吾妻さんに選んでもらった」


 シャツの良しあしなど峻にはさっぱりわからないが、望月がそう言うならそうなのだろう。それよりも、


「そのレインウエア、登山用じゃない?」


「そう言われれば…… なんだか肌触りが違うね」


 峻に言われ、望月が佐久のウエアを撫でる。その手にはすべすべとしながらも百均のレインコートのようにゴワゴワとしない、独特の感触があった。


「登山用のレインウエアは雨を通さないけど汗がすぐ乾くハイテク素材なんだ」


「……でもパパがこれ、着て行けって。汗で体を冷やすとよくないからって」


「よく持ってたね?」


 登山用は値も張るし、おいそれと買えるものではないのだが。


「……パパのいた医学部も、田舎の山深いところにあったから。ママのをおさがりでもらった」


 佐久はそう言いながらレインウエアの襟を上げて顔をうずめる。


「……ママの匂い」


「こら、シュン。もちもちやさっちーだけじゃなくて私のはどう?」


 小梅が自慢げに胸を張ると、トップスに着たピンクのパーカーがその下にあるものに押し出されはっきりと形を変える。


 ボトムスはカラフルなレギンスにジーンズタイプのホットパンツを組み合わせで、

彼女のスタイルの良さを強調していた。


「……」


 峻は真剣な目つきで小梅の服を見る。頭のてっぺんからつま先まで。


「そ、そんなにじっと見られると恥ずかしいんやけど」


「うん。似合ってるんじゃないかな?」


「そ、そうなん? ありがと~」


 峻のその言葉に、小梅は多少キョどりながらも満面の笑みを浮かべた。


「色合いが派手で山の中でも目立つ。万一遭難した時も安心だ」


「そ、そうなん……」


 リスクを考えて冷静に分析をしただけなのに、ちょっとがっかりした顔をされてしまった。


「じゃあ、そろそろ行こうか。みんな、準備は良い?」


「おー!」


「……待ちくたびれた」


「めっちゃテンション上がっとる~!」


 灰色の空の下、新緑の登山道が広がっていた。



 時々後ろを振り返りながら先頭をゆく峻のザックは、前回よりだいぶ大きかった。今日のための道具が色々と入っているというが、何があるのだろう。


「佐久、きつくない?」


「……うん、大丈夫」


 登山では体力のないメンバーが列の真ん中を歩く。そのため、佐久は峻の後ろ姿を見続けながら、後ろから望月に話しかけられていた。


 霧去山より道がやや険しく、大きな石や木の根が行く手を阻む。


 だが先頭をゆく峻が石の隙間や根のない場所などできるだけ平坦なルートを選んでくれる。そのため見た目よりは楽に進めた。


 霧去山と同じように珍しい植物がたくさんあって、目を楽しませてくれる。


 望月と毎日ウオーキングをしておいて本当に良かったと佐久は思った。さもなくば楽しむゆとりなどなく、すでに引き返すかへたり込んでいただろう。


 右に折れた道を進んでいくと、川のせせらぎが聞こえてきた。


 聞いたことのない鳥の鳴き声も。


「そろそろ、初めの採集ポイントにつくよ」


 自分のザックにはお弁当が入っている。吾妻さんに教えてもらって、何度も練習した。


 これを食べるとき、目の前を歩く男子はどんな顔をするのだろうか。


 まずいと言われないといいな。美味しいといってくれるかな。


 そんなことを考えていると、振り返った峻とふと目が合う。刈り揃えられた髪の下の優しげな視線。


 なぜだか胸がくすぐったくなった。


 やがて木々に囲まれた道を抜け、一気に視界が開ける。

エメラルドのような新緑で彩られた川辺が佐久たちを出迎えた。


「きれ~!」


「……絶景」


「映えそうやわ、これ」


 小梅がデコられたスマホを取り出し、清流をバシャバシャと撮る。


 コンクリートで護岸されていない山中の川は川底の形にそって形を変える。石が突き出たところでは盛り上がるように流れ、川底が削られた場所では水面が一見穏やかになる。


 一瞬とて同じ形にはならない。


 病院で過ごす時間が長かった佐久は、動画で見るものとは比べ物にならない大自然の芸術をしげしげと眺める。


 流れのすぐそばにしゃがみ込んで腰を下ろすと、見たこともない草が川辺の茂みや土手のあちこちに生えているのが見えた。


 きれいな黄色の花をつける菜の花くらいはわかるが、それ以外はさっぱりだ。


 だが未知が目の前に広がっているのを感じると、気分が高ぶってくる。


 何ていう草なのか、どんな味がするのか。それを考えるだけでも楽しい。


 川辺には同じように写真を撮ったり、山菜摘みをしたりする他の観光客の姿がちらほらと見えた。


「こんにちは」


「こんにちは。アナタたちも山菜取り?」


「……そ、そうです」


 山のマナーとして挨拶した峻に、年配の女性は朗らかに返したが人見知りする佐久は口よどむ。


「山菜は毒草と見分けがつきにくいのもあるけど、大丈夫?」


「大丈夫です。うちには山の達人がいますから!」


 望月がそう言いながら、ザックから軍手やナイフを取り出した峻を紹介する。

 大げさな挨拶に少しきまり悪そうだったが、淡々と道具を手渡してくれた。


「小さいころから父に色々と教えてもらってるので。判断に迷ったら採りませんから」


 峻の道具を取り出す手際や口調に、年配の女性も安心したらしい。


「それなら大丈夫そうね。でも迷ったらいつでも声をかけて」


「そうします」


「ウチも頼りにしとるからね!」


 そう言いながら小梅は摘んだ山菜を入れるためのビニールを受け取った。

 

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