第10話

 その後、二十分程度で山頂に到着した。所狭しと生えていた雑木が急になくなって一気に視界が開ける。


 背の低い草むらが公園程度の広さに広がって、あちこちで小学生くらいの子供がボール遊びやかけっこをしていた。


「着いた~!」


「……やっと、頂上」


 晴れ渡った空の下、霧ヶ峰市が一望できた。三人が通う霧ヶ峰高校も、都心に出るときに使う電車の駅も、駅チカのビルもすべてミニチュアのセットのように見える。


「来たの、小学校の時の遠足以来だ。綺麗……」


望月はウエーブのかかった茶髪をかき上げながら目を細め景色に見入っている。


佐久は両手に膝をついて息を荒げながら、手近な岩に腰掛けていた。


「はい、タオル。汗すごいよ。山頂は風が強くて体があっという間に冷えるから気を付けて」


 そう言って佐久にカモシカの絵がプリントされたタオルを手渡すと、白馬のお腹が派手な音を立てた。


「お昼にしよっか」


「……賛成」


 草が生え柔らかくなった一角にレジャーシートを敷き、三人はそれぞれが持ち寄ったお弁当を広げる。


 晴天の休日のためか同じような家族連れやお年寄りのハイキング客も多く、談笑や小学生くらいの子が草むらを走り回る声があちこちから聞こえてきた。


「「「いただきます」」」


 白馬のお弁当は白米のおにぎりに海苔を巻いたシンプルなものだが、竹皮の包みが渋い。


 望月はから揚げに卵焼き、プチトマトといった彩り豊かなおかずに胡麻塩を振った白米。


 佐久の弁当箱は望月のそれより一回り小さいが、煮物や魚の焼き物などを中心としたヘルシーな感じのメニューだった。


「白馬くんの、なんだか男の料理って感じだね」


「うん。おにぎりはコンビニで買うより自分で握る方が圧倒的に安いしね。五分もあれば作れるし。榛名さんも妙高さんも女子力高そうでうらやましいよ」


「いや、ほとんど冷凍だし。私が作ったのなんてこの卵焼きくらい」


「……私はお手伝いさんに作ってもらっただけ」


 望月がプラスチックの箸でつまみ上げた卵焼きは、ところどころ焦げている。口に含むとガリ、と殻を噛む音がしていた。


「……望月は相変わらず」


「佐久だって料理できないじゃない」


「……できないんじゃなくてしないだけ」


 まるで料亭の仕出しのような煮物、矢しょうがさえ添えられたブリの照り焼きを漆塗りの箸でつまみながら佐久は答えた。


 おいしそうだな。自分の昼食と佐久のそれを比べながら、白馬はそう感じた。


 ふと、佐久の涼しげな視線と目が合う。


「……はい」


 佐久は何のためらいも感じさせず、飴色のブリの照り焼きを摘まんだ箸を白馬に差し出してくる。


 日本人形のように整った顔立ちにまっすぐ見つめられ、白馬は一瞬呼吸が止まるのを感じた。


「……欲しいんじゃないの?」


 動けずにいる白馬に対し焦れたかのように、佐久の語気がわずかに荒くなる。


 隣の望月は口元に運ぼうとしていた唐揚げが、空中で止まっていた。


 高鳴った胸を必死に抑えながら白馬はかろうじて口を動かす。


「どど、どうしたの? 急に……」


白馬は幼いころから転校を繰り返してきたため、人と親密になることを避け続けてきた。だから女子にあ~んされた時どう振る舞えば良いのかなどわからなかった。


「……物欲しそうな顔してたから。どうせ私一人じゃ食べきれない。誰かの栄養素になった方が、魚も喜ぶ」


 佐久の圧力に気おされて、勧められるがままに白馬は口を開ける。


 気恥ずかしさをこらえながら口の中のブリを咀嚼すると、程よいあまじょっぱさと魚の旨味が口いっぱいに広がった。


「美味しい…… 今まで食べた魚料理の中で、一番だよ」


「……」


「……そ、そう?」


 佐久の返答がワンテンポ遅れたのを、望月はにやにやしながら眺めていた。

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