第3話  心配

 家に帰った佐久は、自室に入るとブレザーを脱ぎハンガーにかける。ブラウスも脱ぐと、姿見に映った下着姿の自分を観察した。


 望月には決して及ばない胸のふくらみ。高一になったというのに未だAカップだ。


 Aクラスに配属されたのは何かの嫌がらせかと思ったくらいだった。


 胸の下の腹部は文字通り処女雪のように白く滑らかで、ぜい肉の欠片もない。

 無地のショーツからすらりと伸びた足はお腹と同じように白くシミ一つない。羨ましがられたことはあるけれど自分では好きになれなかった。


 やせぎすの手足は、細くて綺麗というより細すぎる。望月のようにむっちりと肉が欲しい。


「運動しすぎて、足が太くなっちゃった」と彼女は言っていたけれど。


 ブラの上からキャミソールを羽織ると、肩ひもがずれてすとんと床に落ちた。どこに引っかかることもなく。


 屈辱と共に着直し、上からワンピースタイプの部屋着を着る。パジャマとしても使える上に裏起毛のスウェットタイプのため暖かい。


 スマホの電源を入れるとコミュニケーションアプリに着信があったので起動する。家族以外の連絡先と言えば、彼女しかいなかった。


『こんばんは~。今良い?』


『……いいよ』


『ああいうの、よくないよ。みんな少し引いてたよ』


『……わかった。今度からは気を付ける』


『私もできるだけフォローするから』


『……そこまで無理しなくてもいい。下手すると望月までクラスで浮く』


 わずかな間、望月からの返信が途絶えた。


『……あなたが私を心配してくれるように、私もあなたが心配』


 それからはたわいない話が続いた。





 数日後、体育の授業。


 上下ジャージ姿のいかつい体育教師が、芋ジャージ姿の生徒たちにきびきびと指示をだしていく。


「次は二人一組になってストレッチだ」


 白馬は自分と同じようにまだクラス内になじめていない男子の一人に声をかけ、適当にストレッチをこなしていく。


「白馬くん、結構足腰しっかりしてるね」


「まあね…… ありがとう」


「何かスポーツしてたの?」


「運動はしてるけど…… スポーツとは違うかな」


「そ、そうなんだ」


 踏み込まれたくない雰囲気を感じたペアの男子は、それ以上話さなかった。


 聞かれれば丁寧に答えるが自分からは話さない。


 当たり障りのない会話を心がけ、距離が縮まりすぎないようにする。

 それが友人恋人にあまり価値を感じない男子、白馬峻の人付き合いの仕方だった。


 望月は佐久に声をかけ、二人一組で行うストレッチのペアを組んでいた。


 その周囲にも数人の女子が集まり、軽い雑談に興じながらも体をほぐしていく。


「望月さー、中学時代は何部やったん?」


「バスケ部かな? 一応、キャプテンだった」


「あー、似合ってる。リーダーシップありそうだし」


「そうだよねー」


 背をそらしながらも器用に答える望月の下で、佐久が足を震わせながら親友を担ぐ。


 お互いに腕を組んで、仰向けになる形でペアを担ぐストレッチ。下になる佐久には相当な負担だった。


 白磁のような顔が今は真っ赤に染まっている。だが一年前までは一秒たりとも支えることができず潰れていたから、少しは体力がついてきたのか。


 二人でいるというのに、望月と佐久へのクラスメイトからの扱いは明らかに差があった。


 望月に対しては笑顔たっぷりに。


 佐久に対してはどこか壁を作っているかのようで、会話もそこそこに切り上げる。


 クラスの様子を観察していた体育教師は、彼女たちを見てため息をついた。

優し気な視線に、ふと悲しみが混じる。


「古き良き時代のブルマーは、一匹残らず駆逐されてしまったのか。尻にかけての食い込みがたまらなかったのだがな」


 彼のつぶやきは誰に聞かれることもなく、風に溶けて消えた。

 

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