勇者様に死の安寧を~Reloaded Memory~

菜花千種

第1話 静かな森とざわめき

 木漏れ日が差す村はずれの森の中、イリナはいつものように薬草を採っていた。


 森の中には彼女以外に人はいない。代わりに虫と小鳥の鳴き声と、風が木々をなでる音、後は、村で遊ぶ子供たちの声が時折聞こえてくるくらいだ。


 自然の音楽を背に、イリナはナイフを片手に目を凝らす。そして目当ての薬草を、背負った大人用のかごに放り込んでいく。少女の背丈に対して明らかに大きなそれに薬草が次々と吸い込まれている様は、なるほど、彼女がこの作業に手慣れている証なのかもしれない。


 しばらく採集に明け暮れた後、イリナはかごを置き、休憩がてら木の幹にもたれかかるように座りこんだ。


 ふと、その足元にイリナが目をやると、そこには薬草にはならないが、ふっくらとした花びらを広げたハクセンカの花が、かわいらしくちょこんと咲いていた。


「きれいでかわいいだけの花は採集の邪魔。薬にも毒にもならないし」

 はぁ、と彼女はため息交じりに独りちた。


 葉の形、色、数、大きさ、葉脈の種類、茎の太さ、群生しているか否か……薬草採集において気にかけるべき特徴は多い。使えない花になど見とれている暇はないのだ。


 まぁ探す範囲を少し減らせるのはいいんだけど、と思いつつ、イリナが作業の再開のために立ち上がった時だった。


 ガサゴソ、と草木をかき分けこちらに近づいてくる足音がした。


 イリナは一瞬、獣と鉢合わせる可能性を考えたが、直後に聞こえた、しゃん、という鈴の音でその考えを打ち消した。


 それでも念のため、自衛用のナイフを手に木の裏で隠れて待っていると、やがて、見知った村の青年が一人現れた。彼は落ち着きのない様子で辺りをきょろきょろと見渡している。どうにも、採集場所にイリナの姿が見えず焦っているようだった。


 知り合いであり、命の危機にはならなかったことにイリナはほっとした。そして、びっくりさせたお返しだと言わんばかりに、あえてしばらく隠れたまま、うろちょろと慌てる青年の様子を遠巻きに眺めて、年頃の悪戯めいた諧謔心を満たすことにした。

 — — — — — — — — — — — — — — — — — — 




「イリナ、おーい、どこにいるんだー。……まさか獣に襲われたなんてことはないよな。もしそうだとしたら、地面が荒れていないのはおかしい……。ああもうほんとにこんな時に限ってどこ行ったんだあいつは」

 なかなかイリナが見つからない青年は徐々に心配といら立ちを募らせていた。


「どうしたの、そんなにあわてて。また若いに見とれて頭でもぶつけたの?薬なら前に作ったのが私の家にあったはずよ」

 そろそろ潮時か、と、すっかりと気の済んだイリナは、クスクスと青年をからかいながら彼の前に姿を現した。


「ああよかったイリナ。いや、そういう意味じゃない。まったく、大人で遊ぶんじゃない」

 つい勢いで答えてしまった青年は、イリナをたしなめながらも彼女が見つかったことにまず安堵したようだった。


「はーい、ごめんなさい。それで、いったいなんでそんなに急いでるの?」

 そうたずねながらもイリナは、村の方がやけに静かなことに気がついた。


「ああ、いいかイリナ、落ち着いて聞け」


 彼は一息置いて続ける。






「勇者が、来た」

「っ!」

 彼の一言でイリナからはおどけた雰囲気が剥がれ落ちた。青年を見る彼女の目つきは、齢十三の少女には不釣り合いなほどに、冷たく鋭いものになっていた。


「だから落ち着けって、俺が聞いた時には見張り番が遠巻きに見つけたくらいだ。ただ手はずどおり女子供はみんな家の中に隠れている。たぶん勇者サマはもうすぐ村に着くころだろう」

「私も家に帰って閉じこもれと」

「いや、下手に戻らずこのまま森でじっとしているように、だってさ。どうも向こうもかなり傷を負っているみたいで、こっちに強くは出られないだろうから、上手くいけば穏便におかえり願えるかも……っておい、待て、イリナっ」


 青年の制止などはなからなかったと言わんばかりに、イリナは既に村への道を駆け出していた。


「ったく、だから俺は何も知らせずにいたほうがいいって言ったのに。」


 青年の声はもうイリナに届く距離にない。放置された薬草入りのかごのみが青年の愚痴を受け止めていた。



 やれやれとかぶりを振った後、彼は当初の目的が達成されていないことに気づき、急いでイリナの後を追って、来た道を引き返していった。



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初投稿になります!一応原稿は完成しているのでこのまま毎日投稿する予定です!

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