鼓動
『ティト兄様、あたしです。開けてくださいな』
扉の向こうから、死人の声がした。
□
祠を壊したことで厄に当たらないようにと建物の一室に押し込められた先でのことだ。
朝まではここから出るなよ、絶対に出るなよ、誰も呼びには来ないからな、開けるなよ――と、むしろ開けたほうがいいのではないかというほと念押しをされ、扉は閉められた。
ティト、パメラ、ネクタ、エルフのルッカとキッカ。先ほどまで狩られるものと狩るものの関係であった彼らが揃って密室にいることになる。
そのため空気はひどく沈んでいた。主にエルフ側が。
パメラは我関せずでネクタを膝に乗せて撫でており、ティトは彼女の近くでエルフ達の動向に目を光らせていた。そしてエルフ側は拾われてきた猫のように部屋の隅にいる。
このまま気まずい空気のまま朝を迎えてもそれはそれで面白いからいいか――と、ティトが考えているとパメラが口を開いた。
「あの祠の『いわくつきの神様』とは、どのような存在ですか?」
ルッカとキッカは困ったような顔をする。
「うーん……。キッカ分かる?」
「よく分からない……です」
「分からないということは、神様の背景は一部にしか知らされていないのですか?」
「えーと、キッカ」
「そういうことでもないけど……です」
曖昧すぎる回答にティトがため息をつくととたんにエルフ達の背筋が伸びる。
「なんで神様があそこに祀られているのかとか、由来とか、たぶん長老が話してくれてはいましたけど」
「たぶん?」
「けど?」
「ちゃ、ちゃんと聞いてなくって……ですます」
ティトは高らかな舌打ちをした。そんな彼を諌めるように見たあと、パメラは首を傾げる。
「そもそも、祠は何年前からあるのですか?」
「長老がまだ若いときだから……だいたい800年前ですね」
「そんな前から。あまり古くは見えませんでした」
「定期的に新しくしているんだって……です。壊れないようにって……」
今回壊れたけど。
全員が言葉に出さずともそう思った。
無事に朝を迎えるのはどうやら無理だったようだ。
まずルッカが突然狂乱して扉を開けようとした。次に至極冷静そうな顔をしてキッカが扉を開けようとした。
どちらもまるで上の空で、声をかけようが関節をキメようがうわ言をつぶやきながら操られるようにしてノブに触ろうとする。それを止めるのも一苦労だ。
ネクタがふたりを抑え込んで動きを封じ、これで安心だと――思いたかったが。
「大変ですねえ」
笑いながらもティトは自身に異常が起きていることを自覚していた。
知らない振りをする。それが無駄だとしても。
『ティト、迎えに来たよ』
扉向こうから、あの日処刑された父親の声がする。
『ティト、顔が見たいわ』
扉向こうから、あの日処刑された母親の声がする。
幻術のようなものだ。心の底の想いを無理矢理外に出されているだけ。もっともらしい理由をつけて納得しようとする。
そうだとしても感情は押さえつけられず冷や汗がこめかみから頬へ、頬から顎へと流れ滴り落ちる。手が震え、血が出るほど握りしめても止まらない。
耳の中に心臓があるかのようにうるさく鼓動が聞こえる。
「……ティトさん?」
もはや、自分を呼ぶのがパメラなのか、父母なのか聞き分けることができない。
混乱の淵に居た。
その淵でとうとう聞きたくなかった声が聞こえてしまう。
『ティト兄様、あたしです。開けてくださいな』
悲鳴のような息が喉の奥から漏れた。
両親から託された双子の妹。ふたりで国の外まで走っていたところを追手に阻まれてはぐれてしまった。探すために戻る勇気がなく、自分だけ逃げ出してしまった。
後日、こっそりと様子を見に行った処刑広場には他の親族に混じって両親と妹の首が晒されていた。
「……許してくれ……」
請うことしかできない。
もしも本当に妹を大事にしていたなら、ともに捕まって断頭台か絞首台でも登るべきだったのだ。
恨んでいただろう。憎んでいただろう。乾いた眼球とひび割れた唇からは何も読み取れなかった。
「許してくれ、すまなかった……ごめん、ごめん……許して……リィリ……」
『ティト兄様、開けて』
「リィリ、だめなんだ……。開けてもそこにお前はいないんだろ……」
『いますよ。父様も母様も、あなたを愛した姿で!』
『ここまでの話を聞かせてくれないか』
『あなたを抱きしめたいの』
開けてしまいそうになる指を折る。痛みがわずかに正気を引き連れ、波のように流れていく。
溺れたかのように息が苦しい。
ティトはうずくまり床に額を擦り付ける。許してくれるわけがない。だが、許してほしいとしか願えない。それしか彼らに報いるすべを知らない。
「許してくれ……」
「許しません」
厳しい言葉に反して柔らかい口調が降ってきた。
そっと肩に触れられる。
「あなたの罪は、姿を見せぬなにかへ簡単に捧げていいものではないはずです」
両頬をそっと挟まれ顔をあげさせられた。
青い瞳がまっすぐにティトを見つめている。
「あなたへの罰は、こんなところで下されるものではないはずです」
パメラはティトの頭を静かに抱いた。
首の後ろに手のひらが置かれ、じんわりとした暖かさが身体を巡り始めた。眠りにいざなう魔法だと気づいたときには抗えない眠気がティトを襲っている。
胸に耳を押し当てる体勢になっていることに朦朧としながら気になった。
せめて離れないとと思いながら、あるひとつの違和感に気づく。
鼓動が、聞こえない。
何故。
勘違いか?
しかし
いくらなんでも
「これ、ナイショですよ? 『女神の輝石』は心臓があった場所に埋め込まれているんです――」
ティトが完全に眠ったと思ったのだろう。
普段よりいくらか無邪気な声で聖女は囁く。
「――つまり、私、心臓がないんですよ」
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