閑話

問題児ども

 国の経営する孤児院、その応接室。

 修道士ハンデル・ドゥーと修道女ラマリス・ドゥーは、孤児院の院長――ロドラ・ツゥールと向かい合っていた。

 剣呑な雰囲気であった。口元だけ笑みを浮かべたロドラ、険しさを隠しきれていないハンデル、眉を寄せ目を閉じているラマリス。

 とても和やかな話し合いになるとは思えない。部屋の隅で控えている孤児院の職員たちは一刻も早くこの部屋を立ち去りたいと願っているぐらいだ。


 ひりつくような空気の中、ただひとりだけ平然とした面持ちでお菓子を食べている子どもがいた。

 パメラ・ドゥー。7歳を迎えたばかりである。


「お久しぶりです。お元気でしたか、パメラ」


 ハンデルが声をかけると、パメラは上目遣いで彼を見た後「うん」とか細く呟き視線をそらした。

 恥ずかしがっているのなら可愛いが、興味がないといった態度であった。これでも見知った仲の友好的なほうだ。初対面ならまず睨みつけたあと無視する。


 以前よりパメラが頻繁に魔力を暴走させるので、孤児院に縁があるハンデルとラマリスは定期的に様子を見に来ていた。

 ある程度のコントロールを覚えるとパメラは魔力が枯渇寸前になるまで魔法を使い倒れることがしばしばあった。そこでラマリスが魔力の感覚的な調整や限界値について教え込み、ハンデルは魔法について基礎的な部分を余すことなく叩き込んだ。

 学ぶ機会を待っていたかのようにパメラはするすると覚え、習得していった。

 結果的に何が生まれたかというと、魔法の才があるクソガキである。


「それで、なんの御用ですか? ロドラ院長。ご丁寧に私たちを応接室に通し、茶とお茶菓子まで用意するとは。死期を悟りましたか?」


 皮肉たっぷりのラマリスの言葉に、ロドラはひくりと頬を引き攣らせた。

 だが「ご丁寧に」は事実である。ふたりに頼み事をするとき、ロドラはいつも立ち話というスタイルであった。

 ロドラは由緒正しい貴族の出であり、夫の死去と同時に修道院入りした。そのため貴族であったころの価値観が未だに抜けない。

 卑しきドゥーに頭を垂れることなかれ――。

 寄る辺なく仕事を選べないドゥーが様々な汚れ仕事をしているところを貴族たちは嘲り、憐れみ、下に見ている。

 その態度はもろに出ており、これまで応接室に通さなかったのも単純に「ドゥーに出す茶なぞない」という理由だった。深い溝が生じるのも無理はない。


「やめろラマリス。ご貴族上がりのお婆様が下流の俺らの言語を理解できるはずがないだろ。もっと優しく話してやれ」

「あら。ごめんあそばせ」


 ラマリスは口元を隠し上品に微笑む。


「私たち《ドゥー》のご機嫌を取らなければならないなんて、おかわいそうなことですわね」


 ギッとロドラが睨みつけてくるもふたりはどこ吹く風だ。少年時代に罰として修道院すべての窓拭きを命じられても反省しなかったのだ。この程度効くわけもない。

 かつて複頭狂犬ケルベロスと呼ばれただけある。


「い、院長様……お話に移りましょう」


 見かねた職員がおろおろと耳打ちするとロドラはどうにか怒りの淵から帰ってきたらしい。

 苦々しい表情を隠そうともせずに本題に入る。


「今回、あなた達を呼んだ理由ですが――パメラが聖女候補に選抜されました」

「おや」

「まあ」


 聖女。

 勇者の末裔である王を支え、国の守護を果たす名誉ある役職である。

 王妃としての立ちふるまいはもちろん、女神のちからを借り受けるためにそれを受け止める魔術回路と制御するためのちからが求められる。

 加えて、


「……選抜されるためには家柄と推薦が必要ですよね? 私はエリザベート先生が無茶言ったから特例で選抜されましたが」


 エリザベートとはハンデルたちの師だ。

 今の爆炎ババアである。

 

「王国の運営する孤児院では、数年に1度、国王陛下に挨拶に伺う行事があります。ご存知ですね?」

「そんな時期でしたか」

「懐かしいですね」


 ハンデルもラマリスも参加したことがあった。

 国王に、というよりは国王が家臣に向けて民への取り組みを見せる形式的な儀式だ。


「パメラ。なにをしたか、自分で説明できますね?」

「やだ」

「前は自分で言えたではありませんか」

「やだー」


 足をバタバタとさせてパメラは嫌がる。

 ため息をついて代わりに説明しようとするロドラを手のひらで制し、ハンデルはパメラと視線を合わせる。


「よし、じゃあ俺から質問しよう。パメラ、それは城の中で起きた? それとも外?」

「外。お庭」

「お庭か。その時はみんなといたか?」

「ううん、ひとり」

「ひとりで動いたんだな? その時、魔法は使った?」

「使った」

「なんの?」

「治癒」

「なるほどな。誰に使った?」

「王子」

「へえー、王子か。……王子ィ!?」


 ずべべっとハンデルはソファからずり落ちる。

 ラマリスは茶を口に含んだまま固まっていた。


「……どうして殿下が庭にいるんだ」

「家庭教師から逃げてた」

「そういうことね……。殿下は怪我をしていたのか?」

「足ぐねったって」

「なるほどなぁ。逃げている途中で足を捻って庭に隠れていた。そしてそれをパメラが見つけて治してやった。こんな流れか?」

「うん」

「やるなあお前」


 王宮内で魔法をむやみに使うと最悪幽閉であるし王族に魔法をむやみに使うと最悪死罪になることを教え忘れていた。

 こんなこと想定できるか。


「話は分かりました。しかし院長、何故それが聖女候補選抜の話に? こっぴどく叱られて出禁のほうがまだ理解ができます」


 そもそも王宮の庭で子供の脱走を止められない警備もどうなのだろう。

 ロドラが心底嫌そうな声で言う。


「……イルデット様が、パメラをいたく気に入り彼女をぜひ王妃にと申したそうです」

「んン゙っ……。……日常から逃げだした先に見たことのない少女がいて、ふふっ、怪我まで治したとなれば……惚れてしまうんでしょうね」

「殿下もまだ10代前半でしょう? 一時の恋心という可能性もあるのに真に受けて聖女にするなど、上の方々も考えが足りないのでは?」


 心底面白がるハンデルとは逆にラマリスは冷えた目をしていた。

 彼女は、聖女候補となったときから聖女として選ばれなかった今までずっと嫌味を囁かれ後ろ指をさされ続けている。そのような世界にパメラを送り込みたくないというのが表情に出ていた。


「報告を受けた治癒魔法使いがパメラの腕を認めたのです。才があることが分かって聖女候補に選抜され、教育係がつくことになりました」

「良かったですね」

「よくありません。パメラは教育係を次々に泣かし、3人目が暇を申し出て以降は誰も手を挙げていないのですよ。わずか半年のことです」


 急展開である。

 聖女候補の教育係は国でもごく一部しか選ばれない役職だ。しかも自分の育てた生徒が聖女に選ばれたら今後の人生に泊がつく。安泰した生活は間違いない。

 だというのに、誰もがしたがらないなど異常事態だ。


「弱かったんだもん」


 フィナンシェに口をつけながらつまらなさそうにパメラは言った。


「ずるい、そんなのおかしいって泣いてた」

「はは。まあお前、初手で肥溜めに叩き落としてきたもんな」

「赤い液体を生成して全身にぶっかけてくるいたずらもしますものね。しかも落ちにくい」


 普通なら大人しい、令嬢として育てられた娘が候補として上がる中でとんだじゃじゃ馬が参戦したものだから扱いに難儀しているらしい。


「それで、俺らを呼んだ理由がどこに繋がるんですか?」


 きょとんとしたあと、ハンデルとラマリスは笑った。


「家柄も地位もない我々に?」

「まさか。誰も首を縦に振りませんよ」


 ロドラは黙って側にいた職員から書類を受け取り、ふたりの前に置いた。

 文字を追うごとに顔が青ざめていく。


 ――ハンデル・ドゥーを男子修道院院長に任命する。

 ――ラマリス・ドゥーを女子修道院院長に任命する。


 そんな文言が踊っていた。


「……冗談では? 私たち、経験も年齢も足りてません」

「どちらにしろ男子修道院も女子修道院も院長が高齢で次の代に移る頃です。引き継ぎする時間はたっぷりありますし、その程度の役職でなければ教育係は認められません」

「認めなくていいので降りていいですか」

「もう決定事項です。王の印を貰えば晴れて院長です。ドゥーのなかでは数少ない快挙ですね」


 ストレートな悪口にも対応できないぐらいにふたりは理解が追いついていない。

 ここまでの仕事。これからのこと。

 自由に生きることができないことを改めて突きつけられた気持ちの悪さ。

 黙々と溜めてきた知識を伝えることができるかもしれないという高揚感。


「……パメラ、あなたはイルデット王子のことをどう思いますか?」

「分かんない」

「もうひとつ。聖女を目指そうと思いますか?」

「うーん」


 幼い少女はくせ毛の髪の毛をいじる。 

 ロドラは慌てて「なりたいでしょう?」と口を挟むが、パメラは肯定しない。

 意思の強さにハンデルは笑ってしまう。

 きっとドゥーの名に負けず、突然決められた道を逸れて、強く生き抜くことができるだろう。


「でもいっぱい魔法は知りたい。たくさん色んな魔法を使いたい」


 ハンデルとラマリスは頷いた。


「すべて教えるよ。古き魔法や書庫奥の魔法陣まで」

「すべて教えます。自分の手足当然に使えるように」



 


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