閑話

叔父と甥

 テラギガ国という国がある。


 先代の王は、神経質で疑り深い性格であった。

 そのやわらかく臆病な心にうまく入り込んだ外つ国の占い師は、王の疑いを悪化させていきあらゆる者どもが敵であると吹き込み、孤立させる。

 深刻な疑心暗鬼になるまで、時間はかからなかった。


 狂気の淵で、王は家臣や血縁者を皆そそのかされるままに処刑台に送り込んだ。

 それだけではなく、国の誕生より信仰されていた地祇すらも捨ててしまった。

 占い師に言われるがままに由来もはっきりとしない『何か』を崇めるようになり、国はかつての栄華を失った。


 底の底まで堕ちた王。

 倒すべしと立ち上がったのは狂乱の餌食になる前に国を出ていた王弟ルェンと、その甥であるティトであった。

 ティトも両親と処刑台の露となる運命であったがひとりどうにか逃げ出し、ルェンのもとに身を寄せていた。


 ふたりと協力者たちは反乱軍として民を扇動し王城に攻め込む。

 疲弊し弱りきった護りなどもはや無いも同じ。

 夜明けに作戦を開始して、昼には王と占い師の首は槍先に掲げられ晒された。逃げ出そうとした関係者も残らず捕らわれた。

 狂気と欲望の終わりはあっけのないものであった。



 

 ――長い苦痛から解放された晩。

 自然と始まった戦勝祝賀会は希望と笑い声で満ちていた。


「あ、叔父上」

「……こんな時まで賭け事かお前……」


 ルェンは呆れたように甥を見下ろす。

 地べたに直に座り、酔っぱらい連中とサイコロの出目を当てていたティトは朗らかに笑う。

 「お前一応聖職者の役職だろ」という言葉はもう飽きるほど言っているので今更口にはしなかった。


「一番最高なときですよ、大当たりは確実でしょう」

「この前は『一番最悪なときほど大当たりするんですよ!』とか言ってなかったか?」

「言の葉は水面にうつる空の色のように移り変わるんです」

「詩的なことを言ってごまかそうとするな」


 初めて会ったときから図太かったが、ずいぶんふてぶてしくなってしまった。

 少し歩こうと誘うと、ティトは自分とルェンの分の酒を持ち、あとは周りに譲り立ち上がる。


「英雄!」「よう英雄!」「英雄様!」


 明るいヤジが飛んできた方向へ手を振る。


「英雄ですって、叔父上」

「似合わないな」

「まったくです」


 ルェンが手製の紙巻きタバコを取り出すと、ティトが短く魔法を唱えて火をつける。もう10年近く行っているので慣れたものだ。

 生真面目なガキが命からがら逃げ延びて、単身国外に逃げ出しルェンのもとに身を寄せたのも同じぐらいになる。

 賑やかな通りを抜けて、しばらくして。ルェンはぼそりと呟く。


「……拍子抜けするほど短い戦いだった」

「ええ、そうですね」

「長い間息を潜めていたのがバカみたいだよ」


 様々な感情とともに紫煙を吐き出した。

 酒を差し出されたが断る。ティトは迷わずその酒を飲み始めた。


「こんなに弱い国になってしまったとは思わなんだ」

「なぁに、これから強くしていけばいいではありませんか」


 空になった酒瓶へぼそりと言葉を落とすと、彼は叔父を見た。

 心底愉快なものを見る目で。


「――その前に、俺の処分ですかね?」


 いつの間にか、人気のないところにふたりはいた。

 ルェンが先導して歩いていたので彼の意思でここに来た事になる。

 月だけが彼らを見ていた。


「叔父上は何かを誤魔化したいとき、後ろに手を回しがちですよ」

「……よく見ているな」

「人間観察はギャンブルの基本と言うではありませんか。嘘か真か見抜かなければいけませんからね」


 ティトは笑いながらルェンの左手を指さした。

 ……細身のナイフを隠している手を。


「俺は王位なんて微塵も興味はありませんが、俺を利用しようとする輩を叔父上は警戒している。あなたもまた疑り深いですからね」

「……」

「というか、すでにその話が聞こえてきているんですね? だから、俺を今ここで摘めば叔父上の平穏は守られる」


 ティトは挑発するように自分の首を切る素振りをした。

 己の兄を殺すことをためらった叔父を嘲るように。

 ――王に反撃されかけたルェンを助けたのは後ろに控えていたティトだ。胸部に強い魔力を撃ち込んで即死させた。


「……舌がよく回るな、ティト。酔っ払ったのか?」

「いや〜、はっはっは。叔父上知ってるでしょ? 俺、酔わないんですよ」

「ああ。そうだったな」


 ナイフの切っ先が煌めく。

 酒瓶で受け止めた。涼やかな音が鳴る。

 簡易的な強化付与をかけられているそれに力を込め、ティトはルェンの手首を砕いた。

 悲鳴を上げないどころかタバコを落とさないのは見事というほかない。


「いやいや、こんな野蛮なことやめましょうよ。叔父上じゃ俺に敵わないんだから……」


 ティトは金色に輝くコインを取り出した。この国で流通しているものだ。大きめの傷が表面についている。

 それを見てルェンはぴくりと眉を動かした。


「運に任せませんか? 裏と表、外したほうが死ぬ」

「……」


 ルェンはタバコの灰を落とす。 

 そして鋭い眼光を甥に向けた。


「表だ」

「俺は裏に賭けます」

「投げろ、ティト」

「言われずとも」


 コインが弾かれた。



「それで……どうなったんですか?」


 港町、ヤジビ。

 小さな教会の裏で、今はヒトの形を取るマーフォークの少年ケケパゥと、僧侶ティトは向かい合って芋の皮を剥いていた。

 ティトは薄く削いだ皮を足元のスライム……ネクタに落としながら笑った。


「どうもこうも。裏が出ました」

「ま、まあ、ですよね」

「訂正します。

「え?」


 剥いた芋を水に浸しながらティトは肩をすくめた。


「俺の国で流通していたコインは、表が初代の王の横顔で、裏が地祇が好んだという花が彫られているんです」

「はぁ……」

「あの日投げたコインは表裏両方に花が掘られていました」

「はい!?」


 分厚く皮を剥く手を止めてケケパゥは目を剥いた。


「イ……イカサマですよね!?」

「そうです、まごうことなきイカサマです」


 次の芋をネクタから受け取りながらティトはうなずく。

 ケケパゥはと言えば、ティトの半分のさらに半分も芋を剥けていない。ほとんどティトがしているようなものだが、まったく気づいていない。


「ひ、卑怯じゃないですかっ」

「ははは、なにも言い返せないですね」


 信じられない顔をするケケパゥ。ティトはナイフの顎で芽をほじくる。

 この場で、同じように話を聞いていた誰かがいたなら呟いたかもしれない。

 ――では叔父の行いは卑怯ではないのですか、と。


「まー、コインを出した時点で裏しか出ないのは分かってたんでしょうが。だってもともとの持ち主は叔父上でしたから」

「……な……」

「ギャンブラーなんですよ、叔父上も。コイン自体は生産ミスでも、それをギャンブルに使っていたんだからまあどうしようもないです」

「……」


 親指ほどまで小さくなった芋をケケパゥの手からひょいと取り上げ、ネクタに食わせる。

 代わりに自分で剥いた芋を持たせた。


「ごめんなさいねえ、死ぬほど芋の皮むき頼んじゃって……」


 教会――というより、孤児院を運営する老婆が姿を見せた。せんせーと騒ぎながら子供達もついてきた。その中にはケケパゥの妹も混じっている。

 ケケパゥの手元を覗き込みしわしわの顔をさらにしわしわにさせる。


「あら! きれいに出来てるわね〜。流石だわぁ」

「あ、いや、これ……ティトさんが」

「本当に死ぬかと思いましたよ〜。せんせーのお願いじゃなきゃ断っていたかも」

「あらじゃあ次は死ぬ量を頼むわね」

「冗談がきついですねえー!」

「マジよ」

「えっ」


 子供達がティトのまわりに集まる。

 ここに来て一ヶ月だがすっかり人気者だ。

 数日に一度子供達にギャンブルを教えようとして老婆にしたたかに殴られているが。


「遊んでー!」

「オレが先!」

「お話して! 相手がぐにゃあ……って絶望してからどうなったの!?」

「嘘喰ってやったの!?」

「魔法おしえてー!」


 困ったように微笑む青年が、とても国に攻め込んだようには見えなかった。

 今のティトがコインの表なのか裏なのかケケパゥには分からない。もしかしたら両方裏なのかもしれない。


「ティトさん……」

「はーい?」

「叔父さんは、どうなったんですか?」


 ティトは目を細めた。


「7回目の禁煙でもしてるんじゃないですかね」


 

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