閑話

英雄とヒトの娘


 この地域のエティたちは丘を削って作られた横穴を住居として使っている。

 レトも例に漏れず同じような横穴で過ごしていた。本来の住処は他にあるが、出稼ぎに出たものは帰ってからしばらくはそこを使う決まりである。

 外部から病気や呪いを受けた場合に村の中で流行ることを防ぐためだ。つまりそうなったら孤独に死んでゆけという意味合いではあるが近年は対策も出来ているので、これは形だけ残ったものに過ぎない。


 仮の住居にレトが戻ると、出入り口に置かれた目印代わりの石の上にヒトが座っていた。膝の上にはスライムを乗せており、ゆるゆると撫でている。

 視線の先では子供たちがじゃれあっていた。短い眠りだったのもあり、起きて半日ほどで村人はすっかり元の調子を取り戻している。

 レトに気づくと、ヒトは立ち上がる。

 改めて見ると本当に小さい。腕で抱きかかえればすっぽりと収まってしまうぐらいだ。この体躯でよく旅をしてこれたと思う。


「パメラ、寒くないの」

「おかえりなさい、寒さなら大丈夫です」


 スライムはパメラの頭にのぼりそこで落ち着いた。

 重くないのか聞いたところ「根性です」と返された。重いんじゃねえか。


【先ほどまで子供たちに英雄レトの話をせがまれておりましたわ】

「英雄って……」


 目の前に魔法大板タブレットを模したものが現れ、文字が並ぶ。

 声でも話せるが彼女が負った呪いにより言葉の制約があるため、裏技的にこうして文字で話すのが手っ取り早いのだという。音声にこだわらなかったら前の国でももう少し話せたのにと残念がっていた。


「……なんか余計なこと教えなかった?」

【まさか。ありのままお伝えいたしましたわよ? 果敢に大蛇に攻め入り、打ち倒した――と】

「それ!! それだよ!!」


 思ったより大きな声が出た。スライムが威嚇してくる。


「土地神様も同じこと言っていたみたいなんだけどさ、俺さあ、そういう感じじゃないんだけど!!」

【と、いいますと】

「パメラが俺伝いに魔法をぶっ放してくれたから倒せたんだろ? あの場で俺がしたの何もないから、英雄だなんだ称えられても困るというか……」

【大蛇のいる地に赴き、毒を浴びた私を目前で見ても逃げなかったではありませんか】

「逃げなかっただけ!」

【それだけでも充分立派だと思いますよ。それに、一番はちくビームの時ですね】

「……嫌なネーミングだなあ……」


 村の大多数は「ちくビーム」で倒したと知らないが(そして土地神もパメラも触れていない)、スレを見た悪友どもは口にこそ出さないがニヤニヤしてくる。大っぴらに言わないのは優しさだろう。

 改めて思い出しても恥ずかしすぎる。


【及び腰だったらあんなに真っすぐ当たっていなかったでしょう。あなたが大蛇を真正面に見ていたからこそ、戦おうと向き合ったからこそ、当たったのですよ】

「……そういうもん?」

【そういうもんです。神と聖女の褒めは素直に受け取っておいて損はないですよ】


 よく考えればこれ以上悩むと土地神の評価も否定することにもなる。それはよくない。

 レトは「分かったよ」とだけ返した。

 しばらくの間、黙って子供たちが残る雪を集めて山を作るのを眺める。強く押し固めるものだから一向に高くならない。


【ネーミングといえば、スライムの名前を考えていたのですがなかなか良い案が浮かびませんの。なにか候補を考えてくださる?】

「え、名前?」


 どこか苦い顔をしながら彼女は頷いた。

 土地神に報告して以来、スライムをずっと腕の中で抱えていたのとなにか関係があるのだろうか。

 喧嘩みたいなことをしたそうだが、詳しくは聞いていない。

 

【ノアルライジングサンダー、ホワイトエターナルラバーズ、パイリミテッドフルーツ……まぁいくつか考えましたがスライムが嫌がってしまいまして】

「長いしダサい……」

【……終焉の白幻想もでは?】


 パメラは眉を僅かに顰めた。

 マジでこれが良いとおもっていたらしい。


「俺らの村が国だった頃の言語、ほんのちょっとは知ってるけど、参考になるかどうか」

【例えば?】


 もはや正しい発音も分からない、名前として受け継がれる単語を思い出す。


「雪はキーオ、太陽はヘリオ、木はリュオ。あとは、蜜がネクタ。こんなところかな」

「ネクタ」

「うおっびっくりした」

「では、お前はネクタです」

 

 パメラが頭の上にいるスライムに言う。

 何かが変わったようには見えなかったが、ほっとしたように息を吐くのできっとよかったのだろう。

 生まれて間もないぐらいの年齢だろうに、様々な苦労に付きまとわれて(自業自得もありそうとはいえ)、荒れた道を歩かざるをえない彼女にわずかに同情した。



 翌日の早朝、ちいさな物音でレトは目を覚ました。

 薄っすらと目を開けるとパメラが身支度している。ヒトというのは布を何重にも被らないといけないから大変だと思う。


「……行くのか」


 声をかけると彼女はビクリと肩を揺らし、振り返った。バツの悪そうな顔をしている。


「コソコソ出ていかんでも……。途中まで道案内するよ」

「悪いです」

「いいんだって。こっちの自己満足だから」


 ぬかるんだ土の上を歩いていく。もうすぐ一気に花が咲くだろう。

 そうしたら、近くの村と特産物を交換したり、運良くたどり着いた外商人と取引をする。忙しい日々になるが、雪に囲まれてひとり過ごすよりは苦ではない。

 小山を抜けた先まで送る。此処から先は道があり、比較的安全に進めるだろう。


「色々、ありがとうな。スレでもよろしく」

「こちらこそありがとうございました。……私の魔法が入る隙もないぐらい祝福がかけられているので、追加するのはやめておきますね」

「え、そんなに?」

「私への嫌がらせが八割、でしょうね」


 やっぱり土地神と喧嘩していたらしい。


「さようなら、レト。あなたの優しさがあなたに幸運を呼びますように」

「いつか雪解けの目覚めの日に再会を願って。パメラも……ネクタも、無茶すんなよ」

「はい」


 パメラが歩きだすと同時に、レトも背を向けた。

 あえてこうすることで旅の安全を祈るのだ。

 ザクザクと歩きながらレトは独りごちる。


「……『終焉の白幻想』ってそんなダサいか?」



 毒を持った大蛇が村を襲おうとしたため、土地神は村を守るために雪の中に村ごと大蛇を封じ込めた。

 一時的に村を離れていたレトと、土地神にいざなわれた聖なる力を持つヒトの娘がともに手を取り合い、大蛇を見事討伐した。

 ――そういう話が、後々まで語り継がれることになる。

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