教え子と先生(後)

 木造の小屋の前で魔獣は止まった。

 勢いを緩めつつの停止だったので吹っ飛ばされることはなかったものの、ハンデルとラマリスはぐったりと地面に下りてへたり込む。


「もう無理です。ハンデル、先に先生に『ご挨拶』してきてください」

「ふざけんなよお前。ひとりで何とか出来るならとっくにしているんだが」


 あーあ、と空を眺めた後にふたりは立ち上がる。

 美しく整えられた庭を通った向こうにある扉にハンデルは杖を掲げる。


「やるぞ」

「いつでも」


 杖先に魔法陣が現れた。純粋な攻撃魔法。

 魔法陣は自身の魔力を消費する代物だ。そして術者の能力にも左右されるために音声での呪文か、インクで魔法を書きつけたものを利用するのが一般的である。

 普段使いするならば「それ」から魔力を貰ったほうがいい。しかし自身の魔力であれば使用を願う詠唱が要らないことと消費と引き換えに威力の高いものを放つことができる。

 魔獣戦のとき、ふたりは魔力を温存していたのだ。

 この時のために。


「お邪魔します――!!」


 まっすぐに撃ち出された弾は玄関扉を粉々に破壊する。

 そのまま家を破壊するかと思われたが――


「邪魔するなら帰んな、クソガキども」


 その言葉とともに同じく魔法弾が撃たれた。防御壁で霧散するが大きなひびが入る。

 そこを狙うようにもう一発、魔力の高い弾がハンデルへ襲い来る。


「どいて」


 ラマリスが踊り出ると防御壁ごと破壊した。そのこぶしには『強化』の魔法陣が光っている。

 一歩踏み出して地面を殴るとそこを起点にひび割れが起きて家へと向かっていく。

 が、


「年寄りの住処を壊すんじゃないよ、まったく」


 出てきた老婆が足踏みをするとあっさりと魔力が霧散し、それどころか亀裂がふさがった。

 ラマリスは一呼吸するとまっすぐに老婆へと駆け込む。両手を組み、振りかぶった。狙うは老婆の頭。当たれば頭蓋の骨は潰されることだろう。

 だが老婆はいともたやすく片手で受け止めると彼女をそのまま投げた。弧を描くようにして落下するラマリスをハンデルは一瞬見た後、用意していた攻撃を老婆に全弾突っ込ませる。

 もうもうと砂埃と花びらが舞った。

 警戒して構えていたハンデルは「やったか……?」とつぶやく。そこにラマリスの鋭い声が飛びこむ。


「ハンデル! 後ろッ!」

「!?」


 振り向こうとする彼の背中に固いものが当てられる。杖だ。

 いつのまにか老婆が後ろに回っていた。


「ヒェッヒェッ! これで死んだ。反省点をそれぞれ短く答えな」


 肩を落としハンデルは額に手を当てた。

 ラマリスも起き上がり、老婆に掴まれたときに掛けられた『手から腕にかけて硬化する魔法』を解いてふたりのもとに近寄る。


「ラマリスが飛ばされたとき、その安否を確認してしまいました。それによって攻撃のタイミングが遅くなり、貴女に反撃のチャンスを与えてしまったと思われます」

「先生に接触する際、私にとって不利になる魔法を付与される可能性を考慮していませんでした。そのために動くことができなくなり、隙を作りました」


 目を泳がせるハンデルと、憮然とした表情のラマリスは淡々と言う。

 慣れたように行われる会話はこの三人が昔から同じことを繰り返してきたことを示している。


「ハンデル、あんたはもう少し覚悟を持ちな。攻撃する以上攻撃が返ってくるし、誰かしら傷つくという当たり前のことを理解することが大事だ。あんたが要の作戦の場合、今回のような隙はチームそのものを殺すんだよ」

「はい……」

「ラマリスは考慮の浅さもそうだがそれ以前だ。前衛であの大ぶりな動きは敵に『これからこの位置でこういう技を出します』とご丁寧に教えているようなものだよ。するなら先に目くらましのような技を使ったらどうだい」

「はい」


 老婆は杖を一直線に下へ降ろす。

 するとハンデルとラマリスの頭に同程度の衝撃が走った。


「痛って!!」

「ぐぅっ!!」


 しゃがみこみ悶える二人に老婆は鼻を鳴らす。


「そこで頭を冷やしたら入ってきなバカども。ったく、庭を散らかして……」


 老婆がぶつぶつと文句を垂れながら庭や玄関を修復して中に入っていくのを見届けてからハンデルは息を吐いた。


「ク〜ッソババアがよ……ちょっとぐらい弱くなってくれよ……」

「一発も入れられませんでした。悔しいですね」

「訪問するたびに戦闘になるのやめてくれないかな」

「年寄りの暇つぶしですよ。ハンデル、私のことは気にしないでいいって前から言っているはずですが」

「そこまで人間やめたくねえよ……」

「なら次回から防御魔法もつけますね。安心材料にはなるでしょう」

「すまん」

「いえ。私も年ですし、無防備ではいられませんから」


 あーあ、と空を眺めた後にふたりは立ち上がる。

 美しく整えられた庭を通った向こうにある扉を、今度は客人のあるべき姿として潜り抜けていった。



 ハンデルとラマリスの前にはパンケーキと紅茶が並んでいる。

 さらにジャムとはちみつの入った瓶を置かれた。ハンデルは微妙な顔をしてジャムを菅申する。


「……これ、テロリサの実ですよね? ロコックではなく」

「そんなわけないじゃないか。猛毒を食って死なないなら出すけどね」


 死ななくても出すなよ。ふたりは思ったが口にはしなかった。

 老婆は自分用に淹れた茶をテーブルに置き対面に座る。その表情は未知の物語を聞く子供のように生き生きとしていた。


「――さてと。いったい何の用で来たのか、聞かせてもらおうかねえ」


 ハンデルとラマリスは視線を交わし、ラマリスがまっすぐに背を伸ばして老婆の目を見る。


「先生なら一度は考えたことがあるのではないでしょうか? ……聖女がいなくなったら、どうなるのか」

「……」


 老婆が渋い顔をしたので緊張が走る。

 その様子に気づいて「気を遣うんじゃないよ」と老婆はわずかに表情をやわらげた。


「ははぁ、なるほど。数カ月前にここに来た愛想のない小娘は、やっぱり王都の聖女だったんだね」

「はい。一度、あの子が赤ん坊だった時に連れてきたことがありますが覚えているでしょうか?」

「ああ、懐かしい匂いがすると思ったら彼女か。あの忌々しい『強制服従』のせいでほとんどかき消えていたがね……」


 ハンデルとラマリスは交互に、ここまでのいきさつを話す。

 否定も肯定もせず、短い相槌のみで済ますためにスムーズに話は進んだが、唯一アラクネット掲示板の安価の話になったときに老婆は大笑いしてしばらく話が中断された。

 話し終わったころには三人のカップは空になっていた。淹れなおしながら老婆は言う。


「聖女の運命の末路は悲惨なもんだ。毒で殺してやれたらこれから先起きる苦しみも味わうことなく死ねたのに、女神のちからがそうさせてくれない。かわいそうな子だよ」

「……」

「……」


 魔力の枯渇によって起きる生命力過剰利用。聖女の死因はほとんどがそれだ。

 すさまじい苦痛を負い、生命力が減る感覚を自覚しつつ終わりに向かう。その恐怖に抗えず自死を選ぶものもいるという。……聖女には自我がないので、それだけは救いというべきか。


「さて、最初の問いだね。聖女がいなくなったら国はどうなるのか」


 老婆の名は、エリザベート・サトウリンテ。

 かつて王都の大魔法使いと呼ばれ、シェリッテ故王妃とその先代を聖女として育てあげた、年齢不詳の女。

 聖女候補であったラマリスや魔法使いを目指していたハンデルの師でもある。

 もとは由緒正しい血筋の魔法使いで古代魔法の研究をしていた。その力と知識を認められ、聖女教育係に抜擢されたのだ。

 先代を聖女にして送り出した時はまだまともだったそうだが、先代の晩年とシュリッテの選定からおかしくなり、気づいたときには国外へと飛び出して行方知らずになっていた。ハンデルたちですら魔力の発生源から数年がかりで見つけ出せたぐらいだ。

 それ以来エリザベートは王都や聖女を憎むようになった。王都にいれば確実に破壊活動はしていただろう。自分から離れるだけの理性は残っていた。


「――普通なら、緩やかに国は崩壊していくと考えるところだろう。しかし、今回は追放という最悪な手段を聖女に……ちがうね、女神の分身体に下した」


 にぃ、とエリザベートは意地の悪い笑みを浮かべる。


「暗黒竜が目覚めるより早く、

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