閑話

少年と少女

231:田舎の名無しさん 月火の年/2/16 15:49:20 


 雪を食べようとするな



 ――カイスカイ村のロイズは投稿した直後に、彼の祖父に頭を叩かれた。


「またすまほやらを見おって! 罠に油を差し終わったのか!?」

「今からやろうと思っていたのにやる気なくした」


 先ほどよりも強めに叩かれた。

 まあ自分が悪いのでロイズは立ち上がり、魔導小板スマホを仕舞った。


「まあいいじゃないのおじいさん。文字に触れないと忘れちゃうものねえ」

「ばあさん、あんまりロイを甘やかすのは……」


 のんびりとした祖母と祖父の会話を背に聞きながらロイズは倉庫へと歩いていく。

 彼のいる村での識字率は低い。国の中心部である王都に近ければ近いほど教育は行き届いているといわれるが――それは単純に、そこに住めるだけの財力を持てば教育にも金が落とせることにほかならない。

 文字が読めなければ、悪徳な仲介人にいいように使われる。計算が出来なければ、売り上げを半分以上持っていかれる。結果的に村が貧しくなり作物が減っていく。あるいは働き手が消えていく。

 さすがに国もどうにかしないといけないと思ったようで、十数年前から村の子供を半年ほど王都の教会で社会勉強と教育をさせる行事が行われている。

 様々な反発や意見があったが、文字が読める者がいることによって足元を見てくる業者は減り、不当に低い値段であることをその場で糾弾できるようになるなど効果はあったため、今も一年に一度行われている。

 ロイズもそのひとりであった。

 学ぶことは好きではなかったが、悪友に教えてもらった掲示板に目を通すことができるのは大きな恩栄だと考えている。


 倉庫で油さしと、ついでに錆び取りも手にする。魔獣を捕まえるためには罠の手入れは欠かせない。

 日の当たるところに座り、ロイズは黙々と作業をしながら教会にいたことのことを思い出していた。



「貧乏人がいるぜ」


 王都に来てから一か月経ったころだ。薄々予想していた事態にロイズは遭っていた。

 人気のない道で彼は見習い修道士三人に絡まれていた。


 修道院は貴族や商人の息子が己の家の地位を高め、社会勉強する場所だ。親たちは息子のために多額な寄付をしている。

 田舎から持参金もなくやってきた人間を面白く思わない者は当然いる。


「早く家に帰って草をむしってるほうがいいんじゃないかぁ?」

「見ろよ、指先がぼろぼろだ。信じられないよ」

「いったい誰のおかげで勉強できると思っているんだよ」


 口々に見習い修道士たちがロイズをからかう。

 これを先生に訴えても貴族の子供に強くは注意してくれないし、逆に嘘をつかれて悪者にされてしまう可能性もある。この場での最適解は黙って耐えるだけだ。

 ロイズは俯いてその場を去ろうとした。しかし、その肩を悪ガキのひとりが掴む。


「おい、なんとか言えよ!」


 それでもなお黙っていると足を蹴られる。


「痛っ!」

「お前みたいなのが勉強していい場所じゃないんだよ、分かる?」


 残るふたりからげらげらと笑い声があがる。

 見習い修道士がこぶしを振りかざした、その時だった。


「≪ほらほら、その熱を冷ましてあげて≫」


 凛とした声が聞こえたかと思うと、見習い修道士の頭に水がかけられた。

 しぶきが少しかかったがロイズはそんなことどうでもよかった。周りには水気もないし天気は晴天だ。なぜこんな大量の水がいきなり現れたのか、そのことばかりを考えていた。

 あっと見習い修道士のうちひとりが声を出す。


「あいつだ!!」

「くそっ、逃げるぞ!!」

「≪まだまだ、ちょっと立ち止まらせてあげましょうよ≫」


 慌てて走ろうとする彼らの足元に穴が開いた。そのまま落ちて下半身がすっぽりと嵌まる。


「どんどん沈んでいく!!」

「ぎゃあ! ミミズが!」

「お父様からもらった靴がー!」


 やかましく叫ぶ三人をロイズは呆然と見るしかできない。

 その隣に誰かが立った。

 美しい銀髪の少女だ。まだ幼く、ロイズは妹を思い出した。

 最悪としか言いようがない光景を彼女はくすくすと笑いながら眺めている。こいつけっこう性格悪いんだなとロイズは思った。だが助けてもらった身なのでそのような考えは失礼だと思いなおした。


「いもむしみたいにもがいていて、かわいいね」

「性格悪っ」


 口に出してしまったが少女は気にする様子もない。

 この反応、言われ慣れているのだろう。

 彼女はてくてくと穴にはまり泣いている三人に近寄り、見下ろす。


「ヂューイ様、ファルケー様、ドボリネ様。女神メァルチダは貧民も富豪も分け隔てなく見ていらっしゃいますから、ひどいことを言ってはいけませんよ。慈愛のこころを持ちましょう」


 大人びた態度で少女は言う。おそらくは修道士に言われていることをそのまま口にしているだけだ。その証拠に、彼女の足は穴に土を入れることで忙しい。

 掴もうとしてくる手をひょいひょいとかわし、少女はロイズを振り返った。


「どうしますか?」

「え?」

「このまま埋められますよ。この人たちはずっと真っ暗な場所にひとりっきりです!」

「ちょっと!」

「それとももーっと穴を深く掘ってしまいましょうか?」

「なに言ってんだこいつ!?」


 彼女の提案は無邪気さと底知れぬ恐ろしさが同居していた。

 見習いたちは縋るようにロイズを見ている。

 今まさに自分しか彼女を止められないのだと気づいてしまった。こんなに簡単に魔法を使えてしまう少女からの提案を、肯定するか否定するか。

 ……ここでいなくなってしまえば、この後の生活は楽になるかもしれない。この少女なら確実に隠し通せてしまうだろう。

 でも、それは――駄目だ。


「俺は文字を習いに来たんだ」

「はい」

「こいつらを苦しめるためではない。解放してくれ」

「分かりました」


 拍子抜けするほどあっさりと、少女は見習い修道士たちを魔法を使って引き抜いた。さながら根菜の収穫のように。

 わぁっと泣きながらロイズにしがみつき、口々に謝罪と感謝の言葉を言う。穴に落とされたあげく処遇を聞いたのがよっぽど怖かったらしい。

 その様子を見ると少女は何も言わずに去ってしまった。


 ――ロイズや他に文字を習いに来た子供たちが、その日以降いじめにあうことは無くなった。

 あの少女に礼を言いたかったが生活の場が男女で分かれているために会う機会はなく、結局それっきりだ。

 女子修道院長に追いかけられている似たような子を見かけたが多分違うと思う。



「ロイ坊、これの錆も取っといてくれんか」

「自分でやれよ~……。そこ置いといて」


 あれ以来王都には行っていない。これから先行く機会もない。

 ただ、時折、あの嵐のように現れた救世主の姿を見たいと思うのだ。

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