閑話
とある大臣の思惑
「……暗黒竜の寝返り?」
謁見の間にて。
パレミアム国の次期王であるイルデット王子は不機嫌さを隠そうともせずに聞き返した。
対する内務大臣のスレイド・カム・レカンブルクは落ち着き払った表情だ。彼だけがこの威圧に耐えている。
彼の横にいる秘書は真っ青な顔をしているし、警護についている兵たちは巻き添えにならないように気配を消しているありさまだ。
「はっ。先日の揺れは『鎮めの庭』を中心としたものでした。そのため、暗黒竜が動いた衝撃ではないかと言われております」
「動いた? どういうことだ?」
「こちらにまとめたものがございます。推測の域を出ない情報もありますので、新しく更新がされたらご報告させていただきます」
魔獣研究員や歴史研究員たちに徹夜で作らせた分厚い資料を見せる。護衛の一人がそれを受け取り、イルデット王子に渡す。彼はぱらぱらと興味なさげにめくった。
ほとんど目が通していない。すべてをこの場で読めとは言わないが、せめて興味のあるポーズぐらいは取ればよいのにとスレイドは思わなくもない。
「手短に説明せよ」
「は」
これは国の存続に関わる事案であり、手短で済むような内容ではない。どれほど重要なことなのか分かっているのか――。
部下相手ならそう叱責していただろう。だが、目の前にいるのは一国の権力者だ。つまらない情動に流されて今の地位を失うわけにはいかない。
スレイドは表情を崩さず、言う。
「暗黒竜はこれまで一度たりとも目覚めることはありませんでした。その予兆すらも確認されていません。非常に強い封印によって暗黒竜は自身が動けることも忘れて眠り続けています」
言葉を切り、イルデット王子の様子を伺う。
しかし何の反応も示さないので続けた。
「ではなぜ今回、動いたのか? 答えはごく簡単なものです。暗黒竜の封印が弱まっているのです」
あたりから息をのむ音がした。
王宮にいる者にとっては関係のない話ではないのだ。むしろこの反応が正しい。
暗黒竜に対抗できる力はどのくらいなのか、もはや想像することも難しい。大災害ともいえる被害を出すであろう。その対抗策が思い浮かばない。
想像できないということは対策を取れていないということである。
慢心であった。これまで一度もそのような不測の事態が起きていなかったからこそ、だ。
例えば――
「何故だ? どうして今封印が弱まった?」
「聖女様が不在にされているためかと思われます」
――『聖女が追放される』という事態など、だれも予想も出来なかった。
聖女の務めの一つとして、毎朝欠かさず『鎮めの庭』にて祈りを捧げ、その封印が破られぬように手を加えて、補修されてきた。強すぎる魔法陣に触れることができるのは女神のちからを持つ者以外いない。
聖女の存在によって国は守られ、繁栄してきた。ただのお飾りではないのだ。
それを追い出したのは目の前にふんぞり返って座るバカである。
「だが、『女神の輝石』は国にある。あの成り損ないはただの抜け殻だ。居ても居なくても同じようなものではないか?」
「……勇者あってこそ聖剣が真価を発揮するように、聖女あってこそ『女神の輝石』がちからを出すのです。分離していては、効果はないかと」
「他に聖女候補は?」
「いません。適性のあるものを見繕っている段階です。無理に選んだとしても未熟ですから儀式の負荷で死亡するでしょう」
「ではどうすればいいというのだ?」
怒気を含んだ声に萎縮する秘書を目で制しながらスレイドはため息をついた。
どうすればいいかなど、専門家が膝を突き合わせても未だ案が出てこない。聞きたいのはスレイドのほうだたった。
「一つ、確実な手はございます。追放したパメラ・ドゥーを呼び戻すことです」
「でもそれは危険でしょう?」
今まで完全に無視をしていた、イルデット王子の横に居座る女が口を開いた。
「私の予知だとあの人は国を焦土化させていました。呼び戻して国が危なくなったら誰が責任を取るんですか?」
「……」
「あなた一人でどうにかなるものでもないでしょう? 国に呼び戻すことは反対です」
「そうですね。質問を一つさせてくださいませ、リカコ・ニシオ様。その予知は、変わりましたか?」
言いたいことをすべて飲みこみ、スレイドは問いかける。
異邦人が「予知能力」を持っているというのはすでに調べはついていた。これまで身を寄せていた先の貴族たちが揃って証言していたからだ。偽装も考えにくい。
だがパメラ・ドゥーが追放された理由にもなった『国を滅ぼす』という予言は疑問視する声も多い。
彼女は【強制服従】をかけられているのだ。命令者も国にダメージを与えるような命令などすれば自分の仕事と住処を失う。誰も好き好んでするはずがない。
未来を追放により変えることができたというのであれば判断を呑み込むしかないが、予知が依然として同じ未来を示していたなら……追放は間違えていたことになる。
虚偽の予知でも、本物の予知でも国の未来は最悪であることは間違いない。
「……変わりました。平和な国が視えます」
わずかな間。見開き、逸らされた目。
長年の勘でスレイドは嘘だと見破る。隣の王子は気づかないようだが。
異邦人の言葉を聞き、イルデット王子は表情を明るくさせる。一片も疑っていないのだ。
「おとぎ話に縋る時代は終わりだ。この国のカビ臭い儀式をどうにかしたいと思っていたんだ、聖女など必要ないことを俺の代で証明しよう」
王が聞けばその場で斬り捨てられていただろう。
だが、その王は妃を失ったショックで床に伏せている。今、イルデット王子を止めるものはいない。
「しかし先に暗黒竜の処理をしなければならないか。暗黒竜の封印強化は魔法使いたちで代用可能か?」
「……おそらくは」
出来なくはない。
何人、魔法使いが死ぬのかわからないが。
「ではそうせよ」
「私からも提案がございます」
「なんだ」
「パメラ・ドゥーの動向を見張ることは可能でしょうか? 不安要素を潰す意味合いでも必要かと思われます」
「どこぞで生ける屍となっているだろうがな。許可する」
「は。ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
王子たちがその場を去ったのを確認してスレイドも秘書を伴い謁見の間を出る。しばらく無言で歩く中で、おずおずと秘書が口を開いた。
「レカンブル様、なぜ聖女様を見張るなどと……?」
「ここでは言うな」
鋭く言葉を制す。
誰にもバレてはならないことだからだ。
スレイドは追放を受けたパメラを、極秘に私兵を使い追跡させていた。
だが数が少なかったことと、思わぬ闖入者(爆炎ババアとかいう老婆らしい)によって彼女の痕跡は途絶えてしまった。
だが【強制服従】で行けるところはないだろう。逃走を図ったというのも命令を続けようとした結果だと考えている。
兵の数を増やせばパメラは見つかり、手に入るはずだ。
スレイドも命令者のひとりである。
バカな王子と違い聖女としてのちからを十二分に使わせることができると自負している。
ソボ大臣は『女神の輝石』を外したとのことであったが、賄賂を使い当時パメラの身支度をしていたメイドに聞けばしっかり埋め込まれていたとのことだ。ソボ大臣とは腹の読み合いをするとして――まだ女神のちからはパメラに宿っていることが判明した。
国の王となるには聖女なしではあり得ない。しかし王子自らが手放したならこのチャンスを生かすしかない。
「バカに使われるのはごめんだ……。私が上に立てば国は良くなる……」
口の中でつぶやく。
国が滅ぼされるという未来も、パメラをうまく運用すれば回避できるものだろう。
最後に笑うのは自分だとスレイドは疑いもしなかった。
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