万引きGメン

「とにかく現認が大事だ。思い込みだけで動くな。相手の方が上かもしれない、とは常に考えておけよ」

 俺は研修中の新人に注意した。

「万引き──窃盗犯は繰り返すことが多い。再犯率は25%近くになるからな。場数を踏んでいるやつもいる」

「僕はてっきりって人が多いのかと思ってましたよ」

「何言ってんだ。盗む奴は最初から盗むつもりで来てんだよ。万引きは高齢者が多いんだ。分別つきまくってる年だろうが」

「そうなんですか」

「まあ、中には盗癖になっちゃってる人もいてだな……。何度捕まっても自分でも抑えられないって病気の人もいる」

「いろんな人がいますねえ……」

「これは俺が経験したことだが──お婆さんが牛肉と調味料と、あと三点ぐらいあったかな、を万引きしたんだ。店を出たところで事務所に来てもらったんだよ。そしたら割ときちんとした身なりのお婆さんがいきなり土下座してさ、すみませんすみませんって謝るんだよ」

「なかなかきついですね」

「それで名前と住所と連絡先、聞き出したんだけどそのお婆さん、絶対電話しないでくれっていうんだ。長男の家に住まわせてもらっているのでこんなこと知られたら追い出されるって。そしたら、様子がおかしいんだよ。そのまま床に倒れちゃってさ」

「何か持病があったんですかね」

「ああ。慌てて救急車呼んだんだけど、心臓麻痺起こしちゃっててね。バレたのがショックだったのかな。そのまま亡くなったらしいんだ」

「うわあ」

「さっき聞いた連絡先に電話してもさ、デタラメだったんだ。名前も住所も電話番号も。後で警察の人に聞いたんだけど、お婆さん旦那さんと、長男の夫婦にその子供で持ち家に住んでて。持ってた財布にも2万円ちょい入ってた。ぜんぜん万引きする理由がないんだよな。ただ手口が常習者のそれだったから、何回もやってることは確かだ。うちの店とは限らんが」

「たまったもんじゃないですね……」

「まあ、そういうのはレアケースだけど」

 と俺は棚の商品をつかんでいこうとする半ば透き通った腕を払いのけた。

 新人が真っ青な顔をしているのに気づいて、忠告する。

「……なんだお前、見えるのか。そのお婆さん時々うちの店に来るんだよ。癖の悪いのは死ぬまで治らない──とかいうけど、死んでも治らないやつもいるのさ。気をつけな」



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