窓の外
早く眠りの底に落ちたい。意識を失うように、深く。しかし、あの音が窓ガラスを叩いた。小石をぶつけるような音が。
一つ。三拍置いて、また。
真理子がまだ高校生のときに、両親に隠れて会うために圭介がやっていたもの。その頃は待ち望んですらいた、恋人からの合図だ。
真理子はベッドの中で頭を抱える。圭介はもう死んだのだ。三年も前に、バイクの事故で。
「どうしたの真理子、元気ないねえ」
「うん、ちょっとよく眠れなくて」
同僚の
「引きずってんだ、前の彼氏。よっぽど好きだったんだぁ。あ、ごめん。余計なお世話だよね」
「べつにいいよ」
「今度の休みに温泉に行かない? 気分転換に、さ」
確かに部屋で夜ごとあの音を聞いているよりは、精神衛生上ずっといいだろう。
「行きたい。じゃあ、どこにする?」
「はぁー、極楽極楽」
山奥の、あまり有名過ぎない温泉地。そこを代表するホテルが建っていて、その八階に部屋を取った。
真理子と芳美はさっそく露天風呂に入る。
こんなにリラックスできたのは何日ぶりだろう。誘ってくれた芳美に感謝しなくちゃ、
お膳の食事を終え、ホテル内のカラオケルームで騒いで、ようやく寝るか、という時間になった。
こつり。三拍置いて、こつり。
真理子はキレた。頭に来ていたので、ここが八階だってことを忘れていた。窓を開け放つ。
「うるさい! こんなとこまでついてくんな!!」
黒々とした山を背景に、白い手が宙に浮いていた。数えきれないほどの白い腕。真理子の腕を掴もうとしてくる。圭介じゃない。おそらく昔にどこかで見、その真似をして真理子を死に引き込もうとする悪霊たちだ。
腕を掴まれ、窓から外へ引っ張られる。八階から転落したら助からない。必死で
芳美だと思った。しかし、ちらりと見えるベッドには芳美が眠っているようだ。
しっかりと掴んで離さないその主は──圭介。
悪霊たちの手が、諦めたように力を失っていく。
圭介の口が動いた。それは『よかった』といっているようだった。そうして、幽霊は消えた。
真理子はその場にへたり込む。ありがとう、と小さく呟いた。
その日を境に、窓を叩く音は止んだ。
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