第3話 安定

何度か勤務中に、大学生と結月の似たようなやり取りがあった。


僕は2人社員の余り喋らない方の社員。

結月とだけは普通に話す。

他はあまり話さない。必要最低限。


ある日僕からあの男子大学生に話しかけた。


「あのさ、」

「なんですか?」

「遊塚誘うのそろそろやめたら?」

「え?なんでですか?嫌がってないし」

「聞いてる方が嫌になる。あいつを彼氏から寝取って幸せにできるならやれ。でもただ可愛いからとか、遊びたいだけならやめとけ。それこそ、結婚とか出来る?」

「いや……それは……。」


事務所の扉の前に居た結月がその時入ってきた。


「北風さん。私、結婚したいです。今の彼と。」


「ほら。な?」

「なんだ。ほんとにだめなやつですね。…残念です。」




――――――――――――数日後。


僕は結月のご両親にご挨拶に行った。


先ずは付き合い始めた旨を伝えたくて。

その期間にご両親に可愛がって頂こうと思ったのもあった。


結月のお父さんは最初驚いてた。


「は、はぁ。あぁ、結婚とかじゃないんですね?」

「そうです。まずはご了承の元、お付き合いさせて頂きたくご挨拶でした。さすがに初対面でそれは失礼なので。」


と言うと、


「それならまぁね。」とご両親。


「少しづつゆっくり同じ道筋に行けたらと思ってます。結月さんは?」と僕が聞くと、


「私もそうかな。焦っては無いよ。だから今日、涼ちゃんと会いに来たから。」と少し笑って答えた。



「ちなみに、私は親が両親ともに他界してますので先々顔合わせや、そういう類のものは必要ありません。宜しくお願いします。」


と言うと、



「苦労したのね」とお義母さん。

「いいえ。親戚に育ててもらったので不自由はなかったです。なので、お気になさらないでください。でも、先々気になるのは、子供を育てるにあたって僕の方が頼れないということですね…。」


僕が少し暗い顔をすると、


「実質内孫になるわけでしよ?ならうちにとってはいいんじゃない?婿に入ってもいいわけだし。」

「……あぁ、まぁね。それは考えてなかったけど、こだわりは特にないかな。」


「うん。まぁでもすぐすぐじゃないからさ。ちゃんと考えて動いて行こうよ。」と結月。


「そうだね。でもあれだよ。俺が即決しないのは、結月ゆづの事を思っての事だからね?思いや目標は持つのはいいことだけどそれに縛られちゃいけない。俺よりいい人が現れたらそっちに行くこともしっかり考えて欲しいからさ。」


「じゃあさ、もし歳近くてすぐにでも結婚したいって人が現れたら涼太はすぐ結婚する?」

「しない。だって俺には結月がいるし、こんな可愛い子置いて他はいけないし行かない。」

「あたしもそう。涼ちゃん言ってくれたじゃん。車の中で。付き合うとかなんもなってない時に『ずっと一緒にいたい』って。だからあたしはどこに行く気もない。」


「ありがとう。結月ゆづ。」

「いいえ。…ということで2人がどう思ってるかはわかんないけど、あたしはこのまま続けるからね。」





―――――――――僕らはそれから同棲を始めた。



それから暫くして、僕は職場の地下に行ったきり帰ってこないということが起きた。



結月が18時に出勤してすぐに僕が居ないことに気付いた。

そして迷わず地下に来た。


薄暗い部屋で座り込んで動かない僕を見つけて、すぐに抱き寄せた。


「見つけた。」

「うん」

「涼ちゃん。」

「ん?」

「あたし来たからもう大丈夫。」

「うん。」

「歩ける?」

「大丈夫。。ごめん。」

「頑張ったね。えらかったよ。」

「……。」

「嫌じゃないはず。」

「嫌じゃない。」


数日前、突如としてもう一人の社員が辞めた。

有給消化を始めて僕が一番苦手とするコミュニケーションを色んな従業員と取らなければいけなくなった。


その人その人に合わせて話をすることに疲れてしまって、ここに閉じこもった。



結月と一緒に事務所へ戻ると、オーナーがそこに居た。


「涼太、お前さっさと籍入れちまえ。結月、学校やめろとは言わない。それはお前がしっかり自分で決めろ。でもその後はこいつのそばに居てやれ。」


オーナーが椅子に座って腕を組みながら僕に話した。



「ちょっとごめんなさい。話が掴めなくて。」と僕が言うと、結月が話し出した。


「勝手に決めてごめん。親にも話した。涼太の事見てたいから。だから、大学辞めて結婚して、この店に入る。見てられない。」


「何言ってんの。好きな事していいけど、俺に振り回されるのだけはやめろ。後悔すんぞ。」


「しない。するならもうしてる。最初に涼ちゃんに抱かれたその日に後悔してる。でも次の日も居たよね?その次の日も。あたしの親にも話に来てくれたよね?付き合いたいって。その許しが欲しいって。うちの親も言ってた。『あの子は不器用そうだね』って。でも、『ちゃんとしようとしてる。ちゃんとしようとして疲れちゃう子だねって。…あとはあんたが寄り添えるかどうかだよ』って。」


「……。ゆづは?いいの?」

「いいに決まってんじゃん。あたしは決めたら曲げない。涼ちゃんが一番知ってるでしょ?」



僕はオーナーが居ることも忘れて、

結月を抱き寄せた。


「ゆづ……。」

「大丈夫。あたし居るから。オーナーだって、涼太が頑張ってるの知ってるよ?『あんなペラペラ喋れるやつじゃないのに』って。だから、今日、涼太が出てこなくてもここで待っててくれたんだよ?」


「え?そうなの?」

「そうだよ?」


「あ、……オーナーすみません。ご迷惑おかけして」

「それはいい。自分の店だからな。お前に潰れられる方がこちらとしてはしんどい。」

「すみません。メンタル弱くて。」

「いやいや、人には得意と苦手があるからな。お前はそれを越えようとして努力してた。それは見ててわかるから。」


「すみません…。」

「涼太。素直に遊塚の事うけいれたらどうなのよ。」

「そうします…。結月。結婚しよ。……あ、指輪。ない。」

「前にもあったね。涼ちゃんと初めてドライブした日。でもいいよ。指輪は今度また一緒に選ぼ。

………あたしと結婚して。指輪は後でつけてあげるから。」


「ゆづ。ありがとう。」



――――――――閉店後。


「涼ちゃんには首輪でもあげるかな」

「え?」

「んー?嬉しいでしょ?」

「嬉しい。」



僕は10歳も下の女の子に宥め透かされ守られ愛されていた。

僕の体に包み込めるくらいの可愛い女の子が時として母親の様な姿を見せる。



遊塚 結月。彼女は小さいけど大きな女性だ。


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