第2話
全身が総毛立ち、身震いする。
寒いからでも恐ろしいからでもない。
ただただ、快感が駆け巡った。
それでも、気持ちとは逆に、言葉は否定する。
「ご、ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「私なんかが、あなたのような人を――」
肩から手が離れ、その細く白い人差し指が、後ろから私の唇に触れてきた。
口止めされた私だったけど、それどころではなかった。
興奮で息が荒くなっているのに、口を開くことを禁じられ、鼻で息をするしかなく、苦しくなっていく。
「そんなことないわ。だって、私もあなたのことを見て、同じように感じていたから」
「え、嘘――」
「嘘なんかじゃないわ。同じ気持ち――ここは天国でもあり、地獄でもある」
「ほ、本当に……」
「ええ、本当よ。ずっと、ここにその気持ちを溜め込んでいたのね」
唇を塞いでいた手はいつの間にか離れ、トントンと胸の間を叩く。
「同性が好きだからって、だれかれ好きになるわけじゃない。でも、まわりが自分のことを知らなくても、自分自身がそうだから、話すことを躊躇う。触れることに躊躇する。相手にその気がなくても、自分が勘違いしてしまいそうになるから」
本当にこの人は、私と同じだ。
「こうして触れているだけで、ドキドキが伝わってくる。でも、私もそうなのよ」
そう言って、噂の君が背中から抱きついてきた。
「な、何を――!」
「聴いて、感じて……私の、気持ち」
触れた背中から感じるのは、ほのかに柔らかい感触と、そして――激しく動悸する心臓の鼓動だった。
「ほら、ね。私もあなたと同じなのよ」
顔を首に埋める噂の君に、私はそれを受け入れるように顔を上げた。
「だから、イイこと、しましょ?」
言葉で返すことはできなかった。
ただ、抵抗を示さない。
それが、何よりも明確な返事となって、私は身を委ねるのだった。
「うっ――!」
首筋に、痛みが走る。
だけど、それに心地よさすら感じる。
やっぱり、私は変なんだ。
女の人にこんなことされて、それで感じてしまっている。
恥ずかしい。
そう思うのに、拒絶できない。
表向きは否定しても、心の奥底で望んでいたことが自分の身に起き、それに対して心が驚くほどに求めていて、私ははっきりと分かった。
私は、同性が好きだ、と。
「痛かった?」
「……いえ」
労わるような、それでいて嗜虐的な、蠱惑の声。
「じゃあ、もっとしてもいい?」
体に抱きつくようにして、噂の君が私の顔を覗き込む。
拒否できるはずないと分かっていて訊いてくるこの微笑みに、だけど私は逆らえない。
逆らう気も、ない。
ただ頷いて、だけど言葉にすることが恥ずかしくて、もっとしてと懇願する。
「あなたの肌、とってもキレイね」
私の左腕をなぞるようにして、噂の君が私の目の前で膝をつく。
校章にもなっている花模様のカフスを外し、噂の君が袖をまくる。
「ああ、やっぱり、綺麗だわ」
うっとりするような声音に、私はむしろあなたの方が――と思ってしまう。
「まだ穢れを知らない、無垢は肌」
噂の君が、手の甲に唇を触れさせる。
それだけで、全身に電気が流れたように私は体をびくつかせ、熱くなっていた。
見下ろす私の視線を感じたのか、噂の君が顔を伏せたまま、赤い瞳をこっちに向けてくる。
そして、触れた唇から、ぬるっとした感触が走った。
噂の君が小さな舌を私の肌に触れさせ、ちろちろと舐める。
「は……あぁ……」
抑えようとしても声が出てしまい、そんな自分が恥ずかしくて、身を縮こませる。
腕を返され、噂の君の唇が、手首へと這って行く。
心臓が高鳴り、血管がドクドクと脈打つ。
まるで、心音を聴き取るように、手首の動脈に唇を押し当てられる。
「感じるわ……あなたの気持ちが……」
「え……」
「興奮、してるでしょ?」
「――ッ!」
心を見透かされたかのような言葉に、私は驚き、その表情を見た噂の君が妖艶に笑む。
「いいの。ここではさらけ出していいの。私と、あなただけ、なのだから」
全身に力が入らず、噂の君に身を委ねる。
ぽとりと太股に落ちた左手。
そこから、噂の君の唇が、太股に移動する。
「え、あ、そこは――!」
ダメ――そう言いたいのに、言えない。
言ったら、やめてしまうから。
「校則を守るいい子ね。でも、今は邪魔ね」
膝を隠さなければならない校則は、今ではあってないようなもので、みんな、膝は見せる程度にはたくし上げている。
だけど、私はそんな女性生徒たちの膝を見るだけで意識してしまい、それに反発するように自分の膝は隠していた。
「あら、かわいい膝小僧ね」
スカートをたくし上げられ、膝を露にされる。
そこに噂の君が唇を触れさせ、舌を這わせる。
「ん……あ……それ、以上、は……あっ……」
「だったら、抵抗してみせて」
そんなことを言われたら、できなくなる。
それが分かっていて言っている。
噂の君が、太股の内側へ唇を這わせていく。
その動きに合わせ、私は命令されたわけでもなく、まるで自分から迎えいれるように脚を開いていった。
噂の君が視線を私へと向ける。
いい子ね――そう言うように。
自分でスカートを掴んで、噂の君の動きに合わせてたくし上げていく。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、座っていなかったら気を失って倒れてしまいそうなほど心臓がドクドクと高鳴って、その血の流れの勢いのせいか、まるで頭に心臓があるかのように、ドクドクと頭まで脈打ち始めた。
私はもう何も考えられなくて、ただ身を委ねていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
噂の君が、深いところへと潜り込むように、スカート越しに見えなくなる。
それが逆に、私の心を掻き乱し、興奮させた。
もう、だめ。
心臓が、もたない。
顔は見えないのに、唇が這う感触だけが、どこへ向かおうとしているのか私に伝えてくる。
――だめ、そこは、だめっ!
求めているのに、一線を越えてしまうと思った瞬間、私はいつの間にか快楽に身を委ねていたことに気づき、冷水を頭からかけられたように冷静になった。
「だ、だめ……」
それ以上は、だめだ。
自分が自分でなくなってしまう。
戻れなくなってしまう。
それでも、噂の君を拒絶することができず、私は心の中に罪悪感を抱きながら、ただ祈った。
これが、夢でありますように、と。
噂の君が、私の深奥へと到達する。
「―――――――――ッ!」
私は、声にならない声を上げ――堕ちた。
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