穴の中にはないが、君の中にはある。

エリー.ファー

穴の中にはないが、君の中にはある。

 その夜は酷く丁寧であり、寝苦しかった。

 暑かった、というわけではないのだ。

 悩み事が、頭を支配していた、というわけでもないのだ。

 ただ、その夜の僕と睡眠は非常に相性が悪かった。

 明日、何か予定がある。

 訳でもない。

 だからこそ、寝なくてもいいという選択肢が大きくなり、やたらに黒光りしていた。

 トイレに二度行った。

 しかし、眠くはならない。

 窓をあけて網戸にしてみた。

 しかし、眠くはならない。

 誰かに電話をしてみようかと思った。

 しかし。

 現在の時刻を考え、迷惑がかかるだろうと分かるくらいの常識は持ち合わせている。

 僕は。

 僕を支配する夜と共に時間を過ごすことを心に決めた。



「あなたは、誰ですか」

「夜の神だ」

「何を考えているのですか」

「人間について考えている」

「人間について考えたところで、無意味でしょう」

「何故、そう思う」

「人間は常に夜を考えている。つまり、人間の頭の中はあなたのことでいっぱいだ」

「覗く意味もない、そういうことか」



 僕は夜を見つめていた。

 涼やかな夜だった。

 静かではなかったが、満足できる夜だった。

 次の日の朝、祖母が冷たくなっていた。

 僕は泣いた。

 そして、その夜も寝た。



「僕は夜について考えてしまうのです」

「病気だな」

「でも、そんな病にかかっている自分が好きなのです」

「可哀そうに」

「えぇ、自分のことながら不憫に思います」

「他に、何か言いたいことはあるか」

「何も、ありません」



 僕は夢を見た。

 しかし。

 目は覚めていた。

 夜ではなかった。

 しかし。

 すぐに夜になった。

 そのうち、僕は僕であることを忘れてしまった。

 しかし。

 僕が死体となって見つかった報告は受けていない。



「面白い映画を観ていたら夜を忘れてしまいました」

「時間を忘れる、と言うべきだ」

「映画と夜と時間は、関係しあっているのですか」

「その通りだ」

「その関係は、いつか解消されますか」

「死によって解き放たれるのだ」



 また死体が見つかった。

 犯罪者ばかりが住む夜なのだから、致し方ない。

 いずれ、世界は歪んだ形で完結するだろう。

 ネオンライトの中に見えるのは裸の液体だった。



「ただの戯言さ」

「分かってる。基本的に、お前の言葉なんて興味もない。知りたいことは、一つだ。証拠はどこにある」

「ないよ」

「ない、だと」

「最初からないんだ」

「バカをいうな」

「俺は冤罪なんだ」

「分かってる。分ってるよ。もう、いいんだ。疲れた。どうせ、俺の無実を信じる人間なんて出てきやしない」

「お前は有罪だ」

「もう、それでいい」

「それでいい、じゃない。それに、なるんだ」



 またも、夜が来た。

 飽き飽きしているのに、夜は勝手にやって来た。

 呼んでもいないのに現れて。

 裾を掴んでも去っていく。

 間もなく、夜が終わる。

 そして、夜の前触れがやって来る。



「夜を捕まえてインタビューをしようと思います」

「やめておけ」

「どうしてですか」

「どうしてもだ」

「とにかく、僕は夜を詳しく知りたいんです」

「あんなもの、知ってどうする」

「満足します」

「満足だけが目的なら、きっと後悔する」

「後悔したいんです」

「良い考え方だ。それな行ってこい」

「ありがとうございます」

「その前に、遺書を書け」

「何故ですか」

「何でだと思う」

「僕は、死ぬんですか」



 夜は、不幸になりたがる人間たちのためのものです。

 大丈夫。

 ちゃんと平等に。

 みんな殺します。

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