楽しむためには安全は必須!

 今日はソルを見かけないので、冒険者活動は休むことにする。

 1人で活動してもいいが、2人の時より楽しさは減る感覚があるからな。せっかくだから、ソルと一緒がいい。


「さて、今日はお出かけだな。食べ歩きでもしてみるか。プログスープ以外にも、美味しいものはあるはずだ」


 せっかくこの世界に転生したのだから、『エイリスワールド』のすべてを味わい尽くしたい。

 そう考えたら、冒険しない時間というのも大切だな。世界観というか、文化を知るいいきっかけになる。

 街の中心にある噴水にはカップルたちが多くいて、きっとデートの定番の場所なのだろう。

 ミリアに買ってもらった服のおかげで、ここにいても違和感は少ない気がする。


 男は相変わらず少ないが、それでもカップルがある程度できあがるくらいには居るんだな。

 そうなると、男が守られるようになった理由が気になる。数が少ない以外にも理由があったりするのだろうか。

 まあ、俺が冒険を楽しむ上では何の関係もない話ではあるのだが。設定資料集を読みたい的な感覚だよな。


「お、串焼き肉か。美味しそうだな。行ってみるか」


 モーレツビーフの串焼きと書いてある。そういえば、文字は読めるんだな。日本語で書かれている。

 あるいは、日本語のように認識しているだけで、別言語を脳内か何かで翻訳しているのか。

 後者の方だと、どうやって検証すれば良いのだろう。俺にはよく分からない。

 まあいい。気にしすぎても仕方ないよな。楽しむことが最優先だ。


「すみません。モーレツビーフの串焼きをください」


「おう、坊っちゃん! うちの肉はうまいよ! せっかくだから、1本サービスしてやるよ!」


「ありがとうございます。楽しみですね」


「ああ、楽しんでくれ! それで、うまかったらまた来てくれよ!」


 うまかったら、というセリフは結構好きだ。店主の中にある自信の現れなのだろうな。

 適当なベンチを見つけて、座りながら食べていく。うん。ジューシーだし柔らかいし、何より肉を食べているという実感がある。美味しいな。

 じっくりと味わいながら食べていたが、すぐに無くなってしまった。


「美味しかったな。それにしても、ポカポカしてるし眠くなってきたな」


 ベンチに座っていることも相まって、とても昼寝には心地よさそうだ。

 せっかくだからとのんびりウトウトしていると、突然大きな声が聞こえてきた。


「クリスさん! 大変です! ソルさんが死んじゃう未来が見えたです!」


「エリカさん……? ソルさんが死ぬ……? 死ぬ!? どういう状況ですか!?」


 大変だ! こんなところで寝ている場合じゃない! すぐにでも助けに行かないと!

 いや、今すぐなのか? 今すぐに決まってるか。そうじゃなきゃエリカが慌てる理由がない。

 そもそもなんで死ぬと分かった? いや、エリカは占い師だ。疑う必要はない。


「ソノ二の洞窟は知ってるですか? そこにソルさんが1人で向かってるです!」


 ソロ攻略だって!? 縛りプレイの領域じゃないか! 俺だって何度もリセットしたのに!

 なら、本当に急がないと! ソルが死んだら、この先きっと俺は冒険を楽しめない! そんな未来は絶対に嫌だ!


「エリカさん、ありがとうございました。急ぐのでもう行きますね」


「武運を祈っているです、クリスさん」


 インベントリから装備を整えて、全力でソノ二の洞窟まで走っていく。

 ソルが傷ついている可能性を考えたら、回復スキルは使いたい。なら、サクリファイスヒールが使えるだけのHPを残しておかないと。

 まあ、そこまでHPは必要ない。ソルのHPはあまり高くないはずだから。俺のHPをそのままソルのHPに変換するだけだからな。


「急げ、急げ! どこまでスキルは使って良い? ほとんどの技はHP消費だ。ソルを回復する分を残すとして、どれだけのペースで使える?」


 ああ、大変だ。考えることが多い。それでも、思考を止める訳にはいかない。ソルの命がかかっているんだ。雑なことをする訳にはいかない。

 幸い、ソノ二の洞窟はチカバの洞窟のモンスターのレベルが上がっただけ。今の俺なら楽勝だ。


「邪魔だ! カースウェポン!」


 カースウェポンはHPを消費する代わりに攻撃力が高い。このあたりの敵なら、絶対に一撃で倒せる。剣を叩きつけるだけで、ボスだって倒せるだろう。

 だが、使いすぎればソルを回復するだけのコストを支払えなくなる。よし、どうしても進路上にいる敵にだけカースウェポンを使おう。


「こいつは通常攻撃でいい。こいつは無視で良い。ああ、もう! 正面に立つな! カースウェポン!」


 どれだけ時間が残っている。急がないと間に合わないかもしれない。ああ、エリカに制限時間を聞いておけば良かった。

 だが、後悔している時間はない。すぐにでもソルの元へ向かわないと。

 どんどんモンスターを切り捨てていき、やがて戦闘音らしきものが聞こえた。そちらを見る。


「見つけた! ソルさん!」


 ソルの体はボロボロだ。今すぐにでも回復しないとマズい。

 全力でソルの元へ駆け寄っていき、回復スキルを使用する。


「いま助けます! サクリファイスヒール!」


 とりあえず、ソルの顔色は良くなった。あとは、ハイゴブリンを倒すだけ。でも、簡単だ。カースウェポンはHPを1残してくれる。その上、HP1でも放てるんだ。

 だから、もう何も考えなくて良い。ただ攻撃をぶつけるだけで。


「食らえ! カースウェポン!」


 案の定、ハイゴブリンは簡単に倒れていく。これでソルは無事で済む。そう分かって、ほっと息をついた。


「ソルさん、ご無事で良かったです。もう、こんな危ない事はしないでください。ソルさんが傷ついたら、もし死んだら。ボクは泣くだけじゃ済まないですから」


「ああ、悪かったよ、クリス……情けないな。無様な姿ばかり見せて」


「気にしないでください。ボク達はパーティなんですから。迷惑をかけることも、かけられることもあるでしょう」


「アタシが迷惑をかけてるだけじゃないのか?」


「これから、きっとボクだって迷惑をかけます。だから、その時には許してくれると嬉しいです」


「分かったよ。お前には敵わないな。これからも、よろしく頼む」


 ああ、無事に済んで良かった。ソルは少しヘコんでいるみたいだし、なにか元気づけられればいいけど。

 とはいえ、今すぐには無理だろう。ゆっくり考えておくか。



――――――



 ソルが助けられて、冒険者組合に報告して、クリスが去った後。

 受付嬢のミリア、占い師のエリカ、そしてソルで話をしていた。


「良かったです。ソルさんが無事で。じゃなきゃ、クリスさんが沈んでいたですから。それにしても、なっさけないことですね、ソルさん」


「まあまあ、そこまで言わなくても、エリカさん。2人とも無事だったんですし、それでいいじゃないですか」


「ミリアさんは状況を分かっていて言っているですよね。そんな甘さが、今の状況を生んだんじゃないですか?」


「どういうことなんだ、2人共」


 ソルは思わず問いかけてしまう。その答えが、さらなる絶望をまねくとも知らずに。

 ただでさえ、自分の先走った行動に感じていた情けなさに、もっと強い感情が襲いかかるとも知らずに。


「クリスさんは、ここに帰ってきた時には瀕死だったんです。つまり、HPがほとんど残っていなかった。なぜかは知りませんが」


「補足するです。クリスさんのサクリファイスヒールは自分のHPを犠牲に他者のHPを回復する技です。カースウェポンはHPが減る代わりに攻撃力が増す技です」


「な、エリカ、それって……」


 要するに、クリスは自らの犠牲でソルを助けていた。ソル自身が自分の不安に耐えきれず無茶をしたからこそ、余計にクリスを傷つけることになった。

 ソルはあまりの不甲斐なさに死んでしまいたいくらいだったが、死ねばクリスの献身は無駄になる。

 今のソルには、自分が何をしたいのか、何をすれば良いのか、まったく分からなかった。


 一人になって、うずくまって、最後にポツリとこぼす。


「アタシは自分が憎いよ。でも、命を捨てる訳にはいかない。どうすれば良いんだ……」

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