モンスターを倒すのは最高に楽しいぞ!
これから俺は最初のダンジョンであるチカバの洞窟で、初めての冒険をする。楽しみだ。
だけど、その前に準備が必要だよな。装備は完全に整っている。この世界では、間違いなく最強だ。
つまり、後は道具だ。MPポーションを買っておきたい。スキルが打てなくなったらおしまいだからな。
さあ、道具屋に向かわないとな。そういえば、荷物はどうやって持つのだろう。インベントリって、どう使うんだ?
教えてもらえばいいか。世間知らずだということは、きっとそこまで問題にならないはず。
道具屋にたどり着くと、欲しい物を探していく。
「お客さん、冒険者だね? なにか入り用かい?」
「そうですね、MPポーションがほしいです。これで買えるだけもらえますか?」
「あんた、この辺で見ないってことは、駆け出し冒険者だろう? ポーションは買わなくていいのかい?」
「大丈夫です。ちゃんと死なないように気をつけるので。それに、ボクはけっこう強いので」
「そんな格好をしていて、本当に大丈夫かい? 敵の攻撃をかわせるのかい?」
心配してくれるのは嬉しいけど、別にポーションはいらない。
俺の体は『肉壁三号』のものである以上、ここいらのモンスターに万が一攻撃を受けたところで、なんの問題もないから。
それよりも、スキルが打てない心配のほうが大事だ。もしもイレギュラーがあったところで、スキルを打てればどうにでもできる。
俺のビルドは低HPで機能するものだから、回復ポーションはむしろ邪魔だ。
せっかくのスキルの大部分が弱体化してしまうのだから。しっかりとHPを減らすことが大事になるんだ。
まあ、このあたりの敵でHPが減ることなんて、まず無いだろうが。
万が一の事態の時は、全力でHPを減らさないとな。俺のビルドが機能しないと、敵を倒せない。
「そんなに心配しなくてもいいです。ちゃんとするので」
「ならいいけど……冒険者は命あっての物種だからね。生きてさえいれば、どうにかなる。可愛い男の子なんだから、余計にね」
可愛い男の子というのは、むしろデメリットじゃなかろうか。この街に女の人が多いことと関係があるのだろうか。
ある可能性が思い浮かんだけど、さすがに妄想のたぐいだと思う。まあ、事実だったところで俺のやることは変わらない。全力で冒険するだけ。
「分かりました。じゃあ、MPポーションを渡してください」
「ああ。10個になるよ。あんた可愛いから、おまけしておいたよ」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきますね。あ、そうだ。荷物はどうすればいいですか?」
「念じればいいよ。そうすれば、勝手に収納される。気をつけてね。あんたの武運を祈っているよ」
MPポーションの補充を済ませた俺。そうして、俺はチュートリアルダンジョン、チカバの洞窟へと向かう。
プログの街のすぐ近くにあって、基本的な戦い方が学べる場所だ。
とはいえ、ボスで負けることもあった。ちゃんと戦わないと死ぬ。そう教える役割があったんだろう。
「さあ、冒険の始まりだ……! 全力で楽しむぞ!」
俺の大好きな『セブンクエスト』。その世界にいるんだから、楽しまなくちゃ嘘だよな。
もし来世があるのならば、『セブンクエスト』がいいってずっと思ってたんだから。
その夢が叶ったんだから、どんな障害だって乗り越えてみせる。『肉壁三号』のスペックなら、ラスボスどころか裏ボスだって楽勝だろうけれど。
チカバの洞窟には、数種類のモンスターが居る。どいつもこいつもただのザコだ。
ゴブリン、オオカミ、スライムあたりの、定番のザコがそろっている。
ただ、ここで戦い方を学べないと、次の街で容赦なく殺されるんだよな。いくらでも成長させられるから、詰みはしなかったが。
ゆっくりと辺りを見ながら歩いていると、まず初めの敵に出会った。緑色の、小人のような小汚い存在。
「ゴブリンか。楽勝だな。というか、どの敵でも楽勝だろうけど」
防御力は999ある。『セブンクエスト』では、攻撃を受ければ受けるほど防御力が上がったから、何度も敵の攻撃を受けたものだ。
攻撃をすれば攻撃力が上がるし、魔法を打てば魔力が上がる。
レベルは別に存在してはいたけど、結局ビルドを完成させる最大の難関はステータスだった。
俺のこだわりとして、ビルドにふさわしいステータスだけをしっかり上げていくというものがある。
今の俺は、防御力と魔法防御とHPはカンストしていて、他はほどほどだ。
だから、何も心配する必要はないだろう。狙って上昇させてはいないとはいえ、素早さだって高いからな。先制してしまえば、敵の攻撃は受けなくて済むだろう。
「さて、俺の攻撃は当たるかなっと!」
器用さも素早さも、このあたりの敵相手ならなんの問題もない。というか、裏ボス相手でも倒せる。
だから、モンスターへの恐れはない。だって、絶対に勝てるからな。
実際に剣を振り下ろして攻撃すると、簡単にゴブリンは倒れていった。
「うん、楽勝だな! これなら、この世界では何にも恐れなくていい。存分に楽しんで良いんだ!」
最高の気分だった。モンスター相手にうまくいかなかったら、きっと俺は死すら望んでいたと思う。
この世界で戦闘を楽しめないなんて、あまりにもつまらないから。
俺は順調にスライムやオオカミや他のモンスターも倒していけた。
苦戦しないことだけは、少しだけもったいない気もするけど。命がかかっていたら素直に楽しめないか。
だから、楽勝で良いんだ。 『セブンクエスト』の世界、つまり今俺が生きている世界である『エイリスワールド』では、世界観を楽しむという遊びだってあるのだから。
「さあ、後はボスだけだ! ハイゴブリン、出てこい!」
そして俺はチカバの洞窟のボスである、ハイゴブリンと戦うことにした。角が生えているだけのゴブリンだ。ただ、初心者の頃は段違いの強さだった。
とはいえ、どうせ楽勝だから、何も心配していない。
そうだな。ただボスを倒すだけじゃつまらないから、能力を上げるか。
俺のこだわりで、防御以外の能力はあまり上げてこなかった。だけど、せっかくだからカンストさせたい。
今回は、何回か敵の攻撃を回避してから倒そう。少しだけでも回避を上げたいからな。
「おっ、やってきたな! さあ、俺のステータスになってくれよ!」
ハイゴブリンは剣を構えてこちらに切りかかってくる。
俺が回避しようと考えると、体は勝手に理想通りに動く。きっとゲームのステータスが生きているんだ。
何度か適当にハイゴブリンの剣技をかわしていく。
「ほら、当ててみろって! お前のステータスじゃ当たらないけどな!」
こんな挑発、モンスター相手じゃないとできない。ただの経験値でしかない相手だからこそだ。
きっと、他の冒険者だってミリアのように生きている。だから、人相手に接する気持ちじゃないといけないからな。
それからも何度かハイゴブリンの攻撃をかわし続け、そろそろ飽きてきたので攻撃に移る。
スキルを使うまでもなく、簡単に一撃で倒すことができた。
「まあ、ハイゴブリンならこんなものか。死にたくないし、苦戦するような敵は嫌だけど、スキルを使わなきゃ倒せない敵くらいには会いたいよな」
せっかく『肉壁三号』の体に憑依したのだから、このビルドを存分に楽しみたいからな。
まあ、もっと強い敵の出る街に向かえば、嫌でもスキルを使う必要が出る。
「そうだ、魔王を倒そう! それくらいの敵なら、スキルを全力で使えるよな!」
それに、この世界では魔王の脅威に人々が怯えているという設定だったはず。
もしかしたら、俺が倒したことになっているのかもしれないが。それなら、普通に冒険者として生きるだけだ。
それから、プログの街の冒険者組合へと帰っていった。ミリアが出迎えてくれる。始めはもっとキツめの印象だったが、今は柔らかい顔だな。
クリスは優しい子という設定なんだから、それっぽいことを言っておかないと。
「おかえりなさい、クリスさん。今回の冒険はどうでしたか?」
「素材、これ。いっぱい倒しました」
素材はなんか収納できたので、倒した分だけ集めていった。これなら、最低限のお金は足りるだろう。
「なるほど。たくさん倒されたのですね。あら、ボスまで倒したんですか? 無茶はしませんでしたか?」
「大丈夫です。簡単でした。それに、みんなが喜んでくれますから。素材がいっぱいあれば」
「皆さんに喜んでほしいんですか? ところで、クリスさんは何のために冒険者になったんですか?」
「魔王を倒すためです。そうすれば、みんな幸せでしょう?」
「そうなんですね。ですが、無理はしないでくださいね。クリスさんに何かあれば、私は悲しいですから」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です。心配はいりません」
「気をつけてくださいね。それで、今回の報酬です。宿に紹介状を書いておきましたので、そこで泊まってくださいね」
いたれりつくせりだ。ありがたい。今後もミリアにお世話になるだろうから、しっかり挨拶しておくか。
「ミリアさん、ありがとうございます。とても親切にしていただいて。この恩は、ずっと忘れません」
「いえ、お気になさらず。これが仕事ですから。では、クリスさん、お元気で」
そして俺は宿へと向かっていった。快適な宿に泊まることができて、とても嬉しい。
ああ、この世界に転生できてよかった。これなら、俺はずっと幸せだな。
――――――
クリスが初めての冒険に出かけようとしたころ。
ミリアはクリスの様子が気になって、部下に彼の行動を調査させていた。
クリスはどう考えてもろくな過去を持っていない。だから、とても心配な気持ちでいっぱいだったからだ。
そして、報告を受けたときに、自分の感覚が正しいと確信する。
なぜなら、クリスはMPポーションだけを購入し、ポーションを買っていなかったからだ。
つまり、クリスは自分自身の命を大切にしていない。モンスターを殺すためだけに、すべての力を尽くしているのだろう。
きっと、これまでの過去から、自分を大事にすることを学べなかったのだろう。そう考えただけで、ミリアは壁を殴りたいような気持ちでいっぱいだった。
「ああ、どうして。クリスさんが何をしたというんですか。あんな格好をして、一直線に戦って。そんなことをしないといけないほどの罪があったとでもいうのですか」
ミリアは心の底からクリスの不遇を嘆いていた。拘束具のような衣装をずっと装備したまま、それでも命がけで戦う彼のなんと儚げなことか。
幼さすら残る顔のクリスを、戦うべき女が、守るべき男が戦場に行くのをただ見ているだけ。悔しくて悔しくて、拳をギュッと握りしめた。
不安に
クリスは大量のモンスターを、あまつさえボスであるハイゴブリンまで倒していた。
初めての冒険でボスを倒すほどの無茶をするなんて。ハイゴブリンと戦っていれば、死ぬことすらも珍しくはないのに。
ミリアはすでに泣き出したいほどだったが、クリスの手前、必死に我慢していた。
そして、クリスに思わず問いかけてしまう。何のために戦うのかと。
帰ってきた言葉は、魔王を倒すため。つまり、クリスは魔王を倒す存在として、ただ戦いのためだけに育てられたのだろう。
クリスの前でだけは泣く訳にはいかない。その思いで必死に耐えていたミリアだったが、クリスが去った後、大粒の涙を流す。
「どうして、クリスさんが。ただの幼い男の子なのに。彼が戦わなくていい道はないのでしょうか。でも、戦いをやめさせてクリスさんの生活は保証できない。私は、どうすれば良いんですか……」
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