男女あべこべ自キャラ憑依曇らせ勘違い
maricaみかん
肉壁三号?ダサいからクリスで!
「よし、『肉壁三号』のビルドが完成したぞ!」
俺は『セブンクエスト』というゲームをプレイしていた。コントローラーを手に、やっと完成したビルドへの興奮が抑えきれない。
何周も何周も『セブンクエスト』をクリアしており、『肉壁三号』という名前はその
まともな名前でプレイしていた時期もあるのだが、過去のデータをさかのぼるときに、ビルドが分からなくなったからな。
いまでは、すぐにイメージしやすい名前を意識しているんだ。
「さて、後はこいつで戦ってみるだけ……あれ……?」
急激に意識が薄れていく。徹夜していたからだろうか。だが、眠気が襲ってきた感じではない。
ただ、考えがハッキリとしないまま、ぷっつりと意識が途切れた。
次に目覚めると、なぜか外だった。
「ここはどこだ? うん? 両手から変な感覚がするな」
両手を動かしてみると、金属のこすれるような音がした。
そこで両手を見てみると、ちぎれた鎖のようなものがくっついていた。
「鎖? いったいなんで? それに、ここはどこだ?」
俺の知っている現代日本ではないと思う。眼の前には大きな噴水があり、ファンタジーのような感じで馬車が行き来している。
もう一度自分の姿を見てみると、拘束衣のような格好だった。
そして、大きな噴水が町の中央にある。俺の中に、
「まさか、『セブンクエスト』の世界に転生した? いや、まだ確定じゃない。誰かに聞いてみれば、ハッキリするはず」
そう決めて、適当にヒマそうな人を探す。すぐに見つけた。女の人だ。そういえば、女の人がやけに多いな。
どうせ『セブンクエスト』のキャラはほとんどがモブだったから気にしていなかったが、女が多い街なのだろうか。
「ここはどんな街なんですか?」
「なんだ? 知らねえのか? ってお前、なんて格好だよ!」
「格好は気にしないでください。冒険者になるつもりなので」
「だったら、この街は知ってるはずだろ。駆け出し冒険者の街、プログだ」
確定だ。思わずニヤけそうになってしまう。やった! 人生で一番好きで、ずっとこの世界に入りたいと思っていたゲームなんだ! 最高に決まっているよな!
だが、今の俺は『肉壁三号』であるはず。だったら、変にニヤけたらキャラ崩壊だよな。
なにせ、『肉壁三号』は不幸な過去を持ちながら、前に進む覚悟を決めたいい子なんだから。
そうだな、『肉壁三号』なんてダサい名前は嫌だから、クリス・ヴィンランドを名乗ろう。
「ありがとうございます。ボクはクリス。このお礼は必ず」
「気にするな。この程度のことで言葉以上の礼をされたら、余計に迷惑なんだよ。それで、冒険者組合の場所はわかるか?」
「はい。ここから北にあるんですよね」
「ああ。剣と盾のマークが目立っているから、すぐに分かるはずだ」
「ありがとうございます。さっそく向かいますね」
なるほど。俺の知っている情報通りだ。つまり、俺はこれから『セブンクエスト』の世界を冒険できる! 最高じゃないか!
これまでの人生でいちばんハマったゲームの世界に入れるなんて、素晴らしいご褒美だぞ!
さっそく冒険者組合へ向かおう! 冒険が俺を待っている!
「そういえば、ここの気温はちょうどいいな。ゲームだからかな」
そんなどうでもいいことを考えながら向かうと、すぐにたどり着いた。
さっそく、受付嬢に話しかけていく。
「クリス・ヴィンランドです。冒険者になりたいです」
「はい。ミリアと申します。登録ですね。このカードを受け取ってください。冒険者の証です」
ミリアという、茶髪茶目をしたキツめの美人が受付嬢らしい。できるキャリアウーマンってイメージだ。
『セブンクエスト』では、大抵のキャラがモブだった。それでも、この世界には住人が息づいているのだと思うと面白い。
さっそく、新しい楽しみができた。この世界には、どんな人が生きているのだろう。
「ありがとうございます。このカードは、何に使うんですか?」
「はい。冒険者として、どれほどの実力があるかなどを判断するために使われます。冒険者組合にある装置で、実績を確認できるんです。いちど返していただけますか?」
「分かりました。どうぞ」
そのままミリアはよく分からない装置にカードをさらす。きっと認証でもしているのだろう。
今の状況だけでも、転生してよかったと思えるな。原作では、細かい文化なんかは分からなかったからな。
「クリスさん、冒険者カードには本当の名……いえ、なんでもありません。クリスさん、冒険者の講習は必要ですか?」
「念のため、聞かせてください。たぶん大丈夫ですが」
「分かりました。それでは……」
ミリアの説明によると、冒険者は自己責任。死んでも、大怪我をしても、組合では責任を取らない。
依頼は実績に応じて適切なものがオススメされる。従うも従わないも自由。
どうしても組合で受けてほしい依頼の場合は、断るとペナルティが発生する場合がある。その時も、事前に全部説明されるとのことだ。
「最後に、あなたは登録したばかりですので、装備や道具を整えるためのお金を支給します。今後の報酬から、一部を引かせていただきますね」
なるほど、お金の問題があったな。装備は十分だから、あとは道具だ。
「では、クリスさんが素晴らしい冒険者となれるように、祈らせてください」
そして説明が終わり、冒険のための第一関門を突破した。
うん、簡単だったな。じゃあ、さっそくチカバの洞窟に行こう。チュートリアルダンジョンだから、今の体なら楽勝だろうからな。
さあ、楽しい冒険の始まりだ!
――――――
プログの街にある冒険者組合。そこの受付嬢であるミリアは、いつものように仕事をしていた。
そこにやってきたのが、クリス・ヴィンランド。拘束具のような衣装を着た、黒髪黒目の小さな少年。
男の冒険者などめずらしいな。ミリアは初めにそう考えていただけだった。
だが、冒険者カードの受け渡しで、いつもとはまったく異なる事態だと理解した。
冒険者カードには、登録した人間の本当の名前が表示される。そこに映されていた名前は、『肉壁三号』。
つまり、クリスと名乗っている少年の過去は。理解が及んだ瞬間、ミリアは表情を変えないように必死だった。
間違いなくクリスには最低の過去がある。肉壁というくらいなのだから、盾として扱われてきたのだろう。
そんなクリスを冒険者にしてもいいのだろうか。悩みはしたが、金銭を稼ぐ手段で手っ取り早いのは冒険者なのだ。
せめて、割の良い依頼を紹介しよう。クリスの前途が明るくなるように。
そしてクリスを冒険に送り出したミリア。彼女の心は、暗いものでいっぱいだった。
「クリスさん。あんなに可愛らしい子どもが、とてもひどい目に……。せめて、彼の冒険がうまくいくように、祈りましょう。守るべき男の人に戦わせるのは、悲しいですが」
儚げで、小さくて、どう考えても守られるべき存在。それでも、冒険に送り出すしかない。
せめてこれからのクリスは幸福でありますように。今のミリアには、祈ることしかできなかった。
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