第107話 修学旅行のやり直し

 魔道レンジが完成して、クリスのような小さな子供の世話や食堂を任されたりしてる、コウタの両親達も料理が楽になったと喜んだ。


 作り置きを簡単に温められる。

 私達がいれば、温かいままの料理をアイテムボックスから出せたりもするけど、いない時は無理だしね。



 私達は新年には、筑前煮とか、豚の角煮とか、黒豆とか、好きな物を食べた。

 お屋敷で、皆と、ラウルさんやリックさんも挨拶に来てくれた。


 人間同士の全面戦争も、魔王軍のおかげで回避出来たし、良い年明けだった。



 そして……冬は終わり、暖かい春が来た。

 

 * *


 

 春になって本格始動した食堂の方も常連客ができて繁盛してる。

 仕事終わりの職人風の方にも大人気。



「あ、お客様、また来てくださったんですね」

「ああ、例の黒くて泡の出るジュースが癖になってな、爽やかで甘くて美味しいやつ」

「コーラですね。本日は相席でよろしいですか?」

「おう、繁盛してるな」

「おかげさまで」


 常連さんは今日はお友達も連れて来てくれて、空いてる席に座った。


 

「とりあえずコーラ二つ!」

「かしこまり〜! 三番テーブルコーラ二つ!」

「あいよー」


 厨房の奥から浩太のお父さんが返事をした。

 どこかの席が開いたらすぐさま新しい客が来店して座る。



「こっちはとりあえずエール三杯!」

「かしこまり! 五番テーブルエール三杯でーす」


「豚の味噌󠄀漬け肉と、コーラ!」


「ハンバーグとキンピラ! 三人分!」

「俺には白身魚のあんかけ! それとエール!」

「グラタン二つお願いします」

「はい、はい、かしこまり!」



 厨房でオーダーを受けて忙しく料理しながらも、浩太は満足げににぎやかな店内を見渡した。



「今日もうちは繁盛しているなぁ」

「コータ君、今日のまかないなにー?」


「豚の味噌󠄀漬け肉」


「やったー! サヤもそれ好き!」



 店内は活気と美味しい匂いでいっぱいだ。



「コーラとお料理お待たせデース」


 紗耶香ちゃんが愛嬌たっぷりにウエイトレスをしてくれてる。



「うわ、これがお前のお気に入りの飲み物か、凄いな、氷が入ってて贅沢だな、高いんじゃないか?」

「それがそうでもない、銅貨五枚で買える」


「うお? シュワシュワするな、美味しいけど不思議な飲み物だ、真っ黒だし」

「ほら、豚の味噌󠄀漬け肉も美味しいぞ」


「……なるほど、こりゃ美味い」

「故郷のかーちゃんにも食わせてやりてえ」

「店員のおねーちゃん、このコーラってこの店以外じゃどこで買えるんだ?」


「あー、特殊ルートなんで、当店の店員しか、購入できない限定商品でございます」

「マジか」


「なおその店員がいなくなったら我々も飲めなくなるので、その店員さんが健康で長生きするよう神様に祈っててくださーい」



 ……背中に視線を感じる。



「か、神頼みとはな!」

「あはは、まいったなこりゃ」



 本当に私の食材購入スキル使えなくなったらメニューに大幅変更を余儀なくされるわね。

 長生きしないと!



 * *



 ある日のさわやな朝。

 

「せっかく春だし、アタシら、修学旅行をさ〜、やり直さない?」



 紗耶香ちゃんは朝から窓を開け、春風と新しい空気を部屋に入れ、おもむろにそう言った。



「ね、花いっぱいの所にでも旅行に」

「悪くないな」

「保護者も呼ぼうよ、ラウルさんとか」



 !! 

 紗耶香ちゃんがラウルさんを、ロケーションの良い所に呼び出そうとしてくれてる!?



「え、保護者なら俺の両親とかじゃなくて?」


「コータ君てば、修学旅行にガチ保護者呼んでどうすんの? 

一緒だとずっと行動を把握されるんだよ」


「言われてみればそうだ。両親には申し訳ないが、留守番を頼もう」

「親孝行の旅行プレゼントはまた今度! コータ君はもう家をあげる偉業を達成してるから、後でも平気だと思う。でね、修学旅行の夜と言えば、こっそりホテルを抜け出して〜〜」



 紗耶香ちゃんは大胆だな、枕投げのレベルでは無いのか。



「外に出てもラーメン屋は無いから無理だよ」


「は? ラーメン? 見回りの先生が枕投げをしていた部屋に急に来て、布団の中に隠れるじゃなくて? 外?」


 私は自分の好きなゲームの修学旅行の王道展開を脳裏で描いてそう言いつつ、会話に混ざった。


「誰だよ、見回りの先生役は」

「えっと、さあ、誰だろ?」


 あはは。すまない、ノリで言った。



「リックさんも先生役で友情出演して貰う?」

「もはや何が何やら。修学旅行とは?」

「カナデ、男と布団の中に入るのはダメだぞ、集団での旅行は健全に」

「ははは、冗談だし」


 いや、ホント、冗談です、すみません!


「とにかく、景色の良い所に、行こう!」

「京都奈良の神社仏閣みたいに、この世界だと、あ、神殿巡りでも良い」

「私は何かかわいいお土産とか買いたい」

「いいね! お土産!」



 翌日、冒険者ギルドに顔を出すと、狙い通り、リックさんとラウルさんがいた。


「春を祝うお祭りが今いたる所でやってるよ」


「その中でもどこかおすすめはありますか? 私達、花いっぱいの所とかに7日くらい旅行に行きたくて」

「旅行で……花畑とか?」

「はい」

「この島の花畑は綺麗だぞ。夜になると星も綺麗だ」


 ラウルさんは鞄から出した地図を広げて見せてくれ、とある島を指差した。


「この島は、良いホテルもあります?」

「ここは穴場なんだが、テントになる。花畑の近くに豪華なホテルも有るのは主に貴族の保養地とかになるが」


「島のテント泊でいい気がしてきました」

「俺もテントでいいぞ」

「サヤもテントでいいよ」


 我々庶民なので、意見は一致した。


「話は聞かせて貰った。俺達も同行する。わざわざ旅と言ったからには、察するに修学旅行のやり直しだろう?」


 ギルドを出てしばらく歩き、公園に入ると、黒猫が現れた! 


「喋る猫! じゃない、黒島君!」

「どんな耳してんだよ、何で公園にいたお前さんに建物の中の会話が聞こえた?」


 コウタがびっくりして黒猫を問い詰めた。



「あのギルドの中にも魔王軍の影がいるのだ」

「「「うわ〜〜」」」


 魔王の配下がしれっと人間達のギルドの中にもいるんだ。


 それにしても、魔王となった一行まで修学旅行のやり直しをしたかったんか……いや、でも、それはそうか。



「あー、多分、島はテント泊になるけど、いいの?」



 紗耶香ちゃんが黒島君に問うた。


「余裕」

「……まあ、猫ちゃんだもんね」


 ふわふわの毛に触りたくて、私は黒猫を抱き上げた。

 すると、別に暴れたりせず、大人しく抱っこされてくれる。


「……いや、流石に旅行中は人型に戻るがな」

「おい、今は猫に見えるが中身はアレなんだぞ、カナデ」


「今は猫ちゃんだし」

「サヤも猫抱っこしたい」

「はい」


 私は抱っこしていた黒猫ちゃんを紗耶香ちゃんにパスした。


「オイオイオイオイ、って、何まんざらでもないって顔して抱っこされてんの、黒猫島君さあ」


「俺の名前を猫と混ぜるなよ、片桐、ところで猫相手に焼きもちか?」

「ははは、何を言っているのかな?

今度は俺が抱っこしてあげよう、猫ちゃんおいで」


「止めろ! 男は抱っこ禁止だ」

「酷い! 男女差別!!」

「酷くていい!!」


「これこれ、そんな事で争うんじゃない。おやつあげるから」



 私はアイテムボックス偽装の鞄からおやつを取り出した。



「「鰹節……」」


 黒猫が鰹節を食らっている間のみコウタは抱っこを許された。

  

 * *


 旅行の引率……いや、護衛にラウルさんとリックさんに依頼してみた。

 景色のいい所で美味い物が食えるならと、あっさり引き受けてくれた。


 魔王の三人もちゃんと来るらしい。事情はリックさんやラウルさんにもざっと話した。

 七日後に出発。



 そしてその日が来た。船に乗って、目的地の島まで行く。

 普通の人間のフリをしてる魔王三人は髪色も黒から金に変えていた。

 船着場付近で船を待つ間に雑談。

 


「ところで何で魔王は分裂出来るんだ? スライムみたいな性質持ちなのか?」


 引率のリックさんの素朴な疑問に答えたのは黒島君。

 


「魔王はアストラル……精神体と肉体を分離出来る。

肉体は別の場所に瞬時に転送して保管し、精神を三つに分ける。

スライムではない」


「やっぱり人間が倒せるような相手じゃないな。肉体のみ分裂ならともかく、精神まで分裂出来るとか」


 マジで無理ゲーだよ。


「あ、船が来たよ! なかなか大きいじゃん」


 船に乗り込む。

 走る船、白い海鳥も飛んでいて、爽やかな風景だった。


「あ、見て! アレ、イルカじゃない!?」


 元聖女の天野さんが目ざとく見つけた。


「マ!?」

「えー、すごい! イルカの群れも一緒に泳いでくれてる!」

「写真撮る!?」

「流石に一緒には無理、遠すぎる」


「イルカは無理だけど、海鳥となら撮れる」


 きゃいきゃいと騒ぎながらスマホで海鳥にパンクズを投げて、写真を撮る元高校生の私達。

 

「何で片桐のスマホまだ動いてんの!? 狡くね? チート!?」



 元勇者がそんな事を言う。

 あなたの方が凄い魔法や剣技持ってんじゃないの?



「災害時にも活躍出来る用にソーラーパワーで充電出来るやつ持ってただけだが!?」

「俺のも充電して!」

「俺も!」「私も!」


「はいはい! 順番に!」

「ねえ、片桐君! レディーファーストよね!?」

「はいはい、天野さんから」


 賑やかで楽しい修学旅行の始まりだった。

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