第105話 魔王と人間と神様

 ある冬の日の昼過ぎ。まだ喪中は続いていた。


「バルドの貴族に召集令状?」


 コウタが伯爵家のソフィアナ様に呼び出され、凄い話を聞いて来た。

 今は三人でサロンにて、緊急ミーティング中。


「このバルド国の国王崩御の混乱の隙をついて、攻め込もうという国がいたって事だ」


「なんて悪い奴! その国の名前はなんての!?」

「ダヴォーラシ国だって」


 知らん!


「じゃあそのダヴォーラシ国ってのと戦争になるの?」


「そうなる、このままだと。

国境付近の守りを固めるのに傭兵から冒険者から片っ端から戦える者を、国は集めてるとの事だ。

ソフィアナ様は逃げられるなら逃げろって言ってくださった」

「逃げて戦火を避けろって?」



 私は震えながらコウタに訊いた。



「貴族じゃないから、戦う義務は無いんだ、俺達は」



 平和ボケしてる元日本人の私達に戦争なんて……。

 人と人で殺し合い……魔物戦とは違う。


 私は、私にできる事は……。



「私、魔王領に行ってみようかと思う」

「な、なんで?」



 紗耶香ちゃんが驚き、目を見開いた。



「もし、クラスメイトが魔王なら、話が通じるかも、力を貸してくれるかも」

「カナデ、お前、魔王の力を借りようとしてるのか?」


「魔王が元日本人なら、かつて日本で食べてた味が恋しいはずよ、三ヶ月に一回くらい、コーラとかお菓子とか、私が生きてる間は貢ぎ物を贈る代わりに、協力、共存をお願いする。

他国への牽制になるでしょ、なんたって、魔王だもの」


「人間の軍隊に魔王をぶつける?……ってコト?」



 紗耶香ちゃんの質問に私は頷いた。



「魔王がクラスメイトじゃ無かったら、そんなの危険すぎるぞ」

「かけてみる価値はあると思うよ、魔王に脅しの派手な魔法二、三発かまして貰ったら、敵国兵、逃げて行ってくれるかもしれない」


「でもカナデっち……それさあ、魔王がクラスメイトでなくて、もし交渉が失敗したら?」


「全く知らん魔王だったとしても、アイスとチョコとコーラの味が気にいるかもでしょう!?」

「冬にアイスはどうかな……」

「周囲を温かくして食べて下さいって言うのよ! 暖炉の前とか!」


「カナデのショップの食べ物の味への信頼が凄い……」

「私は一人でも行くから」

「バカ、お前だけそんな危険な所に行かせる訳にはいかん」

「そうだよ! カナデっちが行くならサヤも行くから!」



 友情……。

 ありがとう、二人とも、私のわがままに付き合ってくれて。



 そんな訳で……金貨を支払い、転移陣も使って魔王領へ行く事に。

 クリスはコウタの両親に任せた。


 私はソフィアナ様から聞いた、魔王討伐に向かったクラスメイトの勇者三人の名前を思い出す。


 勇者 立川 優馬

 聖女 天野 澪

 魔法使い 黒島 省吾


 

 魔王が、彼等だったら……話が通じればいいな。



 * * *




 出発の日。



「なんでラウルさんまで……いるんですか?」

「俺が知らせた」


 コウタ〜〜!!


「リックには連絡係と、お前達の屋敷の防衛を任せて来た。俺も同行する」


「……ありがとうございます。正直、心強いです」


 魔王領に行くのは、私、コウタ、紗耶香ちゃん、ライ君、ラウルさん。

 この五人。



 * *


 私達は伯爵領を抜け、他領に着いた。

 他領のザマーハ平原から岩だらけの荒野を抜け、その先に黒い森が見えた。



「魔王領が見えた。あの森に入ると、魔王領だ」


「森に入る時に声をかけるわ、今から入ります! 魔王様に貢ぎ物を持って来ましたって。

多分、それで伝わる。だって魔王だもん」


「カナデのその謎の確信や自信はどっから来るんだ?」

「漫画やラノベ……」

「不安だ……」

「コウタは怖いならここで待ってて」

「確信の源が不安って言っただけで、魔王にビビっている訳じゃない」



 魔王にビビらないとは、剛気な奴め。

 強がりだろうけど。



『頼も────っ!! 入りまーす! 魔王様に! 貢ぎ物を持って来ました!』


 私はあえて日本語で、そう声かけしつつ、ついに魔王の森に足を踏み入れた。


 私はアイテムボックスから、貢ぎ物を用意した。

 コウタがテーブルを出してくれたから、貢ぎ物をどんどん置いていく。


 ふと、ざわざわと木が揺れた。

 振り返ると、つむじ風が現れた!



 その中から、仮面を被った男女が現れた。

 仮面の男性の肩には黒猫がいる。



『貢ぎ物って言った?』


 ん? 日本語だ! 日本語で話してる!

 そしてこの女性の声に聞き覚えがある。天野さんの声に似てる!


『はい、そこのテーブルの上です』

『……コーラだ!』


 仮面の男が箱の中身に驚いた。

 続いて女の方も。


『なんでコーラが!?』


『ねえ、その声、立川くんと天野さんじゃん? 新しい魔王ってアタシらの、元クラスメイトってマ?』



 紗耶香ちゃんはいつも通りの口調で話しかけた。



『……やっぱり、高遠さんと、水木さんと、片桐君……だよね?』


 

 二人が仮面を取った。

 その仮面の下の素顔はやはり私の知るクラスメイトで、勇者として魔王と相打ちになったと言われていた、彼等だった。



『チョコもアイスも有る!』

『ね、猫が喋ってる!!』

『黒島、いいから戻れよ』



 黒猫が黒島君になった。いや、人間の姿に戻った。



『説明を……本当に勇者のあなた達が裏返って魔王になったの? 人間に絶望して?』


『まず、実は魔王の魂は分裂して、俺達の中にある』


『え!? か、体の中に魔王の魂を封印したとか?』

『封印とかじゃない、あのクソ国王を倒したいから、力を貸してくれって魔王って言われる存在にお願いしたら、良いよって言ってくれて、なんか分裂して、俺達三人の中に入った』



 ええ!?



『それで、立川君達は、今は、人間の、人類の敵で、人間を虐殺とかしたいの?』



 紗耶香ちゃんはズバリと訊いた。



『ムカつく奴以外は別に。

そもそも元の魔王からして、降りかかる火の粉を払っていただけで、必要以上に魔族を恐れて滅ぼそうと戦いを挑んで来たのは、人間の方だし』


『そ、そうだったんだ。実は穏健派の魔王に人間は無駄に特攻していたんだ』



 人間は自分達より強い魔族が怖いから、何とか先に倒してしまって、安心したかったんだろう。



『ねえ何でお前ら、コーラとか、この世界に無い物持ってるの?』



 魔法使いの黒島君が私達に訊いた。



『おそらく私の固有スキルでお金出せば買えるの』



 私はぶっちゃけた。



『え!? マジで!? 羨ましいんだけど!』



 魔王達がマジな顔でそう言った。



『それで、お願いがありまして……』


 ここから私の商談がスタートである。

 ラウルさんもライ君も、やや後方で見守ってくれている。



 * *



『は、話がついた……』


 コウタがやや呆然としながらそう呟いた。

 そう、私達と魔王クラスメイトとの交渉は、成立した!!


『やはりコーラやお菓子の誘惑には勝てないのだ、だって高校生だもん』

『すげーな、カナデ、そのコーラやチョコやアイスへの信頼』


「交渉成立! 美味しいは正義! 美食の勝利!」


 私は後方にて隠れてるラウルさんとライ君に聞こえるように大きな声で言った。


「それで、ダヴォーラシの軍隊に派手な攻撃して、ビビらせればいいんだな?」

「はい、よしなに。奴らの戦争する気が無くなってくれたらいいので」


「コーラとチョコとアイスの為なら、やむを得ない」


 魔王立川君のセリフに元聖女と魔法使いの二人も頷く。


「あ、うちの食堂でも懐かしい味の物が出るから、よかったら、お忍びで食いに来て」

「ありがとう……嬉しい」


元聖女が花のように微笑んだ。


『多分、軽い変装でOKだよ、三人とも、表向きは死んだ事になってるから、髪染めるとかで』


「でもバルド国のお偉いさんはこの事、知ってるの?」

「実は何も言って無い。あまり上の人と関わりたく無いから」



 私はキッパリした口調で言った。



「でも、分かるわ。異世界人を捨て駒にするような国王がいたし」



 天野さんは吐き捨てるようにそう言った。



「でも、伯爵家の令嬢とかは良い人だったんだよ」

「そう、個人単位では、いるのかもね、貴族の中にも優しい人」



 新たな魔王の三人は、少し寂しげで、遠い目をしていた。



 ーーーー ーーーー


 * * 「異世界の神の事情」 * *


 天界。神の住まう場所。


 神の眼前には巨大なモニターのような鏡があった。

 それは、神の望むまま、好きな場所を写し出せる神器であった。



「おい、また例の国の王が異世界人の召喚をしているぞ」

「あそこの王太子、クーデターでも起こさないかな?」

「いや、ほっといても王太子はいずれ王になれるので」


「あー、巻き込まれた人間がまたいるな。

可哀想ではあるが、皆に強いスキルを与えると、またあの人間達が調子に乗って、使い捨て兵器扱いをしてしまう」


「人間に力を与えるなら厳選してくださいよ。変な人間に力を与えるとろくな事にならないし、パワーバランスが……」


「分かってるよ、天使ちゃん」



「せめて、最低限、異世界言語だけでも。話くらいは通じないと、すぐに野垂れ死ぬ」


「あの子は親も巻き込まれてこっちに来ている挙句に石化しているな……。

気の毒過ぎるから、無限収納スキルもあげておこう。

お友達もレベルアップでお買い物が出来るように……」


「そのお買い物スキルはこの世界では史上初ではないですか?」

「地球の神が気の毒がって商品を融通してくれると言うので」

「はあ……」

「買い物スキルは全部一人に集中するとアレだから、ジャンルで分けるか?」


「ほどほどにしてくださいよ、買える物も、レベルで制限を設けるとかして。

努力すれば、より良いものが買えるようにとか。

人間は努力を忘れると堕落します」


「そうだな、天使ちゃんのその案を採用しよう」


 かくして天界の神様は一部の人間のエゴに巻き込まれた異世界人のフォローを多少なりともしていた。


 恩恵の多さは、人によって違った。


 本人の資質、性格によって、あるいは、持って生まれた運によって……。



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