アンドロイド少女・サリア
とm
第1話 『ハッピークリスマスデー』
リビングの隣にあるドアのレバーをひねる。
くすぶる罪悪感と、反発するように湧き上がる高揚感、好奇心を胸に絡ませて。
光を差しながら露わになる一室。
その全容が視界に映ったとき、私はその中心に視線を落とした。
そこに、緑のリボンで結ばれた赤い箱があったからだ。それも、かなり大きい。
──「ハッピークリスマスデー!!!!!」
その時、私の両の手の平は胸の辺りに広がった。 咄嗟のことだった。そのまま上体が後ろに反れる。
突然、箱から人間が出てきたのだ。
それもバッ!! と、びっくり箱のピエロを思わせる勢いで。
ただ、その箱から出てきた人間はサンタの格好をした少女であり、箱のリボンはダイナミックに解け、蓋はぶっ飛んでいる。
あまりの衝撃に、少女、エリカは腰を抜かした。
❄︎
もう、二年になる──
重たい瞼を開けると、レースのカーテンを貫く白い陽射しが、見慣れた天井を照らしている。
私はあと何日、これを繰り返すのだろう。
今日もまた、ビニールに包まれたような心地の悪い心で、それを呟きスタートを切る。
身体もまた、少し重い気がした。
今日はクリスマス。 空や街、親にサンタさんといった大きな見守りが、いい子にしている大勢の子どもたちに、ご褒美をあげて祝福する、素敵な日。
枕元を見やると、赤いふわふわな長靴の中に大量のお菓子、その隣にホールケーキの箱みたいに大きいプレゼントボックスが置いてあった。
後ろめたい心が疼く。
プレゼント、私なんかにも届くんだ。
これまでの私は、とてもいい子だとは思えなかった。きっと、それは誰から見てもそう思えるくらいに。
ただ、要らないんだと思われるのは、もっと申し訳ないから私はプレゼントを開ける事にした。
中身は、ピンクなリボンが可愛いクマさんのぬいぐるみ。 私が欲しいと思っていた物だった。
✼
『ねー、エリカちゃーん! 聞いて聞いてー』
『うん』
───
『今日こんな事があったんだけど……レナちゃんはどう思う?』
『うーん。 どうだろうね。 それよりさ! エリカちゃん! 今日こんな事があったんだけど……』
───
『レナちゃん。 今日、空いてる?』
『ごめん。 今日はマイちゃんと遊ぶ約束をしているの』
───
『マイちゃん今日は忙しいのね……』
『あの、レナちゃん……私は空いてるよ……』
『ごめん。 エリカちゃん……ちょっと空気読んでくれるかしら? 私、今とても辛いの』
『うん。 ごめん』
───────
今思えば、些細な理由だったと思う。
私の話や気持ちにはあまり耳を傾けない。けど、自分の気持ちには応えて欲しいし、話は全部聞いて欲しい。
そんな自分勝手な人と、友達でいることに疲れたから。
それに、そもそも人間関係というのがウンザリだった。
相手と都合が合わない時は、遊びたくても我慢して。
空気読んで。
言葉選んで。
無駄に思えることも常に考えては、相手にとって都合のいい人間でいなければ続かない。
いや、そもそもどれだけ考えて我慢をしても、それである程度続いたとして……。
いなくなる時はいなくなるし、嫌われるときは嫌われる。
それに、他の人が気に入れば、そこへ行って私からは遠ざかる。
結局、人間関係とは残酷なほどに打算に塗れていて淡白なものなのだ。
でも、そんなこと。学校に行かない理由としてはホントにバカバカしいと思う。
虐められて無ければ、喧嘩をして気まずいとかでも無い。周りと個性が違いすぎて馴染めないとかでもなければ、賢すぎて場所を変えた方が良いなんて事もない。
ただ、人間関係というものに嫌気が差したというだけなのだから。
けど、私は嫌になった。 だから学校を休んだ。
そうしたら、今度は後ろめたい気持ちが芽生えてきて、こんな理由で休んじゃダメだ。行かなきゃ! なんてことを思い始めた。
案の定とはこの事だろうか。
でも、その時にはもう遅かった。
人間関係とは別に、理由が出来ていたんだ。学校に行かない理由が。
私の学校に対する不安が、大きくなり過ぎたのだ。
✼
「パパ、ママ。 おはよう」
そう、目を逸らしてリビングのキッチンにいる両親に挨拶を掛けると、両親から明るげな挨拶が返ってきた。 お父さんが「エリカー、プレゼントはどうだった?」と、お母さんが「ふふふ」と、私が発する澱んだ空気を明るくしていく。
私は、良かった。と一言、洗面所へと逃げるように向かった。
どうしてそんなに優しくするの……!
洗面所の引き戸を閉めると、泣きそうになりながら顔を洗い、顔を屈めたまま震えた息で深呼吸をする。
胸が苦しい。 私は、悪い子なのに。
落ち着いてきた所で、うがい歯磨きを済ませる。
いや。 今日はプレゼント貰ったんだ。
少しくらい。嬉しいフリをしないと。
ふっと息を吸って、洗面所から出た。
「最高のプレゼントだったよ! でもサンタさん、なんで私の欲しい物が分かるの? 手紙も書いていないのに」
五本の指先は自然と、もう片方の手にある指と向かい合わせになっていて、口の中に苦い味が広がっていく。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
母が笑って答える。 「エリカ。 私たちと『白鳥と空を飛ぶ』って映画見に行ったの覚えてる? 」
「うん」
「その帰りに寄ったぬいぐるみショップで分かったらしいよ! サンタさん! エリカが欲しがってるモノはこれだっ!って」
その言葉で直感する。
それって……もしかして、私がジーっと見てたから──
本当は後ろめたくて行きたくなかったけど、『気分転換も大事よ!』と連れて行かれて。 乗り気ではなかったのに、可愛いぬいぐるみを見つけると、つい目が行ってしまって……どういう訳か欲しいなんて思ってしまった……。あ……。
「でも、その時夏だったはず。 サンタさんは冬にプレゼントを渡しに来るって聞いたけど」
やばい声が震えてる。
スッと息を軽く吸う。
「それは秘密よ。本当は話してあげたいけど言っちゃうと消えちゃうんだって、サンタさん。
ごめんね」
「うん」
ほんとの所、ちょっと気になるけど、それ以上に、どうしてこんな私にプレゼントを届けたのかが気になった。 決して良い子と言えるような生活はしていないのに。
きっと、それも秘密なんだと思う。
優しいサンタさんには消えて欲しくないから私は、訊くのを止めた。
これからは、もう欲しいものがあっても眺めないようにしよう。
ごめんなさい……。
後ろめたさでつい俯きそうになるのをこらえて、私は食卓へと向かう。
リビングのテーブルには、フレンチトーストが乗るお皿と、ミルクが入ったコップが並んでいる。 今日の朝ごはんだ。
レースカーテンを貫く光が照らすフレンチトーストとミルクは、クリスマスの魔法に掛かったからか、なんだかとても綺麗に見えた。
食卓を家族で囲む。
一日で一番、気まずい場面がさっそく訪れた。
一口一口をできるだけ大きくしつつ、私は嬉しいフリを継続する。
「久しぶりに撚りをかけて作ったんだよ、エリカ、学校休み始めてからずっと暗い顔してるから」
私はずっとという優しくも鋭い言葉にギクリと来た。
学校を休み始めて少しの間は暗い顔を隠さなかった。 隠そうという発想がそもそもなかったから。
でも、もう長い間は暗い顔を見せていないはず……なんで気付いたんだろう。
もしかして、顔に出てた……?
朝食を口に含みながら、俯いていく顔。
すると母親はにこやかに言った。
「どうして分かるの?って言いたげな顔だね。
ふふふ、そりゃ分かるよ。 親だもん」
私は、咄嗟に食べ物を飲み込んで否定する。 震えた声で。
「え、いや私明るいよ? 毎日楽しくて……」
「隠そうとしても分かるよー」
「いや……」
両親は、小さな
欲しいとも言ってない新作のDVDを借りては面白いよと、見せてきたり、お笑い番組やアニメドラマなど面白いテレビ番組を録画しては報告してきたり、でもそれに甘えて勉強をしなかったら下手くそに叱って、人生における勉強の仕方なんてものを説いてきたり。
おかげで、怒られる前より少し、話すのが上手くなったし、勉強もかなり進んだ。
気持ちも少しは前向きになった。
でもそれで私は気付いた。 両親はこれまで私が頑張りたくなるように、元気付けていたことに。
元気な気持ちに甘えて、成長を忘れていたら下手くそに叱ってくれることに。
そして、私が暗い気持ちになったら無理をしてしまう事に。
そこで、私はせめて明るくいようと思った。
どれだけ笑って、勉強を頑張って、前向きになれたとしても、全く取れない人間関係への不安と、学校へ行けないまま時間が経つことへの不安、焦燥感で、気持ちは暗くなるばかり。 でも、仕事を頑張る親の心配事を増やしたくはなかった。
……けど、結局最初から最後まで私の明るさが嘘だった事に気付いていて……じゃあ、もしかして……あの増えた親の笑顔は……
「もしかしてエリカ、また抱え込んじゃってる?」
「あ、それは……」
私は確かめられなかった。聞かなくても何となく分かってはいるけど、もしそれが確かめることで事実に変わっても、かえって気を遣わせてしまうだけだと思ったから。
私は俯くことしか出来なかった。
すると、母は私の頭にポンと手を置いた。
「気遣ってるでしょ? まあ、私が気遣ってるもんね。 ごめんっ。 まさかエリカの負担になるなんて思いもしなかった。
ただ、お母さんはね。 エリカに気を遣って疲れたことなんて、1度も無いんだよ。
自分の為に、好きでやってる事だからね」
私は歯を噛み締める。
「でも、やっぱり気遣われるのは居心地悪いよね。 あの日から、私が気遣う度に暗い顔してたもんね。
よし、エリカに一つ。 いい事教えてあげる。
気遣う側がされて一番嬉しいことは、感謝と、遠慮の無い笑顔でするさり気なくて嘘のない、優しい気遣い返しだよ。
例え下手くそでも、それをされた日にはもう一週間は張り切れちゃうから! エリカだと特にね!」
気遣いをやめるって選択肢を出さない母親が少しイジワルに思えつつも、私は涙声で、「うん」と一言、頷いた。
「よーし! じゃあ朝食食べ終わったらクリスマス、一緒に楽しもっか! 父さんも待ってるよ!」
すると母は、エリカの頭から優しい手を離し、その手で私の手をとった。
正直、罪悪感を完全に取り除く事は出来なかった。 でも今、母が見せた笑顔を壊したくなかったから、私はこの母の気持ちをありがたく受け取っておくことにした。
それから、私はフレンチトーストを冷めきる前に食べ終えると、勉強を一旦部屋の隅に置いて、両親とのクリスマスを満喫した。
楽しさの殆どは、後ろめたさに持っていかれたけど、この時間がいつまでも続けばいいのにと思った。
そして、夕方の五時。
両親は急な仕事が入ったと、書類の入ったバッグを手に、カジュアルなスーツを纏って出掛けてしまう。
幸せは、嫌なこことは違い去るのが速い。
クリスマスの幸せは、玄関のドアから藍色がかった空へと飛び去ってしまった。
教授の仕事ってクリスマスでも忙しいんだね。 次は来年か……。
そう冷たい風が吹く心を抱え、リビングのテーブルへと向かう。
ダイニングテーブルには、一緒に買ったケンタッキーが置いてあった。 まだ暖かい。
冷めないうちに食べてしまおう。
ケンタッキーを頬張ると、口の中にほわっとクリスマスの余韻が広がった。
思わず笑みがこぼれる。私がこんな美味しいものを食べていいのだろうか。
食べ終わったら勉強しよう。
そう、後ろめたさを押し除けるような、みなぎる幸福感と冷たい寂しさを同時に噛み締めていると、一通のメールが来た。
ママからだ。
両親が仕事に出掛けた際は、よく仕事場に着くまでの間、ママとのメールを楽しんでいる。
パパは運転を任されていて、私の返信をママから聞いては微笑んでるらしい。
勿論、それを聞いた私も微笑むんだ。
「そういえば、サンタさん。今日はすごく機嫌がよかったらしくて、大きめのプレゼントも届けてくれたっぽいんだけど、中身はもう見た?」
大きめのプレゼント??
私は思わず驚きの息を零す。
プレゼントなら、もう十分過ぎるくらい貰ったのに……。 サンタさん、プレゼントを渡す相手、間違ったのかな?
そうでなかったら、そうとう機嫌が良いよ。 怖くて、ソワソワしてしまうくらい。
そんな事を思いつつ、メールを返す。
「まだ見てないよ。 というか幾つもプレゼントくれるなんて。 サンタさん今日、よっぽどいい事があったんだろうなー」
複雑な気持ちだ。
「そうねー」
「なんか、いいね。 想像したら会ってみたくなった」
私がもっとしっかりした人になれたらの話だけど……
「エリカいい子だから会えると思うよー」
「やった! ちなみに、そのサンタさんがくれた二つ目のプレゼントはどこにあるの?」
きっとそれは普段の私をよく見ていないから……でも、ここは素直に喜んでおこう。
プレゼントも、貰った事だし……。
クリスマスの余韻で一杯の口の中に、仄かな苦味が広がる。
「確か、玄関の手前にある小さな部屋だって、サンタさんが言ってたよ」
「確認してみるね。 もし近くにサンタさんいたら、ありがとう!って、言っておいて」
本当は、直接会って言いうべきだろう。 あと出来れば加えて本当に私宛のプレゼントなのかも聞いておきたい。それがもし私宛てなら、その理由も。
でも……サンタさんが今どこにいるか分からないから今回は両親に任せておいた。
「はーい。 もうすぐ仕事場に着くから、帰りに会えたら言っておくね。 あと、プレゼントの感想聞かせてくれると、サンタさん喜ぶと思うよ」
「うん! お仕事頑張って! あと写真撮ってきて」
「ありがとう! 任せて!」
私は、後ろめたさの横に割り込む、ぽっと出のワクワクを胸にケンタッキーを食べ終えると、皿を洗い、一階の廊下に面した部屋へと向かった。
普段は通り過ぎる部屋という事もあり、ドキドキもしている。
大きめのプレゼントか。
一体どんなプレゼントが置いているんだろう。
それに、部屋も久しぶりに見る……飾り付けはされているんだろうか……。
本当は勉強するつもりだったけど、プレゼントとあれば仕方ない。 見るだけでもしないと悪いし。
私はドアノブを捻った──────
すると、クリスマス仕様の空間が広がった。
十帖程と思ったより少し広い部屋。
眼前にはオーナメントやイルミネーションで装飾されたクリスマスツリーがあって、その木陰には大きなプレゼントBOXが置いてあった。
大きくて可愛い赤色のリボンが丁寧にあしらわれている。
これか。大きいな。
私は、リボンを解こうと忍び足になりつつある足取りで、歩を進めた。
その時、突然箱が開いて、というより笑顔を浮かべたサンタコスの少女がバンザイのポーズで「ハッピークリスマスデー」と、蓋を突き上げて出てきた。
私は思わず尻もちを付き、声にならない悲鳴を上げると、少女は想定外の反応だと言わんばかりに、首を傾げて「あれ?」と呟いた。
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