優しいラブレター
卯野ましろ
第1話 あたしに優しいラブレターが届いた
あたしは今日、人生初の愛の告白をした。
そして、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
フラれた。
あたしは今日、人生初の失恋をした。
「残念だったね……」
「ううっ……ううう……」
放課後、あたしは親友の側でわんわん泣いている。ここには、あたしたち以外に誰もいない。児童も先生も。あたしたちは完全に、二人きりだ。
「せっかく勇気を出して、好きって言ったのにね……」
「……あたしっ……魅力ないのかなぁ……」
「えっ、そういう問題ではなかったじゃん。彼には既に恋人がいて、たまたま縁がなかっただけだよ」
親友は、あたしの初恋が実らなかった理由を知っている。なぜなら、あたしの告白をコッソリと見守ってくれていたからだ。初恋の相手に「ありがとう、でもごめんなさい」をされて去られて、あたしが呆然としていると、すぐに親友は「大丈夫?」と駆け寄ってくれた。
そして今に至る。
「でもさっ……ちょっとは揺らがない?」
「揺らがないよ~」
「……あたしっ……そんなにダメ?」
「いやそうじゃなくって、一途なんだよ彼は」
「そっ……それにしてもっ、めちゃめちゃ即答だったし……!」
「うーん。そんなもんなんじゃないかなぁ?」
「ううっ……どうせ、あたしなんて……」
「……」
自己嫌悪しかできなくなっていると、あたしの頭にふわっと何かが優しく乗せられた。
「……とりあえず、もう帰ろっか」
そう言いながら親友は、みっともなく泣き続けるあたしの頭を撫でてくれた。あたしは首を軽く縦に振り、親友と歩き出した。
翌朝、あたしは腫れぼったい目で登校した。正直、今日は学校に行きたくなかった。それでも「好きだった男子にフラれて、つらいから学校を休みたい」なんて家族に言いたくない。目が腫れてしまった本当の理由も言えなかった。あたしは失恋したことを、カッコ悪いから家族に知られたくないのだ。
……まあ朝ごはんは全部食べたし、バレてはいないよね……。
悲しいことに、あたしは失恋したら胸がいっぱいで食べられなくなるタイプの女子……ではなかった。もちろん昨日の晩ごはんも、しっかり完食した。そのうえ、バッチリおかわりをしている……夜も朝も。
「はあ……」
ため息が出る。あっという間に学校に着いてしまった。あたしは靴箱に寄って、上履きを手に取る。
……ん?
上履きを出して、あたしは靴箱が空っぽになっていないことに気付いた。
え、何これ?
謎の何かを取り出してから、あたしは履いてきた靴を片付け、上履きに履き替えた。
その後、予想外の展開があたしを待っていた。
「おはようっ!」
「あ、おはよっ……」
教室に入り、あたしが最初に顔を会わせたのは親友だった。あたしを見た親友は、ちょっとだけ目を大きく開きながら、挨拶を返してくれた。驚いているのだろうか。無理もない。あたしの目は腫れているし、それに……。
「あたしがこんなに元気だなんて、思ってもいなかったでしょ?」
「えっ! う、うん……どうしたの?」
「これ見て!」
「あ、それ……」
「あたし、生まれて初めてラブレター貰っちゃったよ!」
「……へ?」
そう。あたしの靴箱に入っていたのは、何とラブレターだったのだ。
「とにかく見てよ!」
あたしは親友に、そのラブレターを見せた。
大好きな人へ
ずっとずっと、あなたのことが好きです。優しくて楽しくて、いつも幸せにしてくれる、そんなあなたが大好きです。明るくてかわいいあなたの側にいさせてください。これからも大好きです。
「……ね?」
「えっと……これ……」
「そう! そうなんだよね! やっぱり気になった?」
あたしが思わずドヤ顔してしまった直後、親友は不安そうな表情を浮かべた。その原因は恐らく……。
「差出人の、名前がないっ!」
そう。文末にもどこにも、このラブレターを書いた人の名前が書かれていなかったのだ。
「モヤモヤするけど、照れ屋さんで名前が書けなかったのかな?」
「あーいや、そういうのでは……」
「あ! じゃあ忘れちゃったのかな?」
「う、うん! そうだよ……」
「あーあ、誰だろ。男子全員に聞いてみたい気分だけど……そんなこと恥ずかしくて、できないや。昨日の告白で、精一杯だよ」
「……うん……」
あたしのテンションが少々下がると、それに親友も合わせてくれたようだ。
誰なんだろうな本当に……。
その次の日の放課後。
あたしは今、人生初の告白をした場所へと急いでいる。なぜなら、そこに会いたい人が待っているからだ。あたしが会いたい人……それは、もちろんラブレターの差出人。
今朝、また靴箱の中に手紙が入っていた。それにはラブレターに名前を書かなかったことへの謝罪と、直接あたしと会って話がしたいというお願いが書かれていた。
その二通目にも、差出人の名前は書いていなかった。おっちょこちょいなのか忘れん坊なのか、それとも恥ずかしがり屋さんなのか……よく分からない。
「……あれっ?」
あたしが目的地に到着すると、そこにいたのは……。
「何でここにいるの?」
「えっと……」
あたしが今、話しているのは親友だ。先に帰ったと思っていたのに、なぜここに?
「今日、用事があるんじゃなかったの?」
「……うん。あるよ、ここに」
「へ?」
こんな人気のない場所に、何の用があるのだろう……あたしが不思議そうにしていると、
「だって手紙を書いたの、わたしだから」
「えっ!」
親友から予想外の言葉が出てきた。
「……マジ?」
驚いているあたしの目の前で、顔を真っ赤にしている親友が静かに頷いた。
「ごめんね。わたしが名前を書き忘れたばかりに、こんなことになっちゃって」
差出人は、恥ずかしがり屋さんというわけではなかったようだ。今こうして謝罪している声は、それっぽいのだけれど。
「ただ分かって欲しかっただけなの。あなたは全然ダメじゃないって。すごくステキな女の子だってことを……」
ああ、そうか。
そういうことだったのか。
とうとう親友は泣き出してしまった。一昨日のあたしみたいだ。
「……あははっ」
「え?」
あたしの笑い声を聞いて、下を向いて涙を流していた親友は顔を上げた。そんなきれいで真ん丸な目を見て、あたしは言った。
「ありがとう」
あたしは幸せ者だ。こんなにも優しい親友が、いつでも側にいてくれるのだから。
……恋愛は、まだしなくてもいっか。
「……とりあえず、もう帰ろっか」
親友の手を握りながら、あたしは小さな「うん」を聞いた。
もちろん、優しいラブレターは宝物。
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