Graduate

江戸文 灰斗

拝啓、先輩へ

 先輩が卒業する。今日がその日だった。

 二年間を共にした体育館で、仲間たちは彼らの門出を祝い、これまでの高校生活を労った。

 昼前に集まったのに、解散する時には日が随分傾いていて、夕焼けの緋色が眩しくて、目を細めた。

 それじゃあ、また。今度会えたら。なんてやり取りを二、三度繰り返して、彼らは僕たちに背を向けて歩きだした。

 彼らのいる間、一度も途絶えることのなかった笑いが、温度のある色に吸い込まれて消えた。

 楽しかったね。いい人たちだったね。僕たちは彼らへの感謝の言葉を口々に言い合った。

 ある時仲間の誰かが、寂しいとぽつり、呟いた。

 寂しい? そうじゃない。悲しい? 違う。少なくとも僕の血管を流れる感情はそんなものじゃなかった。

 彼らのいなくなった体育館はやけに寒くて、誰かが帰ろうかと言うでもなしに、程なくして仲間たちはパラパラとそれぞれの帰路についた。

 僕も流れに身を任せて自転車に乗り込んだ。三月上旬の風は少し冷たくて強い。僕はしっかりと足場を確かめるようにペダルを踏み込んだ。

 一人で走る道は誰かと話しながら歩く道より何倍も長くて険しかった。

 その道のりを、ゆっくりゆっくり漕いだ。

 寂しいでもなく、悲しいでもないこの気持ち。答えは、独りになって初めて解った。

 空虚だ。

 明日、学校へ行っても彼らは僕に顔を見せてはくれない。もう、廊下ですれ違って挨拶を交わすことは一度もありえないのだ。暇だったからと笑いながら部活にやって来てくれたりはしないのだ。

 僕の日常の一ページが音を立てて破られた気がした。

 その途端に僕は先輩の腕にしがみつきたくてたまらなくなった。もういなくなってしまった彼らに、いなくならないで一緒にいてと喚いてしまいたくなってしょうがなくなった。

 まだ、僕はまだあなたたちから離れたくないと、どうしようもなく伝えたくなってしまった。

 しかしそんなこと叫んだって、彼らが歩みを止めることはない。彼らには彼らの道があるのだから。

 もっとあなたと居たかった。だからこそ、僕はいえなかった。言いたかったけれど、口にできなかった。言ったら決定的に自覚してしまうから。

 卒業、おめでとうございます。

 今までありがとうございました。と。

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Graduate 江戸文 灰斗 @jekyll-hyde

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