64.和洋中合体の不思議なお祭り

 遠慮するかと思ったが、ブレンダもトムソンもあっさり提案を受けた。というのも、本当に家が安いのである。街に住めば買い物も楽だ。


 何より、ブレンダは娘のようなアイカのために、残ることを検討した。ブレンダがそれでいいなら、とトムソンは了承する。結婚前から完全なカカア天下だった。


「へぇ、トム爺は奥さんのが上でいいんだね」


 歯に衣着せぬアイカの感想に、トムソンとブレンダは顔を見合わせた。獣人の特性として、雌が上位に立つのは当たり前だ。子孫繁栄の意味でも、女性上位が獣人の常識だった。夫は妻の盾となり、座布団となって働くのだ。


 現在は外の人が持ち込んだ子供の木を活用しているが、本能的な部分で習性が残っていた。


「変なことを言う子だよ」


「夫婦円満は、妻を立てることじゃぞ」


 いいことを聞いたと笑顔のアイカは、すでにレイモンドを尻に敷いている自覚がない。あれだけ熱心に通う夫は、獣人の中でも話題になる程だというのに。夜は飛べないのに、毎日朝早くから飛んできて、日暮れぎりぎりまで粘って帰っていく。夫の鑑だと、街の話題になった。


 外から祭囃子が聞こえる。といっても、和楽器の笛はフルートに似た金属製の横笛だし、太鼓はタンバリンだ。鐘の音をトライアングルで再現した。鐘に相当する楽器が見つからず、苦肉の策で提案したのだ。かなり甲高い音だが、作りは簡単で再現率は高い。


 好き勝手に鳴らしまくるので、祭囃子と呼ぶより騒音の方が近かった。しかし獣人は耳のいい種族だ。すぐに勘を掴んで、音を合わせ始めた。それっぽく聞こえないこともない。


「あ、お神輿が来たのかも」


「そりゃ見ないとね! 何しろ、うちの荷馬車を使ったんだから」


 大急ぎで居間へ向かう。木製の窓の脇を通り過ぎ、玄関を抜けて庭へ出た。和洋中ごちゃ混ぜ文化のような、不思議なお神輿が現れる。荷馬車を引くのは巨大鹿カーティス。小学生高学年くらいの彼は、意気揚々とお神輿を引いた。その後ろに小型の猫獣人の子と、兎獣人の子が載っている。


 荷馬車の中央からやや後ろに、お神輿が載っていた。日本家屋をイメージした絵に寄せているが、ところどころ奇妙な動物の人形が飾られている。各家庭から寄付されたお人形だった。てっぺんにもドラゴンの模型があった。フィギアに近いリアルさがある。


「立派だねぇ」


「うん、そう思う」


 お世辞抜きにそう思う。見たことも聞いたこともない物を作って、すぐに取り入れる貪欲さに感動した。この国なら、便利な物や好きなものを披露したくなるかも。知識を残す外の人の気持ちが理解できる。


 うっとり眺めるアイカの足元に猫が寄ってきて、目を丸くしていた。オレンジとブランは庭の木を利用して上から眺め、ノアールは抱っこをせがんでアイカの腕に陣取る。


 先導する犬獣人がぴたりと足を止め、笛を吹いた。途端に、お神輿の本体の扉が開き、子供達が顔を覗かせる。小柄な子が多く、彼や彼女は手にした袋を放り投げた。隣家の奥さんが拾いに行く。お振舞いかな。アイカとブレンダも拾いに出た。


 ある程度バラ撒くと、また笛の合図で前進する。それを見て、アイカは記憶を刺激された。ほら、あれ……名前が出てこないな。えっと、確かブレーメンじゃなくて、ハーメルン? の何たら。


 結局思い出せないまま、猫を連れて家の前のベンチに座った。貰った袋を開いて、ブレンダと中身を見せ合う。アイカは焼き菓子中心、ブレンダは雑貨中心だった。

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