41.うっかり勘違いからの、告白

 レイモンドの背中を滑ったアイカは、足が地についてほっとしていた。揺れない大地の偉大さに感動さえする。飛べるのは素晴らしいが、やっぱり怖いのが先に立った。


「気分が悪いのか? 水を飲んだらどうか」


 オロオロするレイモンドは、慌てて水を運んでくる。問題は容器がバケツサイズだったことか。アイカはなんとか笑顔でお礼を言い、バケツに手を入れて水を掬った。冷たい水で顔を洗い、喉を潤せば気分も良くなる。


「ありがとう、日本では絶叫マシーン大好きだったんだけど」


 レベルが違った。そう笑うも、例えが通じない。ただ、何となく言いたいことを汲み取ったようだ。嫌いじゃないが、今回はびっくりした、程度に翻訳していた。


「帰りは、もっとゆっくり飛ぼう」


「たぶんだけど、鞍みたいのがあればイケると思う」


「鞍?」


 身振り手振りで説明する後ろから、どっしどしと重そうな足音が聞こえた。振り返ると、サイがいる。動物園やテレビでしか見たことのない動物に、アイカは目を瞬いた。柵がない状態で、目の前に本物がいる。


 アイカの脳裏を、テレビの解説が流れた。時速五十キロ近くで走り、ボートに追いつくほど速く泳ぐ。獰猛で攻撃性が高いため、よく現地の人が襲われる……。あ、泳ぐのはカバか。似たような形してるから混ざっちゃった。


「ひっ!」


「ああ、驚かせましたね。竜帝陛下の補佐を務めております、ブランドンと申します」


「あ、はい。アイカです」


 挨拶をされたことで、人として認識した。アイカは安堵に胸を撫で下ろす。そうだ、この世界に野生の動物はいないんだから、動物はイコール人だ。自分に言い聞かせた。


 サイは皮はあっても、毛皮はない。泳ぐのに邪魔だろうし。そんなアイカの予想を裏切り、触ると薄ら毛皮があった。何だろう、こんな感じの布があった。高級っぽくて、オルゴールや宝石箱の内側に……ベロリンチョ……じゃなくて、ベルベット!


「ベルベットの手触り」


 失言は頭の中だけで終わらせたアイカは、スベスベしたブランドンの体表を撫で回した。これは頬擦りしたい。が、性的なお誘いになるので禁止。家族以外は頬擦りはダメだ。覚えた常識を引っ張り出し、諦めた。手で撫で回すのも、結構際どい。


「あ、ああ……そんなに、くそっ、なぜだ。ブランドンのやつ……俺の気持ちを知ってるくせに」


 邪魔しやがって! ぎりりと奥歯を噛み締めるレイモンドの呟きに、アイカはきょとんとした。空気を読まない上に、変な意味で勘違いして声に出す。


「え? レイモンドとブランドンさんって恋人同士? ごめん、目の前で触りまくちゃった。ここまでレイモンドに乗ったけど、変なことしてないから安心してね」


 まったく安心できない爆弾発言に、ブランドンは青ざめて……いきなり吐いた。食べたばかりの昼食が立派な歯の間から溢れる。まだほぼ消化していなかった。


 恨めしそうな目で吐いた昼食を見るブランドンの横で、レイモンドは全力で否定を始める。


「それはない! 絶対にない! こいつとくっつくくらいなら、一生独身でいる!! というか、俺が好きなのはアイカだ!!」


 どさくさ紛れに告白したことで、鈍いアイカにも真っ直ぐ恋の矢が突き刺さった。胸を貫いて、そのまま背中に抜けたようだが……確実に届いている。真っ赤になった頬を両手で包んで隠すが、首や耳も赤かった。


「私だけ損をした気分です」


 ぼそっと言い残し、ブランドンはさっさと逃げ出した。ちなみに足元のゲロはそのままである。恋路を邪魔するものは、この世界では「大地に飲まれてぺちゃんこ」と表現する。それはご免だと、サイは巨体で全力疾走した。

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