32.安眠の代償は思わぬところに
目覚めはすっきり、快適だった。しかし、アイカは頭を抱える。お昼まで、そう決めたのに……外は夕暮れだった。
家具屋のリス店主マークは、少し離れた場所で机を売り込んでいる。いわゆるテーブルセットではなく、勉強用の机に似ていた。手際よく契約を決めた客は、小柄な猿に見える。ただ毛皮がクリーム色で、顔が黒っぽい。
数日後に届ける約束をして、マークはにこやかに客を見送った。その腕に抱っこされたオレンジ……あの子、図々しいわね。アイカは呆れ顔になったが、すぐ自分も同じだと顔を赤くした。すっかり寝入ってしまった。
「ブレンダは?」
見回す範囲に彼女の姿はない。尋ねた声にマークが答えるより早く、ブレンダが奥から出てきた。どこかで購入した食べ物を手にしている。使い捨ての容器という考え方がないようで、金属製の皿だった。
「食事にしようか」
ここ、他人の家よ。そんなアイカの視線を無視し、売り物のテーブルに料理を並べる。また奥へ入ったブレンダは、飲み物を手に戻ってきた。慣れた手つきで料理を取り分け、猫の前にほぐした魚を並べた。
「アイカがいつまでも起きないから、話をつけといたよ。新しいベッドを購入する代わりに、しばらくマットを貸してもらうのさ」
「はい?」
何その条件、まさかマークの提案じゃないよね。アイカの視線を受け、リス店主は果物を頬張りながら首を横に振った。
「構わない。気にしないで使ってくれ」
いろいろおかしいけど、助かるのも事実で。まだ常識知らずの自分がうっかり口を挟まない方がいいだろう。アイカは曖昧な笑みで誤魔化した。
早く初級編だけでも読み終えないとマズイ。勉強は好きじゃないけど、頑張ろうと思った。想像より、あの本は生活に密着している。
串肉を齧るマークを見ながら、複雑な思いが過ぎる。リスなのに、肉食……獣人だから普通なのかな。アイカは何の肉か迷い、考えるのを放棄した。異世界で好き嫌いして倒れたら、たぶん……人間を診れる医者がいないだろう。健康第一、出されたものは残さない! がんばれ、日本人!!
自らを鼓舞しながら、アイカは串肉を頬張った。思いがけず美味しくて「うまぁ」と声が漏れる。脂身が甘いし、見た目より柔らかい。これでよく焼いている間に串から肉が落ちないな、感心しながら完食した。
足元でオレンジが肉に齧り付き、ブランとノアールは大人しく魚を食べている。いつの間に? と思ったアイカの目に、こっそり肉を与えるマークの手が映った。なるほど、店主が肉を分け与えたのね。
食事を終えたところで、熟睡したマットを借りて帰る。猫達を入れたキャリーは、店主のマークが引いてくれた。別れ難いと肩を落としたリス店主は、明日も遊びに来てほしいと懇願して帰って行った。
「強烈な人だけど、助かるね」
「マークはいい奴だからね。皆、彼のところで家具を揃えるのさ」
うん、わかる気がする。頷いたアイカは、自分で担いできたマットを床に倒した。ブレンダは寝室まで運び込んだが、アイカはリビングで寝るつもりだ。明日には注文品が届くのだから。
「今夜はぐっすり寝られそうだね」
そう笑い合った二人だけど、昼間眠り過ぎたせいか……なかなか眠れずに夜明けを迎えた。
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【私だけが知らない】
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていきます。
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