30.闘牛とサラブレッドの子がヘラジカ

 街に入ってすぐ、荷馬車は左へ曲がった。そちらに家があるのだという。アイカは複雑な思いで、荷馬車を引っ張る夫婦を見つめた。


 牛と馬、聞いていた通りだ。正直、初対面でどちらが父親でどちらが母親か判別できない。白黒の乳牛を想像していたら、闘牛に出てくるような厳つい黒毛牛だった。こちらがお父さん、お母さんはすらっとしたサラブレッドである。鹿が生まれる要素はどこにもない。


 闘牛っぽいお父さんは腰が低く、逆にお母さんは気が強かった。カーティスも「図体ばかりデカくなって」と蹴飛ばされながら、荷馬車を引っ張る。ようやく家に到着したが、赤い顔のアイカはこの時点で熱を出していた。


「あれあれ、興奮し過ぎたのかねぇ」


 猫達が入ったキャリーケースにうつ伏せに覆い被さったアイカは、ブレンダに担がれて自宅の玄関をくぐった。キャリーは奥の部屋に置かれ、部屋に猫が離される。引っ越しの間に行方不明になると困るので、部屋に閉じ込められた。


 ノアールは気にしないが、外の見回りがしたいオレンジが、濁音付きで鳴く。ブランは大きな欠伸をひとつして、ノアールと絡まって眠ってしまった。同じ部屋に寝かされたアイカは、怒りの咆哮を上げるオレンジを引き寄せる。


「オレンジ、そんなに怒らないで」


 力無い飼い主の声に、オレンジも外出を諦めてくれたらしい。寄り添って温め始めた。ぐっすり眠ったアイカを確認し、ブレンダは手際良く木箱を運び込む。服の入った箱を奥へ、食器を手前の部屋に置いた。開封すると、割れた食器は一割程度。損傷の少なさにほっと胸を撫で下ろす。


「外の人の知識は大したもんだよ」


 今までなら半分は割れただろう。様々な道具も開封して、ブレンダは機嫌よく家の確認を始めた。事前に話を聞いていたが、大きさは十分すぎるほどだ。今までの家に比べて、面積は五割り増しだった。


 カーティス親子にお礼を支払って手を振り、ブレンダは片付けに着手した。物置に使うのだろう、小部屋を発見する。そこへ洋服の木箱をすべて収納した。開封は一番最後だ。


 用意されていた家具から、埃除けの布を外す。簡単に掃除を済ませ、道具を棚に並べた。隙間が空いているが、ここにはアイカ用の道具が並ぶ予定だ。ある程度片付いたところで、外へ買い物にでた。


 ついでに隣近所への挨拶も済ませる。すでに役所から「外の人と保護者が住む」と通達があったようで、好意的に迎えてもらった。夕食の食材は、熊の手首ほどもある巨大茄子とじゃがいもだ。芋は小ぶりだが、これは畑で間引いたものらしい。


 間引いた苗についた芋を、鍋に放り込む。少し考えてメニューを変更した。疲れが原因だろうが熱が出たなら、体に優しい食べ物がいい。芋は潰して溶かし、ポタージュのような見た目になった。茄子は蒸して甘辛いタレにまぶしたら完成だ。


「アイカ、ご飯食べられそうかい?」


「うん……ありがとう」


 ごしごしと目元を擦りながら起きてきたアイカに、よそったスープを差し出す。パンを浸しながら食べるアイカは、茄子にも手を伸ばした。この様子なら、明日は動けそうだね。ブレンダはそう判断した。


 猫達は茄子に見向きもせず、スープをひたすら飲む。隣のパンは綺麗に食べられ、パンくずすら残っていなかった。お風呂は明日にして、ブレンダも床につく。今までと固さの違うベッドに、何度も寝返りを打つことになり……二人とも寝不足のまま朝を迎えた。

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