20.今日から私は「外の人」になる

「なぜ靴を脱いだ?」


「人さまの上に乗るのに、靴は失礼だから」


 問われたアイカの方が「なぜ?」と首を傾げた。ここでレイモンドはじっくり考える。どうやら常識が全く違うらしいと判断し、手のひらの上の小さな生き物を観察した。


 毛皮が生えていない。この世界で毛皮がないのは、鱗を持つ魚ぐらいだった。地上の生き物はほぼ毛皮付きである。手のひらの上のニンゲンは、つるんとしていた。頭には毛が生えているがそれ以外は見当たらない。つまり、ケガに弱い保護動物に分類された。


 ゆっくりと下ろそうとして、途中で手を止める。話をするには手や屋根の上が都合がいい。だが万が一落ちたら、毛皮というクッションがないニンゲンは死んでしまうのでは? レイモンドは本気で心配した。どうしようか。


「あの……何かあった?」


「ああ、いや……その、壊しそうで怖いと思ってな」


 なるほどと頷くのは、下で見守るブレンダだ。彼女も「毛皮がないのは弱い証拠」と考えていた。そのため早い段階で、保護者として守ろうと言い出したのだ。


「そんなに軟じゃないと思うけど」


「いいや、危険だ」


「絶対に危ないね」


 保護者とお偉いさんに言い切られると、つい頷いてしまうのは悲しい日本人のさがだ。アイカは日本人らしい曖昧な笑みで応じた。


「ひとまず、専用の台を作ろう」


「屋根の上じゃダメ?」


 レイモンドの提案に、アイカはブレンダ邸の屋根を指差す。傾斜する三角屋根だが、上に跨れば落ちないと思う。そんな彼女の提案をまずブレンダが蹴飛ばした。


「落ちたらどうするんだい!」


「そ、そうだ。屋根は滑るから危険だ」


 ブレンダの勢いにびっくりしながら、レイモンドも同意する。ここでアイカは何かおかしいことに気づいた。もしかしなくても、幼児並みの扱いをされていないだろうか。その疑問を裏付けるように、あたふたしながら両手で地面へ下ろそうとした。


「私、成人してるんだけど?」


 むっとしながら呟いたアイカに「せい、じん?」とレイモンドが青ざめる。足元でブレンダが悲鳴のように叫んだ。


「なんて恥ずかしいことを! 嫁に行けなくなるよ!!」


 え? 成人って大人として認められる年齢の意味じゃないの? 盛大に首を傾げるアイカは早々に下ろされた。ぴょんと飛び降り、靴を履く。再び見上げるのがきついと思っていたら、ブレンダが机を外へ引っ張り出した。その上に座るよう指示される。


 レイモンドは巨体を平べったく草原に這わせた。地面に俯せ寝したような形だ。お陰で視線の高さは近づいた。目の高さはまだ合わないけれど、見上げる角度が緩やかになる。


「ひとまず今日はこれで。明日までに何か考えてくる」


 レイモンドがそう告げたことで、ようやく本題に入った。常識を覚えるための本を、レイモンドは翼の付け根あたりから取り出す。


「まず、別世界から来た種族をまとめて『外の人』と呼ぶ。ここから始めよう」


 日本人が外国人を「外人さん」と呼称したのに似てるかも。この世界、中途半端に日本の知識が役立つから、逆に覚えにくそう。前途多難だと感じながら、アイカは受け取った本の包みを解いた。

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