18.常識が違い過ぎて呆然

 タイトルのない書類は、驚くほど簡潔だった。一行目に日時、二行目に教師の名前、三行目にアイカの名前だ。つまり、記載の日時にアイカのところへ竜帝が来る。直訳して頷いたところで、ふと気になった。


「ねえ、070115っていつ?」


 数字だけなので、どこが日付でどこが時間かも判別できない。ブレンダは振り返ってカレンダーらしきポスターを指差した。


「07が月で、全部で13ある。日付は01で最後は28、15は時間でおやつの頃だね」


 おやつが15時なら、午後3時? だいたい24時間で考えていいのかも。納得しながら一カ月が28日は覚えづらいと唸るアイカは、カレンダーの赤丸に気づいた。


「これは何の印?」


「夜がない日だね」


 まさかの白夜あり? あれって北極じゃなかったっけ。しかも連続じゃなくて飛び飛びなのが謎だった。アイカの常識はほとんど当てはまらない。素直に丸暗記しようと決意する。ここで過去の常識を引きずったって、まるで役に立たないんだから。開き直ったアイカは、続いて質問した。


「いつ来るの?」


 明日、それとも明後日? そんなニュアンスで尋ねた彼女に、ブレンダは笑ってとんでもない答えを寄越す。


「今日のおやつの時間だよ。あと半日ないね」


「……え?」


 時計に似た道具を眺め、15の数字を見つける。現時点で11だ。あと4時間? 


「竜帝様って偉い人だよね。服とかどうしよう。あと髪形とか結ったりするべき?」


 肩甲骨を覆うくらいの長さはあるので、頑張ればお団子くらいに結えそう。あたふたるするアイカを、ブレンダとカーティスは不思議そうに見つめた。取り乱した様子はない。また違う常識があるのか。身構えるアイカへ、ブレンダは首を傾げた。


「偉い人だけど、未婚の異性の前で着飾るのかい? それって求婚の意味だけど……」


「……未婚の異性、求婚」


 思わぬパワーワードの連続に、日本で未婚女性しかもペットあり、だったアイカは固まった。本気で常識を学ばないと、とんでもないことになりそうだ。早くこの世界の常識を手に入れよう。決意しながら、服装規定がないか確かめた。


 ブレンダの太鼓判で、普段服のワンピース。といっても大きなブレンダのノースリーブシャツの腰をスカーフで縛っただけを着用した。清潔感ある嫌われない服装なら問題ない。特別なお茶菓子の準備も不要で、なければ出さなくても構わなかった。


 基本は友人を迎えるスタイルで大丈夫だ。何度も繰り返し、敬語も不要と理解したところで愛猫達をもふった。膝にのせたり抱っこしたり、癒されて残り時間を過ごす。アイカのそれは、立派な現実逃避だった。


「あ、いらしたみたいだよ」


 羽音はないけど、キーンと耳鳴りのような音がした。直後、窓が衝撃波で揺れる。凄い迷惑な登場じゃない? アイカは結構辛辣な感想を抱きながら、両腕で猫達を抱き締めた。吹っ飛んでケガをしたら困る。ブランは自力で足元に隠れ、オレンジはノアールの上に被さる。その上からアイカが重なった。


「待たせたな」


 偉そうで聞き覚えのない声に、がばっと顔を上げたアイカは怒鳴った。


「ちょっと! 猫に何かあったら、その鱗全部引っ剝ぐわよ?!」


「すまん」


 窓枠から覗くきょとんとした顔のドラゴンは、きょろきょろと見回し首を傾げる。そこへブレンダが「まあ、窓が開いてたし」とフォローし損ねた。部屋の荒れた状況に気づいたようで、ドラゴンは心底申し訳なさそうに謝った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る